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文化祭黙示録  作者: 黄印一郎
非日常的日常 編
11/19

Chap.! SS

 高校時代と言うのは青春の黄金期だと、青春を謳歌しなかった人間は考える。

 

世間一般から大人としての責任を問われる程の年齢ではなく、さりとて子供と断じられる程に幼くはない。部活や、恋や、その他諸々が、思う存分堪能できる、そんな人生のモラトリアム。


 けれど、本当にそうなのかと問われれば、私は疑問を呈さざるを得ない。


 人生はいつだって、苦悩と後悔の連続なのだ。





 チャイムが鳴り終わると、スピーカーから聞いた事もないような曲が大音量で流れ始め、私は教室を飛び出した。校内に響き渡るその曲は、空前絶後、発展途上の音源の塊。


 即ち、ものすごく下手くそだったのだ。


 そしてそんな物を学校中に放送しようとする馬鹿に、私は一人しか心当たりがなかった。


 時間は昼休み、私は教室を飛び出して、ちらほらと廊下に姿を現した同級生の間をすり抜け、遮る者の居ない渡り廊下を駆け抜ける。正面に見えた放送室のノブを飛びつくようにして握り締め、一気に扉を開け放つ。


「なにやってんの三岳!」


 放送室に飛び込んだ私は、開口一番に怒鳴りつける。機材に向かって座っていたのは、予想違わず後輩の三岳誠志郎だった。彼は、びくりと肩をふるわすと、ゆっくりとこちらに振り返った。


「僕は何もしてませんよ?」


「この状況で、あんた以外に誰を疑ったら良いのか、教えて欲しいんだけど」


 目を泳がせる三岳に、私は言った。三岳は、それでも何とかごまかそうとしているらしい。何かジェスチャをしようと掲げられた両手が、UFOのように不規則な軌道を宙に描いて、やがてあてどなく落とされる。その間にも、廊下には騒音が鳴り響いている。私は負けじと声を張り上げて言った。


「とりあえず、ラインオフにして。このままだと、放送部に苦情が殺到するわ」


「ああ、すみません」


 三岳はそう答えると、振り返ってスイッチを切り替えた。スピーカーから流れる雑音が止まり、ようやく廊下に静寂が戻ってくる。私は安堵して、放送室のドアを後ろ手に閉めた。


 バタン、とドアが軽い音を立てて閉まり、三岳はびくり、と身をすくませた。ただでさえ名前負けした小柄な体躯がますます小さくなる。


 私は自分の中でスイッチが入るのを感じた。防音設備が施された密室でこれから何が起こるのか、彼はこれまでの経験から判っているのだろう。ただ、十分な経験がありながら、どうして彼は自分の危険を回避できないのだろうか。それとも、何か別の思惑があるのだろうか。どちらにしろ残念なやつだ、と私は溜息をつき、言った。


「三岳」


「 ! ……はい」


「わかるでしょう」


「……はい」


 三岳は椅子から立ち上がり、後ろに手を組んで、足を肩幅に開いた。こなれた、自然な動き。今までの教育の成果が、存分に発揮されている。


 言外の命令に素直に従った彼を見て、私は満足感を覚えた。


 入学から半年、当初は小生意気な子供に過ぎなかった三岳を、良くもまあこれだけ従順な下僕に仕立て上げられたものだと、思わず自分を誉めてやりたい気分になる。彼が時折こうやって無茶をやらかそうとするのも、もしかしたら私からのお仕置きを期待してのことかも知れない。まだまだ躾が足らないか、と考えながらも、私は自分の顔にだらしなく笑みが浮かぶのを止められなかった。


「今日はどっちがいい?」


 私が優しく訊いてあげると、三岳は今にも泣きそうな顔で答える。


「ええっと、どっちって言うと……」


「三岳」


 私はもう一度、彼の名を呼ぶ。今度は甘く、厳しく。恐怖にゆがんだ、それでいて、確かな期待のこもった彼の顔を見て、私は自分の頬が熱くなるのを感じた。期待しているのは、私も同じなのだ。もしかしたら、彼以上に私の方が期待しているかも知れない。


「……いつもので、お願いします」


 じっと見つめる私の視線にこらえきれなかったのか、彼は俯いて言った。いや、より正確に表現するなら、端正な面差しを朱に染めて恥じらいながら、蚊の鳴くような声で、言ったのだ。私は全身が震える程の法悦で満たされ、今すぐにでも目の前の下僕をめちゃくちゃにしてやりたい衝動に駆られる。掌に爪が食い込む程に拳を強く握り締め、何とか威厳を保って、言った。


