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文化祭黙示録  作者: 黄印一郎
非日常的日常 編
13/19

Chap.2 冴えたやりかたは一つきりじゃない

 僕の言葉の意味を考える皆木を前にして、僕もまた、何と言ったらいいものか考え込んだ。


 人間が描かれていない。


 皆木の書いた物語を、そんな風に言う事は簡単だった。自分が気に入らない物語を腐すのに、こんなに簡単で、尚且つ反論の難しい言葉はない。権威的で、断定的でありながら、その根幹にあるのは、個人の主観だ。


 背景のない、薄っぺらなキャラクタ、高速道路で一定間隔に並んだ道路標識のように、ストーリーの中でただ役割を果たすだけの人形達。そういう人間達が登場する物語を評するには、確かにこれほど適した言葉はないのかもしれない。けれど、じゃあ、人間が描かれているとはどういうことなんだろうと考えてみると、これはいささか難しい問題なんじゃないかと、僕は思う。物語自体を評するのに、その中の人間に先ず着目するというのは、本末転倒なきらいすらある。


 人間が描かれている、というのは誉め言葉だ。物語の中で、登場人物たちは与えられた状況に必死に食らい付く。大きな困難に直面して、苦悩し、一度は挫折して、それでも足掻こうとする。急激な環境の変化に適応しようとする。文字通り、生々しい、“生きた”反応を見せる。


 それが、キャラクタが生きている、ということ。


 人間の描かれた物語、というのは確かに存在する、と僕は思う。すばらしい作家によって創り上げられたキャラクタは、現実とは異なる形ではあっても、確かな現実味を持つのだ。登場人物たちが生き生きとして、真に迫る感情を見せる。大根役者が見せるような、演技をしていると分かった時の違和感もなく、人形師のマペットのように、型にはまった動きしか出来ないわけでもない。すばらしい物語の中で、キャラクタたちはどんな名優よりもすばらしい演技をする。どんな花形女優よりも艶やかに笑い、どんな個性派よりも独特の存在感を示し、どんなスタントマンよりも派手なアクションを見せる。


 けれど、それは現実に存在する人間らしさを、一般的に考えられるような人間の反射的な行動の全てを、物語の中に持ち込む、という事を意味しない。物理学で、粒子の運動量の精確さを求めると現在位置の精確さが損なわれてしまうように、あまりにも人間らしさを備えたキャラクタは、読者が物語に没入する余地を削いでしまう。


 人形を人間に近づけていくと、どこか一点を境に急激にグロテスクな存在になり果ててしまうように、キャラクタの極端なリアリティは物語から現実味を失わせるのだ。完全に描写された人間が、読者からすれば人間だと認識することを躊躇わせる程のおぞましさを持っている、ということなんじゃないか、と僕は思っている。物語を展開させるのに、登場人物の全てを詳らかにする必要はない。血の通った人間である必要はあっても、腐臭を放つ肉塊である必要はない。読者がそこに感じるのは、本能的な恐怖だ。


 けれど。


 ここに一つの解がある。求められているのは、物語を現実に極限することじゃない。読者の現実を、物語に極限させることなのだ。そして、ファンタジィで求められているのは、読者を物語世界に引き込むことなのだ。キャラクタは、その為のとっかかりでさえあればいい。


 求められているのは、リアリティじゃなくて、バランスだ。


 生物として、人間として存在感を示し、なおかつ、それを読んでいる人間が違和感なく受け入れられる程度の大きさに留めておくこと。


 読者が物語に没入する際に、刺激的ではあっても邪魔にはならない存在を創り出すこと。


 それが、人間を描くということ。


 人間が描かれていない。


 皆木の書いた物語を、そんな風に、使い古された、傲慢で陳腐な文句で評する事は簡単だ。けれど、それは僕が言いたい事とは違っているんだ。皆木の考え出す物語は、スピーディで、トリッキィで、読者を引き込む魅力に満ちている。謙虚になって見れば、僕にだって、それは分かる。


 もう、ほんの少しだけ、登場人物たちが魅力的であれば、ストーリィとキャラクタのバランスが取れていれば、単にエキセントリックなだけじゃなくて、魅力的な、すばらしい物語になるんじゃないかって、思うんだ。


