討伐依頼
橋下の調査から2日後、南門詰所の掲示板から1枚の紙が外された。
『討伐依頼準備中』
代わりに貼られた紙は、前よりも大きかった。
『南門旧街道・入口奥の主 討伐依頼』
その下には、依頼の進め方が3つに分けて書かれている。
『第一段階:橋手前から入口手前までの経路確保』
『第二段階:入口奥の進路確認』
『第三段階:主の討伐』
さらに、赤い文字が続いていた。
『入口奥への無断進入禁止』
『各段階の参加者は詰所が指定する』
『撤退指示に従わない者は依頼対象外』
ハクトは相談机の前から、その掲示を見上げた。
討伐依頼という文字が出ただけで、詰所前の空気が変わっている。
橋下へ向かう採取者がいる。
橋手前までの地図を確認する冒険者がいる。
防具の留め具を締め直す者もいれば、掲示の内容を仲間へ読み上げる者もいた。
その中には、これまで南門では見なかった装備の冒険者もいる。
傷のついた金属鎧。
使い込まれた剣。
大きな荷物を持たず、必要なものだけを腰や背に分けている。
東門から次の街へ進み、その先の道を攻略している人たちなのだろう。
ハクトが地図を抱え直すと、リクが隣から掲示を見た。
「ついに出たね。」
「うん。」
「人、昨日より多くない?」
「多いと思う。」
昨日までは、南門が何なのかを聞きに来る人が多かった。
今日は違う。
掲示を読んだ人たちは、南門の存在を確かめるのではなく、自分がどこへ参加できるのかを見ている。
その違いが、ハクトには少し落ち着かなかった。
南門の外へ続く道は、もうハクトたちだけが見ている道ではない。
知らない人が地図を見て、装備を整え、そこへ向かおうとしている。
橋下へ向かうミサキが、相談机の前で足を止めた。
腰には、リクから買った小袋が分けて下げられている。
「行ってきます。」
「水辺に降りる前に、足元を確認してください。」
「はい。水面を見る人と、採る人を分けます。」
「戻る時は、古い石標が見える位置を確認してください。」
「わかりました。」
ミサキは一緒に来た2人の冒険者と地図を確認し、南門へ向かった。
ハクトはその背中を見送った。
自分はついていかない。
それでも、ミサキたちは地図を見て、注意を聞いて、自分たちで準備をして歩いていく。
ハクトが歩かなくても、道は使われていた。
「ちゃんと行ったね。」
リクが言った。
「うん。」
「地図、持っていかれたみたいで変な感じ?」
「少し。でも、あれは持っていくための地図だから。」
「そうだね。」
リクは笑ってから、相談机の上の小袋を整えた。
そこへ、詰所前の人の間を抜けて、4人の冒険者が近づいてきた。
先頭は、片手剣を腰に下げた男だった。
鎧は軽いが、肩や腕には何度も補修した跡がある。
後ろには、大きな盾を背負った男。
短い弓を持つ女性。
杖と小さな鞄を持つ女性が続いている。
片手剣の男は相談机では止まらず、そのまま掲示板の前へ進んだ。
3段階に分けられた依頼を一度読んでから、詰所の入口へ顔を向ける。
「討伐依頼の責任者は誰だ?」
声に気づいたダレスが、詰所の中から出てきた。
「俺だ。」
「レグスだ。東門側の道を抜けて、今は次の街から北へ伸びる道を見ている。」
レグスは後ろの3人へ目を向けた。
「同じパーティーだ。盾のバドル、弓のセナ、回復役のティア。」
「南門に主が出たと聞いて戻ってきた。」
ダレスは4人の装備を順番に見た。
「掲示は読んだか。」
「ああ。だが、少し回りくどいな。」
レグスは掲示の第一段階を指で示した。
「橋手前から入口までの道は、もう何度か人が通っているんだろう?」
「通っている。」
「なら、俺たちが入口まで行って、そのまま奥を見れば早い。」
「許可は出さん。」
ダレスはすぐに答えた。
レグスの眉が少し動いた。
「俺たちの実力を知らないからか?」
「実力を知っていても出さん。」
「理由は?」
「お前たちが強いことと、入口奥の道を知っていることは別だからだ。」
レグスは掲示からダレスへ視線を戻した。
後ろにいた盾持ちのバドルは何も言わなかった。
弓を持つセナは、相談机に広げられている地図を見ている。
ティアも、赤い線で区切られた入口奥へ目を向けていた。
ダレスが続ける。
「主は壁か地面を削っている可能性がある。落石も確認されている。」
「戦いながら避ければいい。」
「避けた先が崩れていたらどうする。」
「別の道を探す。」
「戻る道が塞がれてからか?」
