第3話 ギルドマスター
巨大ノッカーを何度か門にぶつけてみたが、結果は梨の礫であった。
すでに此所で2時間近くも無為に過ごしてしまったし、あと3時間もしないうちに日が暮れて真っ暗になってしまう。
もと来た道を戻ろうにも、帰り道の途中で夜になってしまうのでは、王都まで帰るのは無理だろう。
暗がりからいきなり獣や盗賊に襲われてはたまらないし、いくらボクでも夜道を一人で移動するほど命知らずではない。
この門が開いてくれなければ、どうしようもないのだ。
ボクは半ばふて腐れた気分で門に背中をもたれさせながら、干し肉をしゃぶっていた。
喉が渇くと革袋の水をちびちび飲む。
腹は減っていたがもうパンは食べてしまったし、下手をすればこの水筒の水を頼りに明日また12リーグを歩いて王都まで帰らねばならない。
途方に暮れながら更に一時間近くが経った頃、背中の後ろの方からゴトン、と何かが動くような音がした。
門にもたれ掛かった怠惰な姿勢のまま、何事か起こったのかと首を巡らそうとしたそのとき、ボクの背中を預けていた門の抵抗感が消失した。
「うおおっと!」
オンナノコにしてはいささか品のない声を出してしまったが、なんとか身体を180度回転させるようにステップを踏み、後ろ向きに転げることだけは免れる。
一枚が縦6メートル、横4メートルもある両開きの扉のうち、ボクが寄りかかっていた方に2メートル四方ほどの広さで穴が開いていた。
その穴の中を覗き込むような態勢で踏みとどまったボクの目の前に、白々とした骸骨の頭が突き出された。
「ひゃっ!」
ボクは情けない悲鳴を上げて仰け反った。
ギョッとしたついでに、思わず取り落とした囓りかけの干し肉が砂だらけになった。
「そんなに驚かれると、少し心外ですね」
骸骨が肩を竦めながらコキン、と首を傾けていた。
黒いローブを纏い、片手には幾何学的な構造のスタッフを携えている。
暗い眼窩の中には赤黒い光が灯っていた。
ボクの目の前に現れたのはリッチであった。
……ゴクリと生唾を飲み込んで、ボクの身体が硬直する。
「すっ、すみませんでしたっ!
いきなり目の前に来られたので、つい驚いてしまって」
米搗きバッタのように頭を下げながら、ボクはリッチさんに全力で謝罪していた。
いや~危ない危ない、幾ら待ちぼうけを食ってイライラしていたとしても、大変な粗相をするところだった。
「まあ頭を上げてください。
そんなに恐縮されてしまうと、私としても困ってしまいますので」
文字通り困ったように、リッチさんが骨だけの指先で後ろ頭をポリポリと掻いていた。
ほぼ最高ランクに属する高位の魔法使いの筈だが、ずいぶんと気さくそうな雰囲気のリッチさんであった。
前世のムダ知識ではリッチと言えば猛悪なアンデッドの代表格であったが、この世界、少なくともこの帝国ではまったく事情が異なる。
魔道を極めるためにアンデッドと化したところまでは同じなのだが、魔道の追求のため非道な行いをするようなリッチが存在しないのは勿論のこと、逆に普通の人間には到達が困難な高位の魔法使いとして人々の尊敬を集めているのだ。
帝国に二十人ほどしか居ない神殿の高位神官もその殆どがリッチだし、そもそも死霊術自体が帝国に於いて人々の安寧になくてはならない神聖な魔法とされている。
それに、人間的な欲望に耽溺しないリッチの方々は正に神官に相応しい人格者として広く尊崇の対象であり、その高潔かつ高い魔法階梯のリッチさん達に対する非礼は、この国に於いて極めて不道徳的なこととされているのだ。
「この入り口も閉めたいですし、立ち話も何ですから、門の中に入っていただけませんか」
「は、はい」
フレンドリーなリッチさんに促されるまま、ボクは門の中へと足を踏みいれた。
楼門の内側には5メートルほどの幅で石畳が続いていた。
石畳の先には二階建ての墓石を横倒しにしたような結構大きめの建造物が建っている。
その墓石ビルに向かおうとしたボクに、
「あ、そちらではありませんよ。こちらへどうぞ」
リッチさんがボクを手招きしたのは楼門の裏側であった。
この楼門自体がギルドの建物なのだろうか、巨大な門の上を跨ぐように建つ三階建ての両翼には、普通の人間サイズの入り口が設けられていた。
しかしこのリッチさん、自己紹介もまだなのにボクのことをよく知っいるような。
リッチさんの後ろから、楼門内の階段を上がりながら、ボクはストレートにその疑問をぶつけてみた。
「あのー失礼なんですが、リッチさんはボクのことをご存じなんでしょうか?」
遠慮の無いボクの言葉に、階段の途中でリッチさんが振り返った。
表情の覗えない骨の顔に苦笑が浮かんでいるような気がする。
「リッチさんですか……。
そういえば自己紹介が未だでしたね。。
私の名前はソピア、このフューネラルギルドのギルド長です」
フューネラルギルドの業務について知らない人間はこの帝国に一人も居ないはずだが、ギルドの組織については謎に包まれている。
というよりギルドの構成員についての情報が一切無いのだ。
「えっ? ギルド長自ら?
しっ、失礼しましたボクは……」
あわてたボクをソピアさんが遮って、
「知っていますよ。
アルツァ・ハルトマンでしょう? 今日来る予定の新人さんですよね」
さすがはリッチさんというか、言わずもがなに何もかもご存じのようだ。
「ソピア」という名前はそれ以上に気になるが、さすがにそこまでを聞く勇気をボクも持ち合わせてはいなかった。
なので無難に会話を進めるボクなのであった。
「は、はい。そうですけど、何故それを?」
「まあ、とくに魔法を使ったわけではありませんよ。
こんなトコロまで王都から歩いてくる人はまず居いませんし、すぐに貴女だと分かりました」
「ボクは転送陣を使えませんし、仕方が無いですよ」
この世界にはワープターミナルともいうべき転送陣なる魔法手段が存在する。
これを使えば設置された転送陣のあいだをほぼノータイムで移動できるのだ。
10/2 「モンスター」を「獣や盗賊」に訂正しました。