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「無能令嬢は不要だ!」→直後に能力値が全国公開された結果、王子の知力が“3”だった

作者: カルラ
掲載日:2026/05/19

卒業記念舞踏会の夜は、やけに星が多かった。

広間に満ちるシャンデリアの光と、紳士淑女の笑い声と、遠くから流れてくるワルツの旋律。

そのどれもが、わたしには少し眩しすぎる。

わたし――フィアナ・エルグレイスは、壁際でひとり、書類を精査していた。

舞踏会に書類を持ち込む令嬢など、この国に一人しかいないだろう。

だが仕方ない。

明日の朝一番に宰相府へ提出しなければならない予算案の草稿に、どうしても誤算が残っている気がしてならないのだ。

指先が数字を追うたびに、遠くで流れるワルツが一小節分、過ぎていく。


 


「フィアナ」


 


背後から声がした。

顔を上げなくても、誰の声かわかる。

わたしは静かに書類を折り畳んだ。


 


「クラウス殿下」


 


振り返れば、そこには黄金の髪をした王太子が立っていた。

容貌だけを切り取れば、絵画から抜け出してきたような美しさだ。

隣には、桃色のドレスをまとった女性が寄り添っている。

男爵令嬢のリリア・ベル。

愛らしい顔立ちと愛嬌で社交界を泳ぐ、わたしとは対極の存在だ。

クラウス殿下は、わざとらしいほど大きな声で言い放った。


 


「フィアナ! お前との婚約を破棄する!」


 


広間が、すっと静まりかえった。

音楽が止まる。

数百の視線がわたしに集まる。

わたしは眼鏡の縁を人差し指で押し上げ、ただ相手の顔を見つめた。

特に驚きはない。

薄々、感じていた。

いや、正確に言えば、半年ほど前から覚悟していた。


 


「お前のような無能で陰気な女に、王妃など務まらん!」


 


ああ、そこまで言いますか。

無能、陰気、地味。

どれも社交界でわたしに貼られた値札だ。

慣れすぎて、痛みより疲れの方が勝る。


 


「クラウス様ぁ……!」


 


リリア嬢が、うるんだ瞳で殿下の腕に寄り添う。

絵になる二人だ、と思う。

本当に、絵としては完璧だ。

わたしは反論しなかった。

言葉が出なかったわけではない。

ただ、もう十分に疲れていた。

五年間、この婚約のために何をしてきたか。

政務の勉強、外交の演習、魔法理論の研鑽、宮廷礼儀の反復。

すべては「王妃として恥ずかしくないように」という一念からだった。

その五年間が、今夜、一言で終わる。

(終わった……)

と、そう思った瞬間のことだ。

空が光った。


 


「――え?」


 


誰かが漏らした声が、広間に小さく響く。

天井のない吹き抜けの向こう、夜空に巨大な光の紋様が広がっていく。

魔法陣だ。

しかも、尋常ではない規模の。

全員が動きを止めた。

蝋燭の炎まで、揺れるのを忘れたように静止している気がする。

低く、遠く、どこか無機質な声が空間に満ちた。


 


『天秤の審判、起動』


 


その言葉を聞いた瞬間、わたしの背筋が凍りついた。

知っている。

魔法理論の上級文献で、一度だけ読んだことがある。

一方的な断罪が行われたとき、古代魔法が真実を暴く――伝説の審判魔法。

数百年、誰も発動を確認していない。

だからほとんどの者は存在自体を忘れていた。

なのに、今、動いた。

夜空に光の文字が並び始める。

わたしの名前が、まず浮かんだ。


 


フィアナ・エルグレイス

知力 :982

政治 :955

魔力 :901

経営 :970

外交 :930


 


沈黙が、広間を覆う。


 


「……え?」


 


誰かが、もう一度言った。

今度は少し違う響きで。


 


「化け物では……?」


 


別の声が続く。

わたしは自分の頬が熱くなるのを感じながら、視線を落とした。

やめてほしい。

本当に、やめてほしい。

こういう、人前での晒し上げは、わたしの最も苦手とするものだ。

数値が良かろうと悪かろうと、そういう問題ではない。

穴があったら入りたい気持ちでいっぱいになる。


 


「な、何かの間違いだ! そんな数値があるはずがない!」


 


クラウス殿下が声を張り上げた。

焦りが滲んでいる。

わたしは心の中で、少しだけ申し訳なく思った。

本当に少しだけ。

次の瞬間、殿下の名前が空に浮かんだ。


 


クラウス・ヴァルディア

知力 :3

統率 :12

判断力:5

忍耐 :1


 


完全な、沈黙だった。

数を数えてしまった。

三秒。

五秒。

十秒。

誰も、何も言えない。

言葉というものが、この場から全部蒸発してしまったかのようだった。


 


「……さん?」


 


ようやく絞り出したのは、どこかの侯爵令息だ。


 


「知力が……三……? 三点……?」


 


