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プロローグ

 いま俺の眼前、テーブルの上に整列した数々の勇士達。それはまさに時間外出勤と当直に明け暮れた、一週間に及ぶ戦いの掉尾を飾るに相応しい珠玉の品々と言えよう。


 先ずは透明なソーダガラスの器に盛られたノルウェー産スモークサーモンの切り落とし。すこしばかり形が不揃いだが脂もしっかりと乗って味は全く問題ないし、何より量がたっぷりとあるのがありがたい。もちろん付け合わせに必須なケーパーの蕾のピクルスも抜かりはない。


 その横には真っ白な磁器製の角皿に盛りつけられたローストビーフが、鮮紅色の断面からたっぷりの肉汁を滲み出させつつ、俺の胃袋に収まるのをいまや遅しと待ち構えている。思い切って買った100gあたり580円もする和牛のブロック肉から仕込んだ逸品だ。深めのソース皿には、先週末飲み残した1本398円のスペイン産の赤ワインをベースに、肉塊と一緒にオーブンレンジで炒めた玉葱のみじん切りと醤油を加えた自家製ソースも準備万端。


 忘れてならないのが野菜、こちらは九州産の塩トマトに、セロリのピクルスだ。小振りな塩トマトはちょっとばかり皮が固いのだが、コクのある野趣溢れた甘みにこのところすっかり嵌まっている。セロリのピクルスはらっきょう酢で漬けた自家製、余った葉の部分はビニール袋に入れて冷蔵庫で保存中。刻んだレタスの葉を入れた炒飯がこれまた旨いんだ。今夜の家飲みの締めに、あとで酔っ払ってなければ作る予定。

 とどめは薄切りにしたバゲットまるまる一本分。これに瓶入りのクリームチーズ680円也をたっぷりと塗りつけると、飲みながらダラダラと腹を満たすのに好適な、つまみ兼主食となるのだ。クラッカーとかも良いんだろうけど、それじゃあメシにならないなと思うわけです。


 そして肝心要の酒だ。今夜はリキュール類と缶に表示されたいつもの第三のビールではなく発泡酒、それもいつもは350mlのところを500ml缶を6本。さらに今夜の酒ははそれだけではない。家飲みの時にはいつも飲んでいる芋焼酎に加えて、近所のディスカウントストアで大特価1980円だった12年物スコッチが本命に控えているのだ。氷も製氷機の物ではなく、一袋100円也のかち割り氷を購入した。

 ボトルの隣では、後輩の結婚式の引き出物に貰った、謎の模様入りのクリスタル・グラスがオンザロックのためにスタンバイしている。


 最後に最も重要なのが、BDレコーダーのHDD内に記録された、今週放送分の海外ドラマとアニメだ。仕事で帰れなかった俺に代わってレコーダーが録画してくれていたこれらの番組を、夕餉と晩酌を楽しみながらゆっくりと観賞するという、至福の時間が今まさに始まろうとしているのだ。


 直径15cm程の白い取り皿の上から黒っぽい鉄木の箸を取ると、オレンジ色をしたスモークサーモンの一片を箸先で摘み上げて口の中に放り込む。


 ん~旨い! 上品な脂がとろけて何とも言えないな。次はケーパーと一緒にと……はあ~最高だよ。セロリのピクルスをポリポリ囓りながらビールも注いで。


 左手でリモコンを掴み、ニュースが流れている液晶TVの入力をBDレコーダーに切り替える。でもって、こんどは録画メニューから番組を選び再生スタート。





 アニメを見ながら食っちゃ飲みですでに深夜、空の皿が散乱するテーブルの上に氷の溶けかけたオンザロックのグラスを置いて船を漕いでいたのだが、ふと海外ドラマを見忘れていたことを思い出し、それを見てからベッドに転がり込もうと考えた。

 と、そこまでは良かったんだけど、録画したはずの海外ドラマは再生されず、砂嵐の画面に白抜きで奇妙な文字が……それもデカデカと。


『ミツケタ』


 え? ナニこれ? 録画失敗したの? 見慣れたオープニングとあまりにも異なる画面に、俺の頭に浮かんだのは、予約ミスの可能性であった。


『コンドハニガシマセンヨ』


 砂嵐が続く中、TVに新たな文字が表示される。

 ……なんだよ、番組のオープニング変わったのか? にしても、こりゃあ妙に凝ってるよな、など思いつつ画面の方へ身を乗り出そうとしたそのとき……


<上位次元より追跡線トラッキングの接続を受けました>


 突然、俺の頭の中でアナウンスらしき声が鳴り響いた。


「うおおっ」


 流石にこれにはビクッ! と身体が反応した。ついでに口からも妙な声が漏れてるし。

 疑問に思う間もなく謎のアナウンスが続く。


<探査深度12から15レベルへ到達。生体パターン解析されました。探査深度21レベルまで到達。アストラルパターン解析されました>


「えっ? ええっ?」


 意味不明の事態に当惑としていると、TVの方の表示もなにやら物騒な気配に。


『ニゲタラブッコロス』


 さすがにこれは怖いです。しかしどっから見てんのか?


<事前設定コード00187259に従い、当該次元の並立事象面22751に対し存在確率の偏移を実行します。事象面22751における同時間軸上事象の外挿を開始。現在事象面での存在値が規定値以下に達した後、実装中の骸装を解除パージします。>


 一瞬視野の中心が滲んだ直後、視界の全域がグニャリと歪む。見たこともない文字のようなパターンが、明るく輝きながら何重もの円を形作って俺の周りを取り巻き始める。

 腰掛けていたはずの椅子の感覚が尻の下からなくなり、テーブルが物凄い勢いで遠ざかる……浮遊感や加速感とは全く違う、身体の芯から存在感が揺らぐような感覚。


 あ~なんだか意識が吸い込まれていくような、眠いような……。



 ……それとも…………これって夢なのかな?




 ………………まぁ、いいか。






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