「いつもの、じゃないでしょう。私のこと、行きつけの小料理屋かなんかだと勘違いしてるんじゃないの? きちんと教えたはずでしょう。お願いする時は、どういう言葉遣いをすれば良いのか」


 私がそう言うと、三岳は小動物のように身体をびくびくと震わせながら、答えに窮した。


 ああ、どうしてこの子はこんなにも嗜虐心をそそる行動をとるのだろう。彼を見下ろしながら、私はそんなどうしようもない思考の渦に飲み込まれてゆく。脅えながらちらちらとこちらを見上げる瞳が。甘えるように響く、優しい声が。僅かに幼さの残る面差しが。筋肉のつきすぎない、すらりとした手足が。


 彼の全てが、私の心に杭打つように響き、かき乱す。どうしようもなく、おぼれてしまう。どうしてだろうか。私は三岳を、普通に大事にしてやることが、できないのだ。

私が彼をそういうふうに変えてしまったのか、それとも彼が私のスイッチを入れたのか。卵が先か鶏が先か、という議論には、いつだって答えが出ないし、意味がない。ただ私にとっては、今のこの遣り場のない、マグマのようにたぎる気持ちがあるだけだ。


 私は今にも彼に飛びかかってしまいそうだ。これ以上耐えられそうにないながらも、歯を食いしばってようやくこらえる。ぴしり、ぴしりと、自制心という堤にひびが入る音が、確かに聞こえる。


 そしてとうとう、彼は顔を上げ、私を見つめて、


「先輩……」


「そうじゃないでしょう。ちゃんと呼び方を教えたはずよ」


「いや、そうじゃなくて、うしろ……」


 はっとした私が振り向くと、そこには生徒会副会長の、柏葉美幸の姿があった。


 より正確に言うなら、柏葉美幸の、凍り付くように冷たい、まるでこちらを蔑むような視線があった。







「あなたたちは、自分が何をやったのかわかっていますか」


 私と三岳を椅子に座らせて、柏葉は簡潔にそう言った。


 私たちは、生徒会室まで連れてこられていた。

 場所を移すことに何の意味があるのかわからなかったのだけど、それでも危うく痴態を見られかけた私には、彼女の指示に従う以外の選択肢は残されていなかった。とある事情で主が不在の生徒会室は、仮の主である柏葉によって押さえつけられ、今は静かに主の帰還を待っているように思えた。


「何をやったのか、っていうと、何か問題になりそうなことでもあったんですか」


 私はし(、)ら(、)を切り通すことにした。端から見れば、空気椅子をさせた後輩の前で、仁王立ちしていた――とは言え、それも異様な光景ではあるのだけど――だけのはずだ。途中から没入しすぎてドアがいつ開けられたのかは気が付いていなかったけれど、聞かれたからといって、致命的な内容ではなかったはずだし(と、自分に言い聞かせる)、なにより、柏葉美幸が何か勘付いていたとしても、彼女はそれをおおっぴらに言いふらすような人間ではなかったはずだ。


「本当に心当りがないんですか」


 柏葉は重ねて訊いてきた。私は首を縦に振る。


「三岳君は、心当りはありませんか」


 私が三岳の方を見ると、三岳は首を横に振った。私たちの反応を見て、柏葉は溜息をつく。そんなときでさえ無表情な目の前の女に、私は薄ら寒いものを感じた。能面のように張り付いた美しい顔の裏側で、一体何を考えているのかわからないと言うのに、どうしてこの女が、全校生徒や教師からの信任厚い、なんてことになるのか、理解が出来なかった。


「榎本先輩、三岳君」私の考えに気が付いた様子もなく、柏葉は淡々と言う。「実は、放送室のマイクの電源が入ったままになっていたんです」

その言葉の意味をしばらく咀嚼して、ようやく飲み込んだ私は、とっさに三岳の方へ振り向いた。


 三岳誠志郎は、笑顔でこちらを見ていた。


 おびえた様子もなく、透き通るような瞳を、こちらに向けていた。


 彼の視線には何が込められているのだろうか。あるいは、何の思いもなく無関心にこちらを見ているだけなのかもしれない。私が彼との秘め事だと思っていたこれまでの半年間は、実のところ私が彼を甚振っていただけに過ぎず、もはや私に対して何の感慨もわかないほどに、彼の精神を痛めつけてきただけだろうか。頭に浮かぶさまざまな考えが私を打ち据え、叩きのめした。