確認するような声に、広間がじわじわとざわめき始める。

わたしも驚いている。

三は、さすがに低すぎる。

王太子として業務をこなしてきた人間の数値として、明らかにおかしい。

……いや、待て。

「こなしてきた」と思っていたのは、誰だったのか。

わたしの中で、何かが、ゆっくりと繋がり始めた。

続けて、空に新しい文字が現れる。


 


特記事項

書類処理成功率:2%

責任転嫁率  :99%


 


広間から、大きなどよめきが上がった。


 


「なんだその数値!?」


 


誰かが叫んだ声が、わたしの心情を代弁してくれた気がする。

わたしの内心は、もっと悲鳴に近い。

(やめてぇぇぇ……!! なんで全部出てくるの……!!)

恥ずかしいというより、もはや痛い。

自分のことではないのに、なぜかわたしが顔を覆いたくなる。

いや、待ってほしい。

書類処理成功率、二パーセント。

わたし、毎晩あの書類を直していたのだが。

それは……つまり……。


 


『王太子業務代行者』

フィアナ・エルグレイス :98%

クラウス・ヴァルディア:2%


 


はっきりと、空に刻まれた。

広間が再び静まり返る。

今度の沈黙は、先ほどより重い。


 


「ほぼ事実ですね」


 


静かに、低く、そう言ったのは宰相閣下だった。

年配のその方は、眼鏡を押し上げながら淡々と続ける。


 


「ここ三年の政務書類、押印の九割以上がフィアナ嬢の代筆でございます。

気づいてはおりましたが……数値で出るとは」


 


クラウス殿下の顔が、真っ青になった。

次に赤くなった。

そして震えている。

美しい顔が、みるみる形容しがたい表情に変わっていく。


 


「そ、そんなはず……! 私は毎日、ちゃんと……!」


 


宰相閣下は答えなかった。

答える必要がないのだろう。

数値がすべてを語っている。

わたしはといえば、もはや何か遠い世界の出来事を見ているような心境だ。

(ああ、そうか)

五年間、ずっと不思議だった。

なぜわたしがここまで仕事をしているのに、誰も評価してくれないのか。

なぜ「陰気で地味な令嬢」という扱いのままなのか。

今、やっとわかった気がする。

わたしは王太子の「仕事」をしていた。

それが当たり前になっていたから、誰も気にしなかったのだ。

(五年間、本当にご苦労様でした、わたし)

少し、笑いたくなった。


空はまだ終わる気配がない。

次の文字が、降り注ぐように現れた。

 

努力適性:0

 

「0ってなんだ!?」

 

殿下が空に向かって叫んだ。

天に向かって怒鳴るという、それ自体がどこかコントのような光景だ。

周囲の貴族たちは口を手で覆い、笑いを必死に堪えているのがわかる。

数人は諦めていた。

くく、という抑えた笑い声が、わたしの耳に届く。

(殿下、天に向かって文句を言っても、審判は撤回しませんよ)

心の中でそう思ったが、口には出さなかった。

今さら出す必要もない。

そして容赦のない光の文字は、次の対象へと移っていった。

 

リリア・ベル

愛嬌 :95

演技 :88

計算 :4

 

特記事項

雰囲気で会話しています

 

広間がまた揺れた。

先ほどとは少し違う、戸惑いと驚きの混じった波紋が広がっていく。

リリア嬢は、ぱちぱちと瞬きをした。

その表情は、意味を理解していないのか、あるいは理解した上で平静を装っているのか、わたしにはよく読めない。

演技が八十八という数値なら、それも当然かもしれない。

「雰囲気で会話しています」という特記事項は、ある意味で正直すぎる評価だ。

思い返せば、リリア嬢とまともに議論が噛み合ったことは一度もなかった。

ふわりとした言葉で場を和ませ、気づけば話題が変わっている。

あれは才能だったのかもしれない。

計算の数値は壊滅的だが、人心掌握という別の能力が確かに存在する。

わたしにはないものだ。

素直に、そう思う。

感心していたら、また空が光った。

 

王国運営シミュレーション

フィアナが王妃となった場合

国家繁栄率 :92%

リリアが王妃となった場合

国家崩壊率 :87%

 

今度の沈黙は、質が違った。

広間の空気が、ぴんと張り詰める。

壁際に控えていた国王陛下の顔色が、蒼白から灰白へと変わっていくのが見えた。

王族の方々が一様に、声も出ないまま空を見上げている。

わたしも見上げている。

国家崩壊率、八十七パーセント。

かなり具体的な数値だ。

(天秤の審判というのは、ずいぶん辛辣な魔法だ)

と、他人事のように思った。

 

「お前……何を、捨てようとしていた?」

 

低く、静かな声だった。

宰相閣下が、クラウス殿下のほうへ歩みを進める。

怒鳴っているわけではない。

だからこそ、その言葉は広間の隅々まで届いた。

殿下は口を開いたが、何も出てこない。

当然かもしれない。

答えなど、空がすでに出してしまっているのだから。

 