 だから僕は、躊躇いはしたけれど、口を開く。


「ほんの少し、勇者の心情を足してみたらどうかな。旅の苦労とか、子供の頃の思い出とか。ありがちだけど、それが有効だからこそ、そういう手法は王道たり得るんじゃないかって思うんだよ」


 人間が描かれていない。


 そういう言葉を避けた僕に、皆木は、わかったよ、と言わんばかりに頷いて、


「つまり、俺の書いた話には、人間が描かれてない、って言いたいのか」


 台無しにした。


 ああ、言葉は近くに見えても遠い。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 文芸部の部室は、他の部が入っている部室棟にはない。けれど、文芸部の活動内容に相当するような特別教室は、この狛※高校には存在しない。


 では僕らはどこで活動しているのか?


 文芸部の部室に掛かっている表札には、こう書かれている。


――国語準備室、と。


 社会科や、化学室で実験を行う物理のように、専用の特別教室を必要としない科目でも、授業を行うための機材は必要になる。そしてそんな機材を置いておくためのそれほど広くはない物置が、準備室の名を冠して用意されている。


 大抵の場合、そういう物置部屋には、予備として購入された教科書の余りや、担当教師の個人的な荷物が置かれているもので、国語準備室もその例に洩れず、部屋の隅に荷物が積み上げられている。そうやって荷物全部を部屋の隅に纏める事で、部員全員が入ることができる程度――10畳ほどのごく僅かな空間をどうにか確保しているのだ。


 そんなところで話をしていたら、当然そこにいる他の部員の耳にも入ってしまうわけで。


「いや、聞いてる限りだと、そういう感じじゃ無いんだけどな」


 そんな声が降ってきて、僕と皆木は声の方を振り仰いだ。声の主――同じ二年生部員の石川が、見下ろすように立っていた。


「おいおいどうしたよ。そんな飛び上がりそうな顔して」


 僕らの驚き方があまりに極端だったからだろうか、石川は、これまた吃驚した様子で言った。


「前から言ってるだろ、死角から急に話しかけるのやめろって。ただでさえ、威圧的なんだからさ」


 動揺を見られたのが恥ずかしかったのだろうか、皆木が口をとがらせて――そんな表情をしても全然可愛らしくは無いのだけど――言う。


「俺だって別に好きでいかついわけじゃねえよ」


 石川が拗ねた。


 石川は、高校二年にして既に身長190センチを越え、体重は80キロオーバー。がっしりとした体つきで、どこにいても目立つ……はずなのだけれど、何故か妙に影が薄くて、廊下で人と出くわすと、例外なく驚かれる。


 まあ、それも仕方がないことかな、とも思うけれど。曲がり角から、熊のように大きな身体が、ぬっ、と出て来たりしたら、女子生徒が思わず後ずさって、こけつまろびつ尻餅をついたからとて、誰が責められよう。せっかく気配が薄いのに、体が大きすぎて忍者には向いていない。本人にとっては密かな(と言うよりも本人以外には公然の秘密なんだけれど)コンプレックスらしい。


