ep.4 未来を予言する毛玉と共に聖女の如く修道院で平穏を得た令嬢アンナ。元婚約者の失墜を見守り、自らの真実の幸せを掴むざまぁコメディ完結編。
みちこさん(Cwave 第一・第三日曜 21時半から22時)のお題から生まれた
《おつまみモンスター》シリーズ
**【第3章:予言成就と破滅のニュース】**
修道院の食堂は、朝の祈りの後の静寂とは程遠い、異様な熱気に包まれていた。石造りの冷ややかな壁に、シスターたちのささやき声が反響している。
「ねえ、聞いた? 今日、王都から早馬が来たわよ」
「何でも、パレードで大変なことが起きたって……」
「大変なことって、暴動? それとも魔獣の出現?」
粗末な木のテーブルに並べられた質素なパンとスープ。しかし、アンナの手元だけは別世界だった。彼女は自身で栽培したカモミールとレモングラスのハーブティーを、優雅な仕草で口に運んでいる。湯気に混じって立ち上る爽やかな香りを楽しみながら、彼女は心の中で静かにカウントダウンを始めた。
(3、2、1……そろそろかしら)
食堂の重い扉が勢いよく開かれ、若いシスターが駆け込んできた。彼女の顔色は真っ青に見えたが、よく見れば口元が奇妙に引きつっている。それは恐怖ではなく、必死に笑いをこらえている顔だった。
「き、聞いてください! 大変です! 王太子殿下が……その、パレード中に……」
息を切らしながら語られるその内容は、アンナが昨夜、不思議な毛玉の使い魔『ケダマ』が見せてくれた映像と、一寸の狂いもなく同じだった。
「パレードの最中、突如として一陣の突風が吹き荒れまして……ジェラルド殿下の、その、亜麻色の美しい髪が……いえ、カツラが、空高く舞い上がったのです!」
食堂が水を打ったように静まり返る。
「そ、そして露わになったのは、真昼の太陽を反射して眩いばかりに輝く……つるりとした頭頂部で……」
誰かが「ひっ」と短い悲鳴を上げた。だが、若いシスターの報告は止まらない。
「殿下は慌ててカツラを追いかけようと馬を走らせたのですが、あろうことか馬糞に足を取られてスリップ! そのまま勢い余って、沿道の整備用にあった肥溜めに頭からダイブされたとか!」
シスターの報告はさらに続く。アンナの元婚約者であり、彼女を無実の罪で追放した張本人、ジェラルド王太子の悲劇。そして、彼がアンナを捨てて選んだ『真実の愛』の相手、ミリア嬢の反応まで。
「肥溜めから這い上がってきた殿下を見て、隣にいたミリア様が叫ばれたそうです。『いやああ! 近寄らないで! 私、ハゲとは結婚できない!』と。しかも彼女、そのまま逃走を図ろうとした際に懐から隣国の機密書類を落とし……実はスパイだったことが発覚して、その場で衛兵に捕縛されたというオマケ付きで……」
一瞬の静寂。誰もが事態のあまりの滑稽さと急展開を処理しきれずにいた。
やがて、食堂の隅から「ふぐっ」という押し殺した音が漏れた。それが合図だった。
「ぷっ……あはははは!」
「肥溜めに!? 王太子殿下が!?」
「ハゲとは結婚できないって、あなた……!」
厳粛であるはずの修道院の食堂は、爆笑の渦に飲み込まれた。いつもは厳格な院長先生でさえ、スプーンを握ったまま肩を激しく震わせている。神聖な場所にあるまじき光景だが、誰も止める者はいなかった。
その喧騒の中、アンナだけは静かにカップをソーサーに戻した。カチャン、という小さな音が、不思議と周囲の笑い声を遮った。
「あら、予定通りね」
アンナの涼やかな声に、周囲のシスターたちが驚いたように振り返る。
「アンナ様、ご存知だったのですか?」
アンナはゆっくりと頷き、窓の外に広がる青空を見上げた。そこには、自由気ままに流れる雲があるだけだ。
「ええ……神の啓示とでも言いましょうか」
彼女は慈悲深い聖女のような微笑みを浮かべ、厳かに告げた。
「驕れる者は久しからず、ただ春の夜の夢の如し。髪もまた、夢の如く散りゆくものなのです」
その言葉は、なぜか深い説得力を持ってシスターたちの心に響いた。「髪もまた……」と誰かが復唱し、深く頷く。そこには哲学的な重みさえ感じられた。もちろん、アンナの足元で、丸い毛玉のような何かが満足げに震えていることには誰も気づいていない。
***
それから数日後。修道院の門を、王家の紋章をつけた豪華な馬車が叩いた。
現れたのは、かつてアンナを冷ややかな目で見下していた王宮の執事長だった。だが今の彼は、見る影もなく憔悴しきっていた。
応接室に通された執事長は、アンナの前に膝をつくなり、なりふり構わず懇願した。
「アンナ嬢! お願いです、戻ってきてください! 貴女への冤罪は完全に晴れました! 国王陛下も、不当な追放を深く悔いておられます!」