 それでも、水晶のような輝きを返す彼の眼球は、裏切られたとそう思う今となってもなお、狂おしい程に私を魅了した。感情の赴くままに、私が彼に囚われたのはどうしようもないことだったのだと、醜くも自分を肯定せずにはいられなかった。


 私はただ立ち上がった。そして、振り返ることもせずに、それでいてゆっくりと、生徒会室の出口へと向かった。決して足を早めたりしないことが、私に残された最後の矜持だった。


 柏葉は、私を止めなかった。誰にも呼び止められることなく、私は昼休みの喧噪へと帰還した。







「科学が発生する前段階として錬金術が存在したわけですが、しかしこの二つは同一直線上にあったわけでは無く、その間には大きなパラダイムシフトがあるのです。二分法に代表される科学的な分析手法が導入されたことで、単なる経験の集合に過ぎなかった錬金術は体系付けて科学に組み込まれ、その後の文化と技術の発達に寄与してきました……」


 物理の教師が、そんな脱線話をしている。周囲の生徒は、内緒話をしたり、年齢をごまかして買った馬券を見せ合ったり、別の教科の内職をしたり。先生に聞こえていないわけがないのだけれど、先生はそれを咎めたりしない。それが生徒たちに必要だと思って時間をとっているのか、それとも、聞いていようがいまいがどちらでも構わないと思っているのか。


 そんな先生の話を聞きながら、というよりも、私はそれ以外の音を耳に入れないように努力していた。少しでも気を抜けば、同級生たちがこそこそと話をしているのが聞こえてくる。昼休みに放送室で私が三岳に言った言葉は、彼ら、彼女らの耳にも入っているはずだった。そして、彼らに聞こえた断片から、悪意が醸造されるまでには、そう時間がかからないはずだった。


 まるでみんなが自分のことを噂し、蔑んでいるようで――いや、事実そうだとしても全くおかしなところはない――苦しかった。


 人の気持ちに気が付かないこと、自分の衝動を抑えられないこと。どうして私はこんなにも迂闊なんだろうと、考えが足らないのだろうと、自分で自分を追い込もうとしてしまう。自分の背丈が足らないことにコンプレックスを抱いているなら、丈比べをしなければいい。そうすれば、比べることも、比べられることもないから。自分に自信がないことは、他者と距離をとることに結びつく。クラスメイト達が行儀よく並んだ教室の中で、事実私一人だけが孤独だった。


 体が火のように熱く、じっとりとべとつく汗をかいていた。それでいて頭の芯は、冷たい泥に浸かったように凍えていた。その間にも、黒板の上に掛けられた時計の長針が、文字盤を切り取って少しずつ時を刻んでゆく。授業が終わりに近づくにつれて、クラスメイト達の雑談は音量を増してゆく。


 そしてチャイムが鳴った。先生は、まるでたった今思い出したかのように授業の終わりを告げようとする。私は、それが言い終わるか終らないかのうちに教室を飛び出した。誰の姿もない廊下を一人駆け抜ける。誰も居ないところに行きたかった。誰の声も届かないところに行きたかった。誰にも声を聞かれないところに行きたかった。そうでなければきっと、私はぐちゃぐちゃな気持ちのまま、みんなからの好奇の、あるいは侮蔑の目に晒されてしまう。


 思い当たる場所は一ヶ所しかなかった。思わず眼尻に涙が、口元に苦笑いが浮かぶのを自覚する。今更何にすがろうとしているのかと。涙が頬を伝うのをぬぐうこともせずに、私は放送室へ飛び込んだ。後ろ手に鍵を閉めると、安全地帯に辿り着いた安堵感に、膝から力が抜け、その場にぺたりと座り込んでしまう。どうして鞄を持って帰ろうと思わなかったのかと、そうすればそのまま帰ることだってできたのにと、自分の愚かしさに自嘲の笑みが浮かぶ。それでも、涙は止まらない。ぐるぐると、頭の中で思考のらせんを下って行きながら、私はただ涙を流した。


