流れる雲、隠れる月、現れる星
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人も出歩かない夜更け、あたり一面が低木に囲まれた広場に一人の少年があお向けで寝ている。広場には名も知らぬ草花が群生しており、少年のクッション代わりとして機能していた。
この場に人の作りし明かりは無く、ただ空から月と星の光が、冷たく広場を照らす。
動くものも物音も無く、まるで一枚の絵画のように静まりかえっている。
ひとたび少年が動けば、この静寂さはいとも簡単に打ち破られ、絵画の世界から抜け出せるだろう。しかし、少年にはその気が無いのか、下弦の月と星々が踊る夜空をジッと見上げるだけ。
少年の目に映る世界を征したるは、広大な闇と煌めく光であった。
この二つが時の流れさえ止まったような、それこそ絵画のような世界を創造する。
ただ、その世界にはそれらに反抗し、少年に流れたる時を知らしめる異端者が一握りだけいた。
――雲だ。
今宵の弓張月が隠れるくらいの浮き雲がポツリと、眼前の世界の中に存在している。他に静謐(せいひつ)なる世界を脅かす雲は無く、件の雲は月へ向かってゆっくりと動いている。
その動きはあたかも、月を世界から消し去り、月の影に隠れた星々が主役の座につく、手助けをしているように見える。
朔(さく)の日以外には夜空において主役になれない星たちのために、普段は邪魔者である雲が今夜に限っては力を貸す。
(――まるで少年マンガの王道だな。)
眼前に広がる世界の変革を見ながら、少年はそんな事を思い浮かべる。
数分後には少年の思い通りに、そのゆっくりとした変革はついに成就されて、主役は分厚い幕の後ろへと下がった――。
ここまでは、そう、助役たる星が今宵の主役になるまでは、少年の思い浮かべた通りに世界は進行した。
ところがだ。月が隠されたことによる光量の変化に、少年の目が慣れたころ、少年にとって思いがけない出来事が世界に生じる。
それは一瞬の出来事であったが、今宵の主役の座を世に知られたる星座から奪い取るには十分な時間であった。
今宵の主役は普段以上に煌めく星々で間違いない。
ところで、その中でも際立っているのは何だろうか。レグルスを持つ獅子座なのか。それとも、デネブを持つ白鳥座か。はたまた、『W』の形で有名なカシオペヤ座か。あるいは、三つ星で有名なオリオン座?
答えは全て否だ。
今宵の主役は、舞台裏でずっと出番を待ち続け、最高のタイミングで世界に一瞬だけ、閃光のように現れた無名の星――流れ星だ。
すばらしい出来事を形作った助役が過ぎ去り、本来の夜空における主役――冷たくも輝かしい月が姿を現す。
そのころになり、やっと少年は感動と興奮の嵐から解放された。
長い間、絵画の世界に足を踏み入れていたようだが、それもついに抜け出す時間になったみたいだ。
(得難い体験だったなぁ。)
刹那の瞬間のみ世界に現れた無名の星は、少年の心へと深い衝動を与えた。
そして、そのことを胸に刻みつつ起き上がった少年は広場から外へと歩いて行く――。
読んでくださりありがとうございました。