おい茶坊主、アタイと婚約破棄したいだと!? 女愚連隊系女子キャサリンの生き様
豪奢な部屋の中――
一人の男が、グラスを傾けながら笑っていた。
隣には派手なドレスを着た、新たな婚約者となる女。
「今日であの陰気な眼鏡女、キャサリンとも終わりだ。ガツンと婚約破棄してやろう」
「やっと、やっとですわね、クズーオ様♡」
女はくすくすと笑いながら、扇子で口元を隠す。
「いつも下を向いてボソボソ喋るだけ……あんな女が婚約者だなんて、クズーオ様が可哀想だったわ」
「ああ。何を言っても『……はい……』ばっかりだ。
感情もなければ色気もねえ、まるで眼鏡人形だ」
「あの古臭いデザインの眼鏡……ふふっ、地味女にも程がありますわ」
「まあいいさ。今日は俺がガツンと婚約破棄を“下してやる”
泣いて縋ってきたところで、少しは楽しませてもらってから、最後に切り捨ててやるさ」
「きっと床に這いつくばって謝りますわよ?『捨てないでください』って♡」
クズーオは時計をちらりと見た。
「……それにしても遅いな」
「クズーオ様が呼び出してあげたのに遅刻だなんて、本当に鈍くさい女ですわね」
「まあいい。どうせオドオドしながら来る――」
その時だった。
――ドォン!!
扉が、内側から蹴り破られた。
木片が吹き飛び、部屋に突風が吹き込む。
「……遅くなったな、茶坊主」
低く、ドスの利いた声。
そこに立っていたのは――
キャサリンだった。
だが、その姿は明らかに異様だった。
ドレスは着ているが、上半身は大胆に開けられ、胸には晒しが巻かれている。
裾は裂け、筋肉ムキムキの脚が露出。
髪は逆立つように固められ、まるで獣の鬣のように跳ねている(リーゼント)。
その眼光は、もはや貴族令嬢のそれではない――“覇を往く強者”の目だった。
クズーオが目を見開いた。
「え……えええ?
きゃ、きゃ、キャサリン……さん?」
キャサリンはゆっくりと首を鳴らす。
ゴキッ。
そして――鋭い眼光で睨みつけた。
「おい茶坊主よ、なぜアタイを呼び出した。返答次第じゃてめえ、今日ここで死ぬぜ?」
キャサリンが一歩を踏み出すと、空気が震えた。
「ちゃ、ちゃぼうず?あ、あの……本当に、きゃ、キャサリンさん、でお間違いないでしょうか?あの、いつもの、め、眼鏡は、どうしたんでしょうか?」
キャサリンがテーブルを叩き壊す。
「おいコラァ茶坊主!さっきからてめえ何抜かしていやがる!浮気ばっかりしくさりやがって婚約者の顔も忘れたのか!?
で、その女はまた新しい女か?いい加減にしねえと、てめえがぶら下げてるその粗末な一物を叩き潰すぞコラ!」
「あと、眼鏡はやめた。目が悪かったんだけどよ、気合い入れたら見えるようになったぜ」
クズーオは思わず後ずさった。
「うひいい、ち、違う、お前はあの陰気なキャサリンではない……!」
キャサリンは大股を開いてソファに座ると、胸に巻いてある晒しをきつく締め直した。鍛え上げられた鋼鉄のような脚が露になる。
「昨日の夜、突然思い出したんだよ」
「いわゆる“前世”ってやつだな」
ギラリ、と目が光る。
「ぜ、前世、ですか?」
「アタイはよォ……生前、白百合愚連隊の頭、張ってたんだよ」
「もちろん恋愛禁止の、ガチモンの愚連隊よ」
空気が、凍りついた。
キャサリンは顎をしゃくった。
「……で、要件はなんだ茶坊主。
オメエつまらねえ事だったらわかってんだろうな?」
クズーオはビクリと肩を震わせる。
「い、いや、その……あの、わ、わたしたちの……ですね、こ、婚約を……ですね」
隣の女にチラチラ視線を送りながら、しどろもどろに続ける。
「そ、その……婚約をですね、は、はき……いや、これからも、末永く、続けられたら、う、うれしいなーなんて……」
隣の女が心底軽蔑したような目でクズーオを睨みつける。
「ああ!?婚約を破棄!?