「けど、やっぱり高いところからいきなり声かけられたら驚くだろ」


 僕がそう言って、皆木も非難じみた目つきで石川を見た。石川とは逆に上背が足らないことがコンプレックスの皆木は、上から見下ろされてご機嫌ナナメだ。


 石川は面倒そうに溜息を吐いた。


「わーったよ。すいませんでした」石川はそんな風に言って、おざなりに頭を下げた。ついでとばかりに、僕の耳元に顔を寄せる。「で、皆木の書いたやつ、読んだのか」


 僕は頷く。そのまま、訊き返す。


「石川は、皆木の短編、読んだの?」


「ああ、佐藤より一歩先に読ませて貰ったよ。ありきたりなことしか言えなかったけど」


「へえ、それで、石川はどう思ったんだ。今後の参考のため、だけど、教えてくれないか」


「本当に大したことじゃないよ」石川はかぶりを振った。「皆木に訊いた方が早い」

指摘されて、僕が皆木の方をみると、皆木も僕の方をみて、頷きを返した。


「さっき言ったろ、人間が描かれていない、って。それだけだよ」


 そう言われて、僕も納得をする。僕のアドバイスに、するりと言葉が出てきたのは、それが石川に一度言われたことだったからなのだ。


「批評してくれ、って持ってったのに、そんな事言われたって具体的じゃなさ過ぎるんだよ。根拠がないんだ。どこをどうなおしたら良いのかも分からない」


 皆木が不満げにそう言って、


「あんたら、またやってるの」


 新しい声が、僕ら三人に水平に降ってきた。


――訂正。呆れたように言われた。


 僕らが振り向くと、案の定、声を掛けてきたのは、やっぱり同じ2年生部員の、二宮だった。ショートカットを僅かに揺らして、軽く溜息を吐く。二宮の後ろには、これまたいつものように、セミロングの女子生徒が半分身を隠すように立っている。こちらは僕と同級の、吉永だ。


 二宮栞と吉永加奈子、皆木敬一と石川拓真、それに僕を加えた五人が、狛※高校文芸部に所属する2年生の全員だった。


「ちょっと、場所を考えなさいよ」


 二宮が、声をひそめて言った。彼女の後ろで、吉永も頷いて、言う。


「ボリューム、大きすぎ」


 吉永は、引き結んだ唇の左端に人差し指と親指を添えて、右端へと引く。お口にチャック、っていうジェスチャ。


「どういうこと?」


 訳も分からず僕が訊くと、


「ほら、ちょっと見て」


 二宮はこっそりと言って指さした。僕がその方向に目を遣ると、さっきまでモニタとにらめっこしていたはずの他の部員全員が、僕らに注目していた。目が合った後輩が、慌てて視線を逸らす。僕らの会話は、狭い部室の中で、他の部員たちが執筆する妨げになっていたらしい。


「石川が近寄って行くから、注意するのかと思ったらそのまま話に入って行くんだから。吃驚したわよ」


 二宮に言われて、僕らは揃って頭を掻いた。


 今までもこんなふうについつい声を大きくしてしまう事はあったのだけれど、今回は時期が悪かった。三週間後の〆切に向けて、みんなが根を詰めているというのに、目の前で書き上がった原稿の批評なんてしているんだから、周りからすれば良い面の皮だ。先輩たちがこっちを睨み付けるみたいに見た。


「とりあえず、場所を移そうか」


 僕がそう言うと、石川がほっとした顔で頷いて、のそりと立ち上がった。皆木が続いて立ち上がり、二人は扉の方へ歩き出す。


「ああ、ちょっと待ってよ」


 二宮が二人を追って戸をくぐり、吉永は淑やかに二宮の後に続く。最後に、僕は他の部員たちに頭を下げてから部室を後にした。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 僕らが食堂に着いた時、座席はがらんとして、入り口近くで生徒が何人か話しているだけだった。体育館の半分程の広さがあり、大層金の掛かっていそうなこの食堂は、近所の篤志家の寄付によって一〇年程前に改装されたらしい。改築前の写真を見たことがあるけれど、ほとんど新設されたも同然の作りだった。築三〇年に手が届く校舎と比べて、壁の一面が全面ガラス張りになっていて、かなり洒落た雰囲気なので、女子生徒がここで雑談をしてから帰宅する、なんてこともよくある。


 食堂の隅には、カップ式の自動販売機が設置されていて、僕らもまた、執筆に詰まった放課後には、ここへ集まって何か飲みながら話をすることが多かった。


 窓のそばには、丸テーブルに椅子が五つずつ並べられている。僕らはいつものように、テーブルの一つを選んで、めいめい椅子に掛けた。


「それで、みんなどれぐらい書いたのか、教えて欲しいんだけど」


 僕の向かい、窓側に座った二宮が訊いた。文芸部の部員は、2年生だけで半数を占めている。僕らの進行状況が、そのまま部誌の進行状況に等しいとも言える。どうやら彼女は、全体の進行状況を把握しておきたいらしい。


「俺はこれから改訂だよ。佐藤と石川に駄目出しされた所なおさないと」


 皆木が答えた。皆木はこういうとき明け透けに答えるから、心配はいらない。楽しげに書いているのは正直羨ましいと思うけれど、僕と石川が言ったのは、駄目出しと言える程具体的な物じゃあなかった気もする。


「俺は三分の二ぐらい。もう一息だな」


 石川が言う。石川は気負うたち(・・)だから、みんなに心配されないために、半分しか出来ていなくても同じように答えるだろう。職人肌と言うか、人に弱みは見せないようにすると言うか。いろんな意味で難儀なやつだと思う。


