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第4話 転送陣

 転送陣は移動時間の節約という面から、極めて有用性の高いシステムではあるものの、その使用には幾つかの条件が存在する。




 まず一つ目は人間とその身体が直接触れている物しか転移できないことだ。


 着ている服も直接肌に触れていない上着などは、一旦脱いで手に持たない事には運べない。


 そのほかのも同様で、腰に付けているだけでは一緒に転移できない。


 例えば武器の場合、矢筒の中の矢が無くなっていたなど序の口で、剣の柄に漠然と手を置いていたら腰に付けていた鞘の方が転送できずに、落ちた剣が自分の足に刺さったなどといった話すらある。


 それでも鞘の中から刀身が無くなっていたなんてのよりはマシだし、背負い袋の中から道具が無くなったり、財布の金が消えていたりと転送陣がらみの間抜けな逸話は枚挙に暇がないのだ。



 二つ目は、陣自体も設置に多大な時間と手間が掛かる上に、一旦設置した座標を動かすこともできないことだ。


 そのおかげで、陣を持ち運んで任意の場所に人員を送り込むような芸当も不可能だし、その自由度の低さ故、一応表向きには軍事転用は難しいとされている。。



 三つ目は料金、これは移動距離に応じた利用料を、その転送陣を設置しているギルドに支払う必要がある。


 移動に必要な魔法コストをギルドの魔方陣から供給しているためで、1名の移動につき1リーグあたり矩銀1枚をギルドに徴収される。


 矩銀は長さ4cm、幅5mmぐらいの細長い形をした帝国の貨幣で、約500円に相当する価値がある。


 王都からこのギルドまでは12リーグだから矩銀12枚、6000円の料金となるわけだ。



 最後の四つ目が利用者の魔法資質だ。


 移動の魔法コストは外部から供給されるものの、転送陣の起動には最低でも第一階梯の魔法資質が必要とされる。


 つまり魔法資質を持たない人間がほぼ皆無なこの世界に於いて、お金さえ払えば誰でも使えるのが転移陣なのだ。


 ちなみに今日、ボクが転移陣を使用しなかったのは四番目の魔法資質が理由だ。




 三歳の時に受けた魔法資質の判定で、ボクは魔法資質「ナシ」との判定を受けた。


 正確には神殿の判定プレートで「測定不能=レベル0」と判定されたのだが、そのときの衝撃をどのように表現すれば良いか……。

 我ながら、あのときショック死しなかった自分を褒めてやりたいほどだ。


 いままで魔法レベルは最大でも三桁の第六階梯までしか存在が確認されていないし、判定プレートは理論上、その10倍以上のレベル9999まで測定可能とされているので、ボクのレベル0という値は残念ながら動かしようが無い事実であった。


 つまりボクは転送陣を使いたくても使えないのである。





 ソピアさんの後に続いて楼門内の階段を上った先は、幅が6メートル、奥行き20メートルぐらいある一続きのスペースになっていた。


 部屋を仕切っている衝立越しに、突き当たりの方にもいま上がってきたものと同じ階段があるのが見えたから、階段と外からも見えたテラス状のスペースを除いた、楼門の二階部分全体が一つの部屋になっているのだろう。


 楼門の表と裏にあたる、ボクの立つ位置からは左と右に見える壁に設けられた窓は、鎧戸が閉められていたが、壁付けされた照明のおかげで室内はそこそこ明るく保たれている。


 室内が脂臭くないし天井に煤も付いていないが、照明は魔法の灯りなのだろうか。



 この世界には透明な板ガラスを作る技術がないため、ガラス窓などという高級なものは存在しない。


 窓には開閉式の板戸が付いていれば良い方で、直射日光を遮りながら風を取り込める鎧戸など、よほど上等な建物でなければ付いていないのが普通なのだ。


 鎧戸のスリットから抜ける風のおかげで、部屋の中は屋外に比べるとずいぶんと涼しく感じられた。





 転送陣を使えないと言ったボクがよほど残念そうな顔をしていたのであろうか。

 ボクに椅子を勧めてくれていたソピアさんがこう言ったのだ。


「勿論それは分かっています。

 だからこそアルツァさんを此所にお呼びしたのですから」


「だってボクは魔法が使えないんですよ?」


「魔法が使える人間なんて帝国中に1200万人もいるじゃないですか。

 そんな中にたった一人しかいないアルツァさんの方がよほど貴重な人材ですよ」


 14年間この世界で生きてきて、魔法が使えないからこその人材だなどという話しは初めてだ。


 眉に唾を付けたいところだが、さすがにそれではお行儀が悪いか……。


「じゃあココには、魔法素質がない人間の方が向いている仕事があると?」


「はい。このギルド本部で勤務を続けるには、魔術階梯が中途半端に高いかたよりは、アナタのほうが向いています」


「ええっと、でも魔法階梯を持たない人間は殆どいないんじゃ?」


「そうですね。判定プレートでレベル0が出たのは、およそ600年ぶりですね」


「600年ぶり!?」


 さすがにそれはビックリだ。


 600年というと30世代ぐらいだから、帝国の人口が1200万人として、ざっと計算しても3億6千万人に1人ってコトになるな。


 物凄いレアだが、間違いなく嬉しくないレアでもある。


 マジ誰か代わって欲しいんですけど。


「ええ、神殿でそれを聞いたときには飛び上がるぐらい嬉しかったですね。

 その反動でしょうか、その日からから今日までの11年間を、とても長く感じすぎてしまいましたが」


 ボクの人生最悪の日が、ソピアさんにとっては最高の日だったようだ。


 それも600年ぶりの大喜びとは……。



 しかしソピアさんの骸骨の顔がすごく嬉しそうだな。


 表情はないけど、身振り手振りがそう感じさせてるんだろうか?


「そこまで喜んでいただいて何なのですけど、ボクはちっとも嬉しくありませんよ。

 せっかく魔法が使えるかと期待していたのに、魔法資質が皆無だなんて。

 絶望以外どんな表現をしたらいいんですか?

 三億六千万分の一の最下級だなんて、ボクには生きてる価値もないんだ」


 絶望のあまりダンゴムシのように丸まりかけたボクにソピアさんが、


「ずいぶんと細かい計算をまた……

 アルツァさんは魔法が使えないのがそんなにお嫌なんですか?」


「嫌ですよ!

 そんなこと、幾ら褒められたって嬉しいはずが無いでしょう!」


「う~ん、そうなんですか」


 ソピアさんが頭を捻っていた。


 そして、こう続けたのだった。


「でも使えますよ、魔法」


「えっ!?」


「だから魔法資質なんかとは無関係に、アルツァさんも魔法が使えます」


「……うそ」


「いえ、嘘じゃありませんから」


 なんと! ボクも魔法が使えるそうだ。


 もし本当なら、この11年間の絶望と努力はいったい……。





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