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文化祭黙示録  作者: 黄印一郎
タイトル未定 編
10/19

Chap.4 全ては黄昏とともに

 嫌悪感を振り払い、口を漱いで、ついでに目尻に浮かんだ涙を洗い落とした僕が部室に戻った時には、部長が到着してから既に二十分が経っていた。


 熱の籠る部室に、皆を待たせたことには誰からも文句を言われなかった。ただ、皆からの非難するような視線だけが心地よく、身に浸みた。


 ミーティングは、つつがなく終わった。単に合宿の日程が公表され――これまでは、一年生には知らされていなかった――二週間後に合宿が行われること、その期間の予定を開けておくこと、それまでの間、二日に一回程度の割合で登山の基礎がレクチャされ、顧問立ち会いの下、全員で練習を行うことが伝達され、その場で解散になった。


 午後の、それでも早い時間。皆は思い思いに過ごすだろう。今まで上手くいかなかった何もかもが、かみ合っていなかった歯車が、今日という日を区切りに、上手に回りはじめるのだ。ただ僕一人だけを置き去りにして。


 僕はめいめいが立ち去ってゆく部室に、最後まで残っていた。今日ここを訪れた時、自分がどこまで出来るかという不安と共に、自分が世界の中心にいるかのような万能感に充ち満ちていた。その感覚自体は間違ってはいなかった。ただ、皆がそれぞれの開拓地へと出発して、元のところに留まっているのが僕だけ、という結果が残されただけだった。


 カメラを構えた時、四角いフレームの内側に何を残すのか、何を盛り込むのか、計算しないといけない。僕のシャシンは、自分で言うのもなんだけど、誰にも言った事は無いんだけれど、案外上手に出来ているんじゃないかと僕自身は思っていた。フレームの内側に、撮りたい物を上手に切り取る事が出来るんだと、僕自身は信じていた。


 けれど、シャシンに写っている物は、単なる被写体じゃない。それはフィルムの表面で光によって起こる化学反応だけでもないし、画像素子が受けた光を電気信号に変換しただけでもない。もちろん、どこかから突然に現れたりする物でもない。シャシンに写っているのは、単なる像である前に、僕自身の鏡像なのだ。その写真に、何を盛り込んだのか、あるいは、何を取り去ったのかによって、出来上がった物はその姿を千変万化、様々に変える。荒々しい力強さを求める者は、それをシャシンに与えるし、繊細な暖かさを求める者は、それをシャシンに与える。


 撮ることは、与えることなのだ。昔の人は、写真を撮られると魂が抜かれる、なんて益体もないことを本気で心配したと言うけれど、ある意味でそれは間違いじゃない。ただ、魂の質量が減るのは、撮られる側じゃ無くて撮る側だと言うことだけが、本質とずれている。


 ラックから、一番最近のアルバムを取り出して、長机の上に広げてみる。僅かに黄ばんだ写真は、このアルバムが僕らと同じようにここで暑さに曝されてきたのだと言うことを教えてくれる。アルバムを後ろから開いていくと、写真の中で季節がだんだんと変わって行くのが分かる。最初に、春の写真。散りかけた桜の下で、先輩たちと、僕と、白井が、並んで写っている。次が、卒業式の写真。先輩達が、知らない先輩達と、並んで写っている。冬の写真。この学校で、僕の知らない季節の写真。秋の写真。誰かが撮った風景の写真の中に、部員が並んで撮った写真が一枚。そして、夏の写真。


 どの写真にも、笑顔が写っている。撮った人間が、願った心が現れている。


 それじゃあ、今の僕に何が残っているのかというと、何を与えられるのかというと、口を開けて親鳥に餌をねだるヒナ鳥のように、ただ求める心だけが残されている。


 こいねがう心だけが残されている。


 今の僕が撮る写真は、きっと、とても乾いた物になるだろうと思う。求める心だけを詰め込んだ写真は、ただ質量を増して行くばかりで、見た人に何かを与えることなんてない。それでも、僕は、その気持ちを抱えたまま、自分の方法を探し続けないといけない。写真を撮ることを止められそうにない。それは、僕が求めていた物とは違うのかも知れないけれど、何かを得ようとしなければ、心が満たされることは永久に無いのだから。


 砂漠のように、ひび割れたグラスのように、満たされることは無くても、それでも僕たちは歩いて行く。


 はじめに感じた万能感と、今感じている寂寥感を、この四角い部屋に閉じ込めて、僕は部室に鍵を掛けた。


 見上げた空は、微かに赤く染まり、日の入りが近いことを教えてくれる。西の空から、赤い光が全てを染め上げる時間が、いずれやってくる。


 燃えるような夕日が世界を満たすように、全てを焼き捨ててしまいたかった。


 けれどそんなことをしなくたって、いつかは何もかもが、黄昏の彼方にとけて、消えてゆく。時間の流れと共に薄れ、霞んでゆく。


 僕の失恋一日目は、こうして終わった。


 母が夕食に呼ぶのを断って、ベッドに倒れ込む。明日からの夏休み、どんな風に過ごせばいいのか考えながら、僕は眠りにつく。眠りのふちで、誰かが僕の名を呼んだような気がした。


 夢うつつで、改めて自己紹介。


 僕の名前は、金澤洋子。八月二十日生まれの、十五歳。

主人公の性別・誕生日・名前・その他諸々は、予告なく変更される場合があります。



写真部の話は、一時凍結します。代わりに、SSをちょっと膨らませようかと思います。

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