「二宮は?」


 僕が訊くと、


「あたしも三分の二ってとこ。これからオチつけて、校正して、だから、もう一踏ん張り、かな」


 二宮はそう言ったけれど、安心は出来ない。彼女の執筆ペースは、恐ろしくムラがある。今は調子よく行っていても、〆切間際になってドタバタする可能性が否定できないのだ。


「加奈子は……」


 二宮が水を向けて、僕らが吉永に目を遣ると、彼女は紙パックのストローを咥えていた。顔を上げ、答える代わりにVサイン。


「いつも通り、だな」


 石川が、溜息を吐くように言った。


 吉永は、いつも部室で原稿を書いていない。放課後はいつも、完全下校時刻ぎりぎりまで、図書室か部室で本を読んでいる。見かける度に違う物を読んでいるから、年に300冊以上は読んでいるだろうに、決まって〆切当日には完成原稿を持ってくる。彼女がいつ原稿を書いているのかは、文芸部の誰も知らない。


 そんな事を考えていると、二宮がこちらを向いた。


「それで、佐藤はどうなの?」


 訊かれて、ちょっと焦った。


「うーん、今、大体半分ぐらい?」


 言い切ろうかと迷って、語尾が不自然に上がった。けど、これで一応は嘘じゃない。

二宮は、クエスチョンマークの付いた僕の返答に、眉を寄せる。僕は、慌てて言葉を継ぎ足した。


「いや、半分ぐらい書いたんだけど、何か行き詰まっちゃって」


 念を押すように言ったけれど、こちらは完全に嘘だった。今回は正直まだ一行も書けていないのだ。


 他の四人と比べて、僕は遅筆と言うか、なんというか。アイディアが湧かないから、何を書いたら良いのか分からない、ということが多々ある。書き出しの、冒頭の、最初の一行を書くのに、ものすごく時間がかかる。それさえ出来てしまえば、後はすんなり行くことが多いのだけど。


 それはつまり、物語全体のイメージをある程度具体化するのに、時間がかかる、と言うことなのかもしれない。


 そういうあれこれを含めて、今、半分。


 なんてことは、もちろん曖昧過ぎて言えなかった。


「ああ、そういうことか。なら、仕方ないね」


 二宮は納得がいったのか、険を納めた。


「そういう時は、何か降りて(・・・)くるまで、ぼーっとしてた方がいいよ」


 吉永が、珍しく長く話して慰めてくれたんだけど、僕は返事をせずに、口角を意識的に持ち上げて、笑った。彼女のその優しさの分だけ、嘘を吐いた後ろめたさが大きくなった。


「そうかなあ。俺は取りあえず、何でもいいから書いてみる方が、アイディアが浮かぶんだけど」


 皆木が、やけに声を張って言った。


「そういうのは人それぞれなんじゃないのか? 俺はとにかく考えて考えて、擦り切れて煙が出るまで考えてアイディア出すけど」


 石川が、皆木を諫めるように言う。


「二宮は、どうなんだ」


 皆木が訊くと、彼女は腕を組んで、考え込むようにちょっと俯いてから、口を開いた。


「あたしは、皆木と石川が半分ずつぐらいかなあ。書きながら考えて、考えながら、書くって感じ。非効率的だけど、アイディアだって、思いついた時と書いている時じゃ、全然違う物に思えることだってあるし」二宮はそこで顔を上げた。途端に、にやりと笑う。「ああ、丁度良いから、先輩たちにも聞いてみようか」


 僕が彼女の視線を追って振り返ると、森先輩ともう一人、副部長の藤原先輩が食堂の入り口から這入って来たところだった。


 森先輩は、僕らがたむろしているのに気が付いて、こちらに向けて軽く手を振ったけれど、そのまま自動販売機の方へ歩いて行った。


 藤原先輩の方は、進路を変更して僕らの席に近付いて来る。すたすたと、いつもながら背中に心棒が入ってるんじゃないかと思わせる歩き方をする人だ。決して口にはしないけれど、まだ一〇代なのに、矍鑠とした、という表現が妙に似合う。


