幼馴染と肝試し
※この作品は思いつきと勢いで書いた短編小説です。軽い気持ちで読んでくれるとありがたいです。
「思ったより雰囲気あるな……」
夜の学園の校舎。夏合宿の醍醐味として肝試しをすることになったはいいんだけど――
「う、うぅ……そんなこと口に出さなくていいからぁ……」
俺の左腕にひっつき虫の様に張り付く朝陽のせいで非常に歩きづらい。
というかそもそもホラー苦手なのになんで参加するんだか。
そりゃあ仲間はずれにされたくないってのもあるんだろうけどさ。
「えっと……2-B教室の教卓だな」
「うぅ……早く終わってぇえ…………」
「いや、まだ一個目のチェックポイントだからな?」
チェックポイントは全部7カ所。2-Bの教室、音楽室、美術室、裏庭の焼却炉、東館の階段の踊り場、3階の女子トイレ。
そして本舎の屋上。その7カ所に置かれているカードをすべて回収して正面玄関に戻る。
もっとも、どの順番でまわるかは決まってないが、
最短で行こうとすると教室、音楽室、三階の女子トイレ、屋上。
その後屋上の連絡通路(単に東館と屋上が繋がっているだけだが)
東館の踊り場、裏庭の焼却炉、最後に美術室だ。
「さて、2-Bの教室に着いたわけだが……朝陽はどうする? ここで待ってるか?」
「い、いやだよ……」
「じゃあ一緒に行くか?」
「そ、それも嫌ッ!!」
「じゃあどっちがいいんだよ……」
「うぅ……」
はぁあ、なんていうか面倒くさい奴。二択しかないのにどちらにも首を振らない。かといって第三の選択を選ぶわけでもない。
こいつは昔からそうだ。必要な選択を迫られたときに絶対に選ばない。
普通なら自分から第三の選択を提示するものだが、朝陽はそれすらしようとしない。
まぁ、ある意味それが朝陽なりの第三の選択の役割を果たしているんだろうけど。
「――はぁ。わかったよ。じゃあ俺と一緒に来い」
「で、でも……こ、怖いよ…………」
「ただし、絶対に俺から手を離すな。いいか、絶対だぞ? 離した瞬間置いていくからな」
「っッ! う、うん。ぜ、絶対離さないから……。置いていくのだけは……お願いッ……」
「朝陽がちゃんと掴まってれば置いていかない。今までそんな事あったか?」
「う、ううん……陽一君はずっと……私の側に居て、くれた……」
「ま、そういう事だ。しっかり掴まってろよ」
「う、うん……」
甘い、甘すぎる。なんて甘すぎるんだ。普通ならとっくに見放して縁を切ってるんだろうけど……。
「なぜか放っておけないんだよな……」
ずっと一緒だったからかどうかわからないけど、朝陽の事がどうしても放っておけない。
それが自分の中の最大の疑問だったりするわけだが……わからん。
「ね、ねぇ……陽一君……」
「ん? どうした?」
「あ、あれが……カード……かな?」
朝陽の指さす方に視線を向けると教卓にいくつものカードが積まれていた。
「だな…………よっと、」
「なんだ。どんなカードかと思ったけど、普通のトランプか」
もっとオカルト的な物かと思ったけど、ごくごく普通のハートのエース。これじゃあ面白みの欠片もないじゃないか。
「ハートのエース……」
「ん? 朝陽どうかしたのか?」
「あ、う、うん……。その、そのトランプって、この教室で閉じ込められて亡くなった女の子の事さしてるのかなって思って…………」
「……どういうことだ?」
「その……女の子の名前が……た、確か。浅井愛ちゃん……だから……」
「えっと……出席番号が一番で、名前が ”あい” つまりハートだからか?」
「う、うん……」
「まぁ……そう思えなくもないな」
確かにそう考えると面白そうだ。もしそうだとしたら彩姉も結構考えてるんだなぁ。