アンナは質素な修道服に身を包んだまま、冷めた紅茶を眺めていた。
「戻る? 私が?」
「はい! ジェラルド殿下が……今は部屋に閉じこもっておいでなのですが、『やはりアンナしかいない』と……少々錯乱気味に叫んでおられるのです。『あいつだけだ、俺の髪の話を真剣に聞いてくれていたのは! あいつなら、この頭でも愛してくれるはずだ!』と……」
あの日、断罪の場でジェラルドは言った。『君のような華のない女は、次期王妃にふさわしくない』と。そして今、彼は自分の頭部の「華」を失い、アンナに救いを求めている。なんと滑稽な話だろうか。
アンナは静かに首を横に振った。
「お断りします」
執事長は顔を上げた。
「なっ、なぜですか! 次期王妃の座ですよ! 栄華を極めることができるのです!」
「栄華、ですか」
アンナはふっと笑った。この修道院での生活は、決して悪いものではなかった。土に触れ、ハーブを育て、夜にはケダマちゃんと共に世界の理不尽を笑い飛ばす。王宮のドロドロとした足の引っ張り合いよりも、よほど人間らしい生活だ。
「私はここで、世界の真理と共に生きます」
アンナは足元に気配を感じながら言った。透明化したケダマが、彼女の足首にすり寄っている。
「それに……」
アンナは顔を上げ、執事長の目をまっすぐに見つめた。その瞳には、かつて内気だった令嬢の面影はなく、真実を見通す強い光が宿っていた。
「私、ハゲは遺伝すると知っておりますので」
執事長は言葉を失った。口をパクパクとさせたが、反論の言葉が見つからない。王家の血筋、高貴なる血統。しかし、その輝かしい未来図の中に、代々受け継がれる「輝かしい頭頂部」の系譜があることを、誰も否定できなかったからだ。
「それでは、お引き取りくださいませ。皆様に神のご加護……そして、毛根のご加護があらんことを」
アンナの優雅な会釈に見送られ、使者はすごすごと帰っていった。
閉ざされた扉の向こうで、アンナは足元のケダマを抱き上げる。
「さて、今日のお茶は何にしましょうか。育毛に効くローズマリーでも煎じて、皆様に振る舞いましょうか」
修道院の食堂からは、今日も穏やかで、そして少しだけ陽気な笑い声が聞こえてくるのだった。
**【第4章:エピローグ 〜毛玉とハーブティー〜】**
ジェラルドは廃嫡され、王位は弟王子に譲られた。彼は離宮でカツラ職人と共に余生を過ごしている。
元男爵令嬢ミリアはスパイ罪で鉱山送り。王家はアンナを不当に扱ったとして民衆からの支持を落とし、立て直しに必死だ。
修道院の庭。アンナは膝の上のモフモフした《ケダマ》を撫でながら、優雅に日向ぼっこをしている。
今やアンナは「すべてを見通す聖女」として崇められ、今日も村人の悩み相談を受けていた。
「夫が浮気しているかも……」
アンナはケダマに視線を落とす。
ケダマ:『ズゾゾ……(情報検索中……該当データ抽出)』
無機質な音が脳内に響くと、アンナは涼しい顔で告げた。
「大丈夫よ。明日、浮気相手に財布を盗まれて泣いて帰ってくるわ。一生尻に敷きなさい」
「ありがとうございます!」
感謝して去る村人を見送り、アンナは空を見上げる。
「復讐なんてしなくても、勝手に自滅する人はする。人生はこんなに軽いのね」
ケダマがシャン、と鈴のような音を立てて肯定する。
アンナはハーブティーを喉に流し込む。この平穏こそが最高の「ざまぁ」なのだから。
「……あの、姉上。そろそろ足を崩してもよろしいでしょうか」
突然、膝の上の《ケダマ》が**低い男の声**で喋った。
アンナは眉一つ動かさず、ティーカップを置く。
「あら、まだ休憩時間じゃないわよ。**陛下**」
アンナが膝の上の「それ」をどかすと、そこには土下座体勢でうずくまり、全身に高級な毛皮を被った**新国王である弟王子**の姿があった。
そう、アンナが可愛がっていた《ケダマ》とは、魔獣でも精霊でもなく、国の情報をすべて握る諜報機関のトップでもある弟王子その人だったのだ。
『ズゾゾ』という音は、彼が鼻水をすする音だったらしい。
「す、すみません! 兄上がカツラ作りにハマって廃人化したせいで、僕が王になる羽目に……! 頼れるのは、幼い頃から僕を顎で使っていたアンナ姉上だけなんですぅ!」
「泣かないで。情報収集の役目は果たして頂戴ね。……私の平穏のために」
アンナはニッコリと微笑み、新国王の頭を撫でる。
聖女の正体は、国家元首を椅子代わりにする裏の支配者だったのだ。これぞ究極の「ざまぁ」である。
(完)
ストーリー音声化踏まえ新たに書き換えました。