レグスが黙った。
ダレスは掲示板の第一段階を指した。
「最初にやるのは、入口手前までの経路確保だ。」
「魔物を倒すだけじゃない。」
「戦闘が起きた時にどこを空けるか。荷物をどこへ置くか。負傷者をどこまで戻すか。入口奥から何か出た時に、どこで止めるか。」
「それを決めてから、奥を見る。」
レグスはもう一度、相談机の地図へ目を向けた。
「その地図を作ったのは誰だ?」
ダレスがハクトを見る。
レグスたちの視線も、同時にハクトへ向いた。
ハクトは地図を抱えたまま、少し背筋を伸ばした。
「ハクトです。」
「職業は?」
「案内人です。」
レグスはハクトの装備を見た。
剣も槍もない。
防具も、攻略組のものとは比べられない。
腰にあるのは探り棒と細縄。
手に持っているのは地図だった。
「案内人を討伐隊に入れるのか?」
「第一段階には入れる。」
ダレスが答えた。
「戦えないだろう。」
「戦わせるために入れるんじゃない。」
「なら、何をさせる?」
「お前たちが戦える場所まで、道をつなげさせる。」
レグスはハクトを見たまま、少しだけ目を細めた。
ハクトは何か言わなければいけない気がした。
けれど、自分が戦えないことは事実だった。
入口奥へ進む攻略組の前で、強い言葉を返せるような実績もない。
地図を持つ手に、少し力が入った。
その時、リクが隣で口を開いた。
「ハクトが見ているのは、行く道だけじゃありません。」
「戻る道も記録しています。」
「戦闘が起きた時に荷物を置く場所や、道を空ける位置も、今までの確認で決めています。」
レグスがリクを見る。
「君も行くのか?」
「第一段階には参加します。僕は道具と人数の記録です。」
「商人か?」
「はい。」
レグスの表情が少し変わった。
驚いたというより、理解しづらそうだった。
「案内人と商人を連れて、経路を作るのか。」
「そうだ。」
ダレスが答える。
「入口奥へ入れば、使った道具も、残った水も、戻った人数も必要になる。」
「主を倒せても、負傷者を置いて戻れば依頼は成功じゃない。」
盾持ちのバドルが初めて口を開いた。
「補給地点は決まっているのか?」
「まだ最終確認前だ。」
「橋手前と入口前の2つか?」
「候補はな。」
バドルは地図を見た。
「なら、先に見ておく意味はある。」
レグスがバドルへ顔を向ける。
「必要だと思うか?」
「入口奥が狭いならな。」
「盾を前に出したまま戻れる幅があるかは見たい。」
「負傷者を担ぐなら、もっと必要だ。」
弓を持つセナも地図へ近づいた。
「橋周辺に草むらが多いなら、射線も見たい。」
「入口前に立つ場所がないと、弓は邪魔になる。」
ティアは赤い線の手前を指した。
「回復する場所は、入口のすぐ前じゃない方がいい。」
「奥から魔物が出てきた時に巻き込まれる。」
4人の間で、少しずつ話が変わっていく。
主を倒せるかではなく、どこで戦い、どこまで戻れるか。
ハクトは地図を机へ置いた。
「橋手前は、道の中央を空ければ戦える場所があります。」
「入口手前にも待てる場所はあります。でも、人数が増えた状態では、まだ確認していません。」
「荷物を置くと、戻る幅が狭くなる場所もあります。」
レグスがハクトを見た。
「人数が増えたら、同じ道でも違うのか?」
「はい。」
「少人数なら通れても、盾を持った人や負傷者が一緒だと通れないかもしれません。」
「戦闘中に道の中央へ集まると、戻る人が通れなくなります。」
レグスはしばらく黙っていた。
それから、地図へ視線を落とす。
「邪魔にならないなら構わない。」
「ただし、戦闘が始まったら前に出るな。」
「はい。」
ハクトが答える前に、ダレスが言った。
「指示を出すのはお前じゃない。」
「第一段階の現場判断はシアが行う。」
「ハクトは道と戻る線を見る。」
「ハクトが戻れないと判断した時は、シアが止める。」
レグスの顔に、わずかに不満が浮かんだ。
「戦闘中でもか?」
「戦闘中だからだ。」
ダレスはレグスから目を逸らさなかった。
「主を倒す前に道を失えば、依頼は終わる。」
その言葉のあと、レグスはようやくうなずいた。
「わかった。」
「第一段階は、そちらのやり方に従う。」
詰所前にいたカザミとオウガも、話を聞いて近づいてきた。
カザミが掲示を見上げる。
「第一段階なら、俺たちも入れるのか?」
「橋手前から入口手前までの経路確保だ。」
「戦闘はありそうだな。」
「起きるものとして考える。」