いつものように突拍子もなく提案したとばかり思っていたけど、それにしては準備が良すぎる。
「まぁ彩姉らしいよな。それにしてもよく気付いたな。さすが彩姉の妹だな?」
「うっ……普段なら喜ぶところだけど全然嬉しくないよ……」
「お姉ちゃんってなんですぐにこういうの思いつくんだろう……」
「そりゃあ好きだからだろ? にしても姉が超が付くほどのオカルト好きなのにな」
「こ、怖い物は怖いんだもんっ! バカバカバカッ!」
「な、なんだよ! いきなり殴るなって!」
いやまあ殴られたところで朝陽の弱パンチなんてかゆいだけだが。
「バカバカバカバカバカバカバカバカバカッダラッ!」
「ダラってなんだよ!」
「うぅっ……!」
「っておい! いきなり泣くなよ!」
「うぅ……だって、だってぇ……」
はぁああ。怒ったと思ったら今度は急に泣き出して、忙しい奴だ。
よく言えば喜怒哀楽がはっきりとしている。悪く言えば……言えば……えーっと……騒がしい? よく分からん……。
「………………」
「ひぐっ……っ……うぅ…………」
い、居心地が悪い……。というかこれじゃあ俺が泣かせたみたいじゃないか。…………まあ事実なんだだけどさ。
「はぁあああ。悪かった。俺が悪かったよ。だからその、なんだ……ほら」
ポケットから少しシワの付いたハンカチを取り出す。
これがもし彩姉なら『こんなしわくちゃなハンカチを乙女に渡すなんてどういう了見じゃワレー!』とか怒られそうだけど、
「……っ……ぐすっ……あり……がとうっ…………」
朝陽は絶対にそんな事言わないんだよな。
「はぁああ……」
これ何度目のため息だろう。今日だけで軽く二桁は超えてると思う。
朝陽といると本当に疲れる。でも不思議と嫌な感じじゃないんだよなあ。
朝陽マジックというかなんというか……。
「っ……陽一……君、これっ……洗って返す……ね……」
「好きにしろ。それでもう大丈夫か?」
「う、うん…………」
ん? さっきよりもだいぶ明るくなったか? まあ……その方が楽でいいんだけど。
「よし、じゃあ次は音楽室だな」
「……………………………………えっ?」
「ん? どうした?」
「陽一君、今『次は音楽室』って言った……?」
「言ったけど……」
なんだ? また暗い顔になったぞ?
「ね、ねえ陽一君……き、肝試しってこれで終わり……じゃないの……?」
恐る恐る助けを請うような目で俺を見つめてくる。あぁそういうことか……。さては朝陽の奴彩姉の言う事まったく聞いてなかったな。
「後6カ所まわるんだけど……」
「ろ、ろっか……しょ……?」
朝陽の表情が少しずつ強ばって青くなっていく。
これは……まずいな。ヘタしたら気絶しかねない。
「いや、無理ならいいんだぞ? 俺一人でも行くか――」
「い、嫌ぁあああああああああああああああああああああッ!!!!」
――――――――
――――
――
「で、結局ついてくると」
「だ、だってぇ…………」
目をつむりながら最初の頃よりもぎゅうっと必死に腕に抱きつく朝陽。
こう柔らかくて弾力のあるものが当たって俺の精神的にあまりよろしくないんだけど……朝陽は気付いてないんだろうな。
「俺さっき言ったよな? 本当に無理なら戻るぞって」
「う、うん……」
「でもそれは嫌だって言ったのは誰だ?」
「わ、わたし……です。はい……」
「別に怒ってるわけじゃないからいいんだけどさ。自分で言ったんだから責任だけは持てよ」
「うん……」
朝陽がしょんぼりと小さく頷く。
はぁあ、これじゃあまるで俺が悪人じゃないか。
「で? 本当のところなんで俺の提案を蹴ったんだ?」
「だ、だって……も、戻ったら罰ゲームがあるし……。わ、わたしのせいで陽一君が罰ゲーム受けるの嫌……だから…………」