「……」

 

どこからも、声が上がらない。

シャンデリアの光だけが、変わらず広間を照らしている。

そのとき、静かな足音が近づいてきた。

ずっと、柱の陰に立っていた人物だ。

濃紺の軍服を着た、黒髪の青年。

クラウス殿下より三つ下の、第三王子。

レオン・ヴァルディア殿下。

普段は目立たない方だ。

王族の集まりでも、ほとんど発言しない。

ただ、いつも静かに周囲を見ている。

その眼差しが今夜、こちらへ向いていることに、わたしは少し前から気づいていた。

 

「兄上」

 

レオン殿下の声は、穏やかだった。

穏やかだが、透き通っていて、よく聞こえた。

 

「見る目がありませんね」

 

たったそれだけだ。

それだけなのに、広間の空気がまた動いた。

クラウス殿下が弟君を睨みつける。

 

「レオン……!」

 

「事実を申し上げています」

 

レオン殿下は表情を変えない。

わたしのほうへ、ゆっくりと視線を向けた。

そしてわずかに、頭を下げた。

 

「ご無礼をお詫びします、フィアナ嬢」

 

どう返せばいいか、一瞬わからなかった。

こんな夜に、こんな形で礼を取られることになるとは思ってもいなかった。

わたしは眼鏡を押し上げながら、かろうじて答えた。

 

「……いいえ、殿下」

 

声が少し掠れた。

疲れているせいだと思う。

たぶん。

クラウス殿下が、弾かれたように大きな声を上げた。

 

「待て! 撤回だ! 婚約破棄を撤回する!!」

 

広間が、どよめく。

わたしは殿下の顔を見た。

焦りと、羞恥と、取り繕おうとする意志が、入り混じっている。

なるほど、と思う。

数値を見た今なら、よくわかる。

この方は、失ってから価値に気づく。

ただ、もう遅い。

空が、最後の文字を刻んだ。

 

『一度下された審判は覆りません』

 

「う、うわぁぁぁ!!」

 

殿下の叫びが広間に響いた。

誰も笑わなかった。

笑えない空気だった。

でも、笑いたい人間は確実に存在したと思う。

わたしも、その一人だ。

ただ、今夜はさすがに笑う気にもなれない。

ただ、ただ、疲れた、という気持ちだけが残っている。

眼鏡を外して、額に手を当てた。

長い夜だ。

 

 

その夜から、数ヶ月が過ぎた。

王都の朝は、今日も早い。

石畳の通りに人影が増え始める頃、わたしはいつものようにカフェのテーブルに着いていた。

王城からほど近い、こじんまりした店だ。

コーヒーと、今朝届いたばかりの新聞。

それがわたしの朝の習慣になって、もう三ヶ月になる。

 

今の肩書きは、第三王子レオン殿下の政務補佐官だ。

あの夜の後、国王陛下から直々に打診があった。

辞退しようとしたのだが、宰相閣下に「逃げるな」と言われた。

一言だった。

それだけで逃げられなくなった。

宰相閣下の言葉は、なぜかいつもそういう効き方をする。

レオン殿下は、仕事がしやすい方だ。

必要なことを端的に伝えると、必要なだけ考えて、適切な判断を下す。

指示は明確で、無理な押しつけもない。

書類の決裁成功率も、おそらく九十パーセントを超えている。

(比較するのも申し訳ないが)

新聞を開くと、一面の見出しが目に入った。

 

『元王太子殿下、本日の知力測定試験でも3点を記録』

 

思わず、吹き出した。

コーヒーが危なかった。

口を手で覆ったが、声が漏れた。

静かな朝のカフェに、かなり不格好な笑い声が広がる。

 

「珍しいですね」

 

向かいの席から、穏やかな声がした。

顔を上げると、レオン殿下がこちらを見ている。

今朝もいつものように、さりげなく同席している方だ。

 

「何が、ですか」

 

「あなたが笑うのが」

 

少し間があった。

わたしは新聞をテーブルに置いて、コーヒーカップを両手で包んだ。

 

「……少しだけ、スッキリしました」

 

殿下は何も言わなかった。

ただ、口元が僅かに緩んだ。

窓の外では、王都の朝が静かに動いている。

石畳を馬車が渡り、花売りの声が通り過ぎていく。

五年分の疲れが、ゆっくりと、どこかへ溶けていく気がした。

眼鏡の奥で、もう一度だけ、わたしは笑った。

 

終幕



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― 新着の感想 ―
すごく辛辣な魔法だw。 能力解析と未来予想とは・・・遥かに昔に神が授けた魔法なのかもしれないね。
面白かったです♪ >『王太子業務代行者』 王太子本人も含むのであれば、王太子業務執行者の方が相応しいかも。
知力3点で婚約破棄という言葉の意味を良く理解出来ました、エライ。
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