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優しさの匂い

作者: P4rn0s
掲載日:2026/02/26

「やっぱりさ、俺って優しいからさ」


カフェのテラス席で、男が笑っていた。

向かいの女の子は、うんうん、と何度も頷いている。

その頷き方が、どこか仕事みたいだった。


彼は、困っている人を放っておけない性格らしい。

後輩の相談に夜中まで乗るらしい。

元カノにも最後まで優しかったらしい。


「自分で言うのもなんだけど、優しいんだよね」


その言葉を聞いたとき、

私はコーヒーの湯気の向こうで、小さく笑ってしまった。


優しさって、自分で言うものだったっけ。

そう思いながら、私はカップを持ち上げる。

ぬるくなった液体は、少し苦い。


私の知っている優しい人は、

自分が優しいかどうかなんて考えていなかった。


中学から大学三年まで、ずっと隣にいたあの子は、

自分のことを「性格悪いよ」と笑っていた。


人の悪口も言ったし、機嫌が悪い日はちゃんと不機嫌だった。

でも、誰かが本当に沈んでいるときだけは、何も言わずに隣に座った。


慰めない。

正論も言わない。

ただ、隣にいる。


あれは優しさだったのかと、今も考える。



「貴方って優しいよね」


別の席から、声が聞こえる。


「そんなことないよ」と、女の子が首を振る。

でもその目は、ほんの少しだけ期待している。


“もう一回言ってほしい”


その沈黙が、透けて見える。


私は急に、胸の奥がざらついた。


優しさが、取引みたいに見える瞬間がある。

与えたから、返してほしい。

認めてほしい。

証明してほしい。


あの子は素直で、きっとそれが優しさだった。


私がどうしようもなく醜いことを言った日も、

誰かを傷つけた日も、

彼女は「最低だね」と言いながら、

ちゃんと隣にいてくれた。



駅前のカフェで、男はまだ笑っている。


「俺、ほんと優しいからさ」


その声が、遠くなる。


私はスマホの画面を消して、立ち上がる。


あの子が生きていたら、

たぶん、こう言う。


「優しいって、自分で決めるもんじゃないでしょ」


そして少し笑って、


「でも、あんたが優しいって言うなら、そうなんじゃない?」


って。


肯定でも否定でもない、あの温度。


本当に優しい人って、

優しさを武器にしない。


盾にも、名刺にも、免罪符にも、しない。


ただ、その人の呼吸みたいに、そこにある。


優しいねと言われ慣れている人が

「そうでしょ」と笑えるのは、

たぶん、優しさが“特別なもの”じゃないからだ。


水みたいに、

空気みたいに、

ただ、そこにある。



帰り道、夜風が冷たい。


私はふと、自分のことを考える。


私は、優しいだろうか。


答えは出ない。


でも、もしあの子がどこかで見ているなら、

きっとこう言う。


「考えてる時点で、まあ悪くないんじゃない?」


そう言って、

隣に座る。


綺麗にはにかみながら。

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