 喉の奥から、くぐもった、唸るような嗚咽が漏れた。どうしようもなく無様な泣き方。

どうしてもっと普通に、可愛らしく、弱々しく泣けないんだろう。


 頭をからっぽにしてしまいたいのに、こんな、誰にも見られていない時でさえ、心の中でプライドがつっかえて、邪魔をする。


 しわくちゃの顔で、小さく世界の隅に居る、醜い女。


 叫びだしたかった。大声で誰かに許しを請いたかった。


 彼に、謝りたかった。


 それすらも、私自身が許容しない。私の祈りは、届かない。


 もう、十分に泣いた。


 そう思っても、まだ涙は止まらない。顔を覆った袖に、流れたファンデーションが淡い染みを作っていた。


 それを見て、また、自嘲。


 こんな風に、何もかもがいつかは流れていってしまうのに、私は何を無様に泣いているのだろうと、皮肉な笑みが顔に張り付いたとき、


「先輩?」


 背後から聞こえた声は、許しを請うた彼のもので。


「何しに来たの」


 望んでもいない言葉が、口から吐き出される。たった今まで、彼に謝ろうと思っていたのに。私は、また、顔を覆った。今の醜い自分が見られないように。


 けれど彼は、そんな私の言葉など気にもしない。


「先輩が、泣いてるから、来たんです」


「どうして」


「だから」


 彼が言葉を重ねようとするのを、私は遮った。


「私のことを馬鹿にしてるの? 今まで散々ひどいことをしてきた相手を、仕返しに甚振ろうとしてるんでしょう」


「ひどいことだって、思ってたんですね」


「そうよ。私だったら、あんなことされて我慢できないもの」


 そう言いながら、私は考えた。彼は、もうどうしようもなく凝り固まった私のプライドを、へし折りに来たんだと。これ以上ないほどに、痛めつけに来たんだと。


「別にね、僕はいじめられるのが好きなわけじゃあ、ないんです」


 そんなことは、本当は、わかっていた。ただ、手の届かないものを引っ掻いて、どうしようもない傷跡を刻みこんで、悦に浸ろうとしていただけだ。


 彼を所有したつもりになっていただけだ。


 どうすれば彼を手に入れられるのか、わからなかっただけだ。


 黙ってうつむいたままの私に、こともなげに彼は言う。


「ただ、先輩がやりたい事だったら、受け入れてもいいかなあ、って思ったんです」


 驚いた。それから、ほんの少し、勇気を出して、振り向いた。それでもやっぱり、顔の下半分は、袖で隠したままだったけれど。


 彼は、言う。


「好きです。三岳誠一郎は、先輩のことが、好きです」


 それは、思いもよらなかったわけでは、決してない言葉で。


 それでも、不安で。


 そんな私を、彼は大きく手を広げて。


 抱きしめた。


「鍵、閉めてたはずだけど」


「今この部屋の鍵持ってるの、僕と先輩だけですよ」彼は、ポケットから青いプレートのついた鍵を取り出した。「柏葉先輩にお願いして、貸してもらったんです」


 頼りなさげな外見で、そんなことを言う彼を見て、ちょっと悔しくなった。


 けれど今は、かっこよくしていてもらおう。その分だけ、私はしおらしい女でいよう。そう思って、彼の腕の中で、見上げて、言う。


「今まで、ごめんなさい。私も、三岳が、好きだよ」


 彼が笑う。幸せそうな、笑みを見せる。私は、訊く。


「どうして」


「えっ?」


「どうして私が、ここで泣いてるって、わかったの」


「ああ」彼は視線を上げて、私の背後を見た。「ごめんなさい、先輩」


 嫌な予感がして――いや、それはもう確信だ――振り向くと、機材の電源ランプが赤く点っていた。マイクのスイッチは――オン。


「三岳」


 理不尽な怒りが、私の腹の底から湧きあがって、思わず低い声が出た。振り返ると、彼は遠い目をしてどこかを見ている。もう一度だ。


「三岳」


「……はい」


「わかっててやった?」


 優しく聞いてあげると、彼は、


「……いつもので、お願いします」


「それは今聞いてないでしょう。わかっててやったの?」


「……はい」


「そう」


 私は立ち上がった。それから、ハンカチで目じりをぬぐうと、つかつかと歩いて、機材の電源をオフにした。


 さあ、ここは、本当の意味で密室だ。何をしても、誰にも知られることはない。


 人に知られたくないことは、やるべきじゃない。けれどそれは、パブリック・スペースでの話だ。後ろ暗いことが無くては、人生じゃない。悩んで苦しんだり、思い出して悔いたりしなければ、幸せのありがたみはわからない。


 人生はいつだって、苦悩と後悔の連続なのだ。


女王様系Sと

子犬系ドSの話

略してSS

三岳君は最初から最後まで確信犯です。

DV男の手口ですね。

正直怖い。


あとゲロ甘くて吐きそう。

「ものすごく」甘いって意味じゃなくて

「ゲロ以下のにおいがぷんぷんするぜッーーーッ!!」的な甘さ。

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