てめえ、なるほどな。上等じゃねえか。その女と一緒になりたくて、アタイとの婚約を破棄しようって魂胆だろ?」
キャサリンは一瞬だけ沈黙し――
格好に似合わぬ笑顔で笑った。
「……小僧、いいぜ、その話乗ったぜ」
あまりの呆気なさにクズーオは目を見開く。
「え……ええ?」
「どうせアタイはな、ぶっちゃけちまうと、強い女にしか興味がねえんだ。てめえみてえな気色の悪いフニャチンなんて、微塵も興味がねえ」
キャサリンは肩を回しながら言う。
「ふ、ふにゃちん?」
「おうシャバ僧、話はわかった。
一応てめえも男らしく、その可愛いオネーチャンの前で気合い見せてみろや。ほれ、怒らないからもう一度しっかり言ってみろ」
クズーオが唾を飲み込み、意を決したように口を開いた。
「きゃ、キャサリンさん、あの、わ、わたくしとの婚約を……は、破棄、して、ください、ますか?」
その時、
――ドカーンッ!!
扉が吹き飛び覇天軍が乗り込んでくる。
「婚約破棄あるところに覇天軍あり!」
覇姫エレクシアが、そこに立っていた。
その背後には、四天王と武装した淑女の軍勢。
だが――
今回はいつもと様子が違うので、少し困惑気味の覇天軍とエレクシア。
キャサリンがゆっくりと振り向き、エレクシアの顔を見てニヤリと笑う。
「……へぇ」
視線が、エレクシアの顔を、身体を、舐めるように上下する。
「とんでもねえべっぴんなスケバンじゃねえか、めっちゃアタイの好みだぜ。あんたたちが噂の覇天軍とかいう女愚連隊か」
キャサリンが一歩踏み出す。
「そんで、そこのえらいべっぴんさんが頭だな?
いいタイミングだぜ、あんたに会ってみたかったんだ。まさかそっちから来てくれるなんてよ。この茶坊主も、ちったあ役に立つじゃねえか」
「なあ、エレクシアさんよ、アタイとタイマン張ってくれよ。もしアンタが買ったら、アタイはアンタのもんだ。そんでアタイが勝ったら……」
「アタイの女になれ」
空気が凍る。
「はあ?」
即座に反応したのは四天王、メスガッキーナ。
「なに言ってんのこの雑魚♡
ざーこ、ざーこ。ねえおばさん、頭大丈夫なの?」
メスガッキーナが前に出る
「変な格好の雑魚のくせに、 いきなりエレクシアちゃんをナンパとかキモすぎでしょ♡」
両者の間に火花が散る。
だが、エレクシアは手を軽く上げた。
「……落ち着けメスガッキーナ。こいつはなかなか面白そうな漢だ」
「えー、でも、エレクシアちゃんがそういうなら我慢する♡」
エレクシアは静かにキャサリンを見つめる。
その目は、わずかに楽しんでいるようにも見えた。
「なかなか気合いの入ったドレスと髪型だな。それがお前の生き様なのか?」
エレクシアが一歩前へ出る。
キャサリンは口の端を吊り上げた。
「へえ、この世界にはビッと気合いの入ったヤツはいねえと思っていたが、アンタ、顔だけじゃなく、センスもあるんだな。最高だぜ」
互いに、間合いを詰める。
「ヒカリモノは無しだ、ステゴロでいこうや」
キャサリンが闘気を纏う。
「勝った方が全部もらう。それで文句ねえよな?」
「構わん」
エレクシアは静かに答える。
その瞬間――
空気が爆ぜた。
キャサリンの足が床を砕き、一瞬で間合いが消える。
拳が唸りを上げる。
「喰らえ!龍牙裂衝ッ!!」
振り抜かれた拳の軌跡に、龍の幻影が走る。
轟音。
空気そのものが引き裂かれる。
「ふむ、威力はなかなかだが」
「遅い」
エレクシアは、半歩だけ身を引いた。
「……フフ、殺しはせぬ」
「――日輪掌打」
繰り出された一撃は、拳というより“光そのもの”だった。
眩い閃光が、一直線に奔る。
衝突。
龍と日輪が、正面から激突した。
――ドォォォン!!