ダレスが答える。
オウガは大盾を少し持ち上げた。
「戻る道の幅を見るなら、盾持ちはいた方がいい。」
「ああ。入ってもらう。」
少し離れた場所にいたナオも前へ出た。
「僕も参加できますか?」
ダレスはナオを見た。
ナオは以前より装備を整えている。
けれど、カザミやオウガと並ぶと、まだ経験の差は見えた。
「戦闘役としては入れない。」
「……はい。」
「入口前の待機組に入れ。」
「待機ですか?」
「戻ってくる者を通す。」
「入口前に人を集めない。」
「負傷者が戻ったら、橋側への道を空ける。」
「それがお前の役だ。」
ナオはすぐには返事をしなかった。
入口奥へ進む攻略組を見る。
カザミとオウガを見る。
それから、ハクトの地図へ目を向けた。
「戦わない役ですか?」
「戦闘が起きないとは言っていない。」
「だが、追うな。」
「戻る者を通すことを優先しろ。」
ナオは少し迷ったあと、うなずいた。
「わかりました。」
ダレスは詰所前に集まった者たちを見回した。
「第一段階の参加者を決める。」
リクがすぐに帳面を開いた。
ダレスが順番に名前を挙げる。
「シア。現場判断と先頭警戒。」
「了解。」
「ハクト。地図、経路、戻る線。」
「はい。」
「リク。参加者確認、道具、荷物、帰還人数。」
「はい。」
「レグス、バドル、セナ、ティア。」
「攻略組として参加。」
「わかった。」
「カザミ。橋手前から入口までの前方補助。」
「任せろ。」
「オウガ。道幅と盾を置ける位置の確認。」
「ああ。」
「ナオ。入口前の待機と帰路確保。」
「はい。」
リクが帳面へ名前と役割を書いていく。
『第一段階参加者』
『シア:現場判断、先頭警戒』
『ハクト:地図、経路、戻る線』
『リク:人数、道具、荷物、帰還確認』
『レグス一行:攻略組』
『カザミ:前方補助』
『オウガ:盾、道幅確認』
『ナオ:入口前待機、帰路確保』
書き終えると、リクが顔を上げた。
「荷物は、誰が持つ分まで記録しますか?」
「全員だ。」
ダレスが答える。
「水。」
「手当て布。」
「滑り止め。」
「照明。」
「縄。」
「予備の武器があるなら、それもだ。」
「入口奥へ入る組と、入口前に残す物を分けろ。」
リクの手が止まらずに動く。
『入口奥へ持ち込む物』
『入口前に残す物』
『使用数』
『残数』
『帰還人数』
商人として、相談机で道具を売る時とは違う記録だった。
誰が何を買うかではない。
誰が何を持ち、何を使い、何を残して戻るか。
リクは帳面を見つめたあと、小さく息を吐いた。
「これ、売るより難しいかも。」
「できるか?」
ダレスが聞く。
「やります。」
リクは迷わず答えた。
「足りなくなってからじゃ遅いので。」
ダレスは短くうなずいた。
ハクトも地図を広げた。
今まで描いてきた南門から入口までの道。
古い石標。
橋手前。
橋。
入口手前。
入口奥を区切る赤い線。
そこへ、新しい印を置いていく。
『橋手前:戦闘位置候補』
『道中央:帰路として空ける』
『橋周辺:荷物を置かない』
『入口手前:待機位置候補』
『入口前:負傷者を止めない』
『入口奥:第一段階では進入しない』
レグスが地図を覗き込む。
「戦闘位置まで地図に書くのか?」
「はい。」
「魔物がどこから来るかは決まっていないだろう。」
「決まっていません。」
「でも、どこで戦うと戻れなくなるかは書けます。」
レグスはその答えを聞いて、地図の道中央を見た。
「倒す場所じゃなく、空ける場所か。」
「はい。」
ハクトは新しい紙を重ねた。
場所を記録するためだけの地図ではない。
誰がどこに立つか。
どこへ荷物を置くか。
戦闘が起きても、どこを空けておくか。
戻ってきた人を、どこへ通すか。
人が増えれば、同じ道でも形が変わる。
歩ける道が、そのまま攻略隊の通れる道になるわけではない。
盾を持つ人がいる。
弓を引く人がいる。
負傷者を支える人がいる。
荷物を守る人がいる。
戻ってくる人がいる。
その全員を、同じ道につなげなければならない。
地図の端に、表示が浮かんだ。
『討伐依頼・第一段階の地図を作成します』
ハクトは一度、入口奥の赤い線を見た。
その先には、主がいる。
けれど、今見るべきなのは主ではない。
主のいる場所まで、誰も置いていかずにたどり着く道だった。
ハクトは紙の一番上に、新しい題を書いた。
『南門旧街道・経路確保図』
討伐依頼は、主と戦う前から始まっていた。