「えっと…………」
まさかそんな理由だったなんて。まったくなんで自分よりも他人を優先するんだか……。
それが朝陽の良いところでもあり悪いところでもある……が、せめて俺にだけでいいか自分の言いたいことを、したいことをしっかりと言って欲しいと思う。
「あのなあ、たとえ戻ったとしても、それは朝陽のせいじゃないだろ?」
「あくまで朝陽はきっかけであって、最終的に決断するのは俺なんだから」
「俺の決断で罰ゲームを受けるのは俺の責任であって、朝陽のせいじゃない」
「で、でも! 陽一君優しいから……私が戻りたいって言ったら絶対戻るでしょ……?」
「そりゃあまぁ……」
なんだかんだ言ってずっと一緒にいる幼なじみのわけだし、見捨てるのはどこか忍びない。
それになんだかんだ言ってやっぱり朝陽と一緒にいるのは楽しいしな。それゆえに朝陽の泣き顔だとか嫌な顔ってのは見たくない。
「……はあ。戻るぞ朝陽」
「え……?」
「なんだ聞こえなかったの? 戻るって言ったんだよ」
「で、でも……戻ったら罰ゲーム……」
軽く目を伏せて申し訳なさそうに呟く朝陽。
まだ自分のせいだとか思ってるのか。まったく、本当に世話の焼ける奴だ。
「あ~俺、怖くてこれ以上先に行けそうにないわ~。だから朝陽には悪いけど戻るぞ~」
「え? え?」
困惑する朝陽の手を引いて来た道を戻っていく。
これくらいすれば嫌でもついてくるだろ。はぁ……。
「あ、えと。 よ、陽一君……?」
「あー怖い怖いー。早くここから出たいなー」
誰が聞いてもわかるぐらいの棒読み。だけどそんなのは関係ない。
「陽一君……。ありがとう……」
「ん? 何のことだ? 俺は別にお礼を言われるような事は一切してないぞ?」
「うん…………きゃあっ!?」
「朝陽!?」
「っ……うぅ……痛い……」
安心して気が抜けたのか正面から地面にダイブする朝陽。なんとうか……まるでコントだな。
「大丈夫か? まったくなにもないところでこけるなんてどんだけ器用なんだよ……」
少し赤くなってはいるけど……血は出てないし大丈夫そうだな…………って!?
「いたたた……うぅ……思いっきり転んだよぉ……」
膝をさする指の上に見えるのはふっくらとした艶やかできらめくように光る白い太もも。そして…………パンツ。
「うぅ……あざになったらどうしよう……」
朝陽は気付いてないみたいだがスカートがはだけて丸見えになっている…………パンツ。
うん、フリルのピンクか。なんともまあ朝陽らしいチョイスだ。……じゃなくて!!
「えっと……その、……なぁ朝陽……」
「あ。ご、ごめんね陽一君。急に転んじゃったりして……」
「いや、別にそれはいいんだけどさ……その、なんだ。見えてる……」
「え……? 見えてるって……………………………………ぁ…………」
「きゃぁあああああああああああアアッ!!」
トマトのように顔を真っ赤にしながら超高速であらわになった太ももと…………パンツをスカートで隠す。
「よ、よよよよよよよ陽一君パンツ見た!!?」
動揺しているせいか服が若干はだけているのに気付いていないみたいだが……まぁいいか。
それよりも現状をどうにかするのが先決だ。
「い、いや? 別に俺は見てないぞ? そんなピンクで可愛らしいフリルが付いたパンツなんて……」
「っっッ!! よ、陽一君のバカぁああああああああああああああああ!!!!」
――――――――――
――――
――
その後、学校の七不思議が八不思議に変わって「怨念に捕らわれた少女がビンタをしてくる」という一風変わった噂が流れるようになったとかならなかったとか……。
Fin.