衝撃が天へと突き抜ける。
天井が、空が――
まるで裂けたかのように震えた。
大気が波打ち空間が軋む。
だが、勝敗は一瞬だった。
煙が晴れ、そこに立っていたのは――
覇姫エレクシアのみ。
キャサリンは、床に膝をついていた。
「……は、はは……やるじゃない……」
ゆっくりと倒れ込む。
その視線が、ふと上がる。
――エレクシアの脚。
戦闘で裂けたスカートの隙間から、白磁のような白くしなやかな脚線が露わになっていた。
キャサリンの目が、見開かれる。
「……なんて……細くて、綺麗な脚してやがる……」
ガクッ――
そのまま、意識を手放した。
──────────
覇天軍本拠地
エレクシアの実家でもあるエルドレイン公爵邸。
優雅な庭園にて、覇天軍の淑女たちがティータイムを楽しんでいる。
白磁のカップ。
磨き上げられた銀のティーポット。
そして、三段に整えられたケーキスタンド。
キャサリンは椅子にふんぞり返りながら、紅茶を一気に飲み干した。
「……決めたぜ」
乱暴にカップを置き、
まっすぐにエレクシアを見る。
「アタイは、あんたに心底惚れちまった」
場の空気が一瞬止まる。
「こんなに強くて良い漢がこの世にいたなんてな。アタイは死ぬまであんたに付いて行って傍にいたい。それがアタイの生き様だ」
エレクシアは微かに目を細めた。
「いいだろう。
お前も婚約破棄された“漢”だ。覇天軍に入って漢を磨け。
まずは淑女のマナーからだ」
「ああ、マナー上等だぜ」
キャサリンはニヤリと笑い、胸の晒しを締め直した。
その横で――
「ざーこ♡ ざーこ♡」
メスガッキーナが足を組みながらニヤつく。
「ねえリーゼントオバサン、ケンカで負けて即落ちとか、ちょろすぎなんですけど〜?あなたチョロインなの?ねえ、今どんな気持ち?」
キャサリンがそちらを見る。
一瞬の沈黙。
「……メスガッキーナ先輩。
これからもご指導ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願いします」
場が一瞬、静まり――
エレクシアがくすりと笑い、紅茶を一口、口に運ぶ。
「……時が来たやもしれぬ」
「天に挑む時が、な」
「エレクシア様、まさか」
側に仕えていたリリアーナが息を飲む。
「そうだ」
「天挑覇極大武會――」
紅茶の香りが、静かに広がった。
続く。
──────────
描詠書房刊「実在した!世界滅殺拳法列伝」より
日輪掌打
古代王朝期に成立したとされる秘拳「日輪法」の奥義の一つ。
太陽信仰を基盤とするこの拳法は、“光”と“熱”を気の流れとして体内に取り込み、掌に凝縮することを特徴とする。
日輪掌打は、その凝縮した気を一撃として放出する技であり、見た目は単なる掌打に過ぎないが、実際には“高密度の陽気圧”を叩き込むものである。
本来は人体を内側から焼き尽くす殺技であるが、熟練者はその威力を自在に制御可能とされる。
エレクシアが用いたそれは、急所を外しつつも衝撃のみを通す高度な加減が施されており、単なる武技を超えた“統御された暴力”の域に達している。
なお、日輪法の継承者は歴史上きわめて少なく、その多くが王侯貴族に連なる存在であったと記録されている。
龍牙裂衝(りゅうがれっしょう)
龍牙裂衝は、特定の流派に属さない“喧嘩殺法”の極致とされる打撃技である。
その起源は明確ではないが、キャサリンの前世――白百合愚連隊総長としての実戦経験の中で自然発生的に生まれた技と考えられている。
本技の本質は、「踏み込み」「体重移動」「打撃」の三要素を一切の無駄なく同時発動させる点にある。
繰り出された拳は、単なる殴打ではなく、“空間ごと引き裂く衝撃波”として作用し、その軌跡にはしばしば龍の幻影が知覚される。
これは使用者の闘争本能が極限まで高まった結果、視覚的イメージとして外部に投影されたものと推測されるが、詳細は不明である。
また、本技には決まった型が存在せず、その都度最適化されるため再現性は極めて低い。
しかし一度“噛み合った”瞬間、その威力は体系化された武術すら凌駕することがある。
いわば――理を持たぬがゆえに、理を超える一撃である。
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