――注釈。別に老けてるわけじゃない。


 そんな事を考えているうちに、他のみんなが、先輩に軽く頭を下げたので、僕も慌てて倣った。


「相変わらず、お前たちは仲が良いな。話に花を咲かせるのも良いが、自分の原稿はちゃんと進めているのか」


 藤原先輩は、僕らの顔を見回して言った。先輩は、長く伸ばした髪を、肩の辺りで一つに纏めている。首が触れるのに合わせて、尾を振るったように髪が揺れた。


 ずっとそうなんじゃないかとは思っていたのだけれど、三年生はどうも、部内での立場に役割分担をしているフシがある。部長の森先輩がとにかくわかりやすく部のみんなを鼓舞するのに対して、副部長の藤原先輩は部内を締め付ける。この型どおりのアメとムチは、示し合わせてやっているのか、それともそうじゃないのか、先輩たちに一度訊いてみたい事の一つだった。


 いずれにせよ、僕らのことは置いても、先輩たち二人はかなり仲が良いように僕には思える。


 藤原先輩の言葉に答えたのは二宮だった。


「今、丁度その話をしてたんです。全員そこそこ進めてはいるんですけど、佐藤は今ちょっとスランプ気味らしいんで、そういう時どうやって乗り切るか、みんなで話してたんですよ」


 二宮はそこでちょっと上目遣い気味になって、「それで、先輩たちはスランプに陥った時どうするのか、参考までに教えて頂けないかと思って」と訊いた。


 藤原先輩は、そこでじろり、と僕を見た。


「そうなんです。何か最近、筆が進まなくて。先輩たちはそういう時、どうやってるんですか」


 僕はちょっと慌て気味に言った。けれど、質問の中身自体は真剣だ。知ったからと言って真似をするわけではないし、出来るわけでもないんだけれど、とにかくみんなが同じように苦労をしているのだと知って、安心したかったのかもしれない。


 けれど藤原先輩は、ふうっ、と溜息を吐いて、


「私は、書いている途中でどうするか悩んだことは無いよ。と言うよりも、頭の中で何を書くか決まるまでは、書き始めないし、手を付けたら一週間ぐらいで一気に書き上げてしまう。そうしないと、イメージが崩れてしまうからね」


 あまりにも奇抜な――と言うよりも荒唐無稽にすら思える――話に、僕らが唖然としていると、藤原先輩は、くすりと笑みをこぼした。


「これぐらいで驚いてもらっちゃ困る。森に一度同じ質問をしたことがあるけれど、あいつは何て言ったと思う?」


 藤原先輩はそう訊いて、自販機の前でカップが出てくるのを待っている森先輩の方に目を遣った。森先輩は、ちょうど取り出し口から紙コップを取り出して、近くのテーブルに置いたところだった。


 僕らは顔を見合わせたけれど、誰も聞き知ってはいないようだった。吉永がふるふると首を横に振り、石川は、さあな、と肩を竦めた。


「何て言ったんですか」


 僕が訊くと、


「いいか、あいつはこう言ったんだ。『僕の原稿用紙のマス目には、魂が宿ってる。それをペン先で掘り起こしてるうちに、原稿が完成するんだ』って。私も信じられないんだけれど、どうやらあいつは、何を書くか考えた事すら無いらしい」


 僕らは揃って、はてな、と首を傾げた。どうやらみんな同じようにゲシュタルト崩壊を起こして、藤原先輩が何を言ったのか、よく分からなかったらしい。


 それでもみんなより一足早く正気に返った石川が、恐る恐る訊いた。


「それって、仏師が仏像を彫る時、木の中に見える仏の姿を掘り起こしているだけ、とか、そういう類の話ですか」


 息を呑む重たい沈黙の後、藤原先輩は至極真面目な顔で頷いた。


 途端に僕らはふうっ、と溜めていた息を吐く。


「先輩が嘘をついてるとは思って無いんですけど、ちょっと、信じがたい話ですね」


 二宮が躊躇いがちに言った。吉永もコクコクと頷く。


「だろう。けど、本当なんだよ」


 藤原先輩は、どこか嬉しそうに答えた。


「森先輩、『魂』とか冗談で言ってるのかと思ってたけど、本気だったんだなあ」


 皆木がしみじみ言うと、


「なんだ、今頃気が付いたのか」


 両手に紙コップを持った森先輩が、話に割り込んできた。


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