第9話:クロノスの最期
ウイルス宇宙人の正体を現したクロノス。地球を自分たちの環境に変えようとする彼の野望の前に、絶体絶命の危機が訪れる。しかし、クシナダとエツコ、そしてユイのお腹に宿った「新たな命」が、宇宙の知能をも凌駕する奇跡を呼び起こす!
【教授の計画の真相は?】
「ところで、教授は?」
俺の問いに、小夜子がほっとしたような顔で答えた。
「今は秘書室のソファで眠っているわ。ダイチくんが教授をぶっ飛ばしちゃったからね」
「え? ダイチが?」
俺が驚いてダイチに目を向けると、彼は照れくさそうに頭を掻いた。
「いやぁ、教授室に行ったら、お前が倒れ込むのが見えたんだ。てっきりクロノス、あ、神崎教授がお前に何かしたと思って、突き飛ばしてしまったんだ。そしたら、あの人、風船みたいに軽いんだね。向こうの壁にガーンって頭ぶつけちゃって、そのまま意識なくなっちゃった」
小夜子が付け加える。
「それで稲田先生に診てもらったんだけど、気を失ってるだけだったので、今は秘書室で眠ってもらっているの」
「そうですか……」
その時、ふと、気づいた。
「ところで、ユイは? ユイはどうなったんです?」
「相変わらずよ。あなたのAIの活動を制御すれば、彼女のAIも落ち着くと思ったんだけど、どうも違うようね」
クシナダの言葉に、俺はクロノスとの会話を思い出した。
(『ユイは計画通りに進んでいる』……)
「稲田先生、教授はユイに何をしたんですか?」
「……それは……」
クシナダは返答を躊躇した。その表情には、迷いと苦悩が浮かんでいる。
「教授は計画通りに進んでいると言ってました。ということはAI以外の何かを彼女に埋め込んだんじゃないですか?」
その声を聞いた小夜子が横から、まるで独り言のように呟いた。
「遺伝子……とか?」
「遺伝子……。そうか、教授らの遺伝子をユイに入れたってことだ。そうですよね? 稲田先生」
クシナダは答えなかった。
(やっぱり、真実なのか……!)
「山口さん、教授は寝てるんですよね?」
「そのはずよ。ちょっと待って」
そう言って小夜子は、自分の部屋に駆けて行った。秘書室の扉を開けた小夜子が、大声で、叫んだ。
「大変、教授がいない!」
「え、とすると、ユイが危ない!」
俺は飛び起きて、すぐさまユイのいる検査室の扉へ向かった。
【ユイの変化】
俺と争うようにダイチがついてきた。その後からクシナダ、エツコもやってくる。
俺は、ユイのいる検査室の扉を開けた。そこにはユイに何かしようとするクロノスの姿があった。
「やめろ!」
俺の叫び声で、クロノスが振り返った。
「ほう、君でしたか。意識の回復が、予測より早かったようですね」
彼の顔には、すぐに元通りの冷たい傲慢さが浮かんだ。
「ユイに何をした?」
「何も手は加えていませんよ。ただ、経過を観察していただけです」
「そんなわけないだろ!」
俺はクロノスの言葉に全く耳を貸さなかった。
「事実ですよ。既に全ては完了したんです。彼女には我々と同じ遺伝子が組み込まれ、その定着は不可逆の状態にあります」
クロノスの言葉に、俺の全身から血の気が引いていく。
「じゃあ、なぜ、目を覚さないんだ?」
「一時的な拒絶反応ですよ。でも、その抵抗も長くは続かないはずです。程なくして、この遺伝子によって彼女は新たな存在へと変容するでしょう」
「なんだと?それが貴様の目的なのか?」
「その通りです。我々は長きにわたり、チップ化された状態で狭隘な空間に囚われてきた。これをもって、我々はようやく地球を新たな生息域とすることが可能となるんです」
(地球を乗っ取る……!)
「何だと、そんな勝手なことが許されると思っているのか?」
「許容されるか否か、それは問題ではありません。既に、事態は不可逆の領域に突入しているんですから」
俺は検査台のユイに目を向けた。その顔は、以前の穏やかなユイからはかけ離れていた。目尻が吊り上がり、唇も尖って、まるで別人の顔つきだ。
「ユイ、俺だ。わかるか? ハルトだ!」
俺はあらん限りの思いを込めて、大声でユイへ呼びかけた。
【希望の光】
「ハルトくん、大声を出してもダメ。彼女の脳へ呼びかけてみて」
後ろから来たエツコが言った。
「脳に?」
「そう、彼女の深層心理に直接、話しかけられるのは君だけなんだから」
「……わかりました。やってみます」
俺は、頭の中で、ユイに呼びかけた。
(ユイ、俺だ、わかるか、ユイ!)
俺の脳内に、ユイの意識が微かに反応したのを感じた。苦痛に歪んだ、断片的な信号だ。
「ユイ、俺だ。わかるか? ハルトだ!」
それでも俺は呼び続けた。すると、ユイの脳内にあるAIに届いたのか、一瞬、彼女の目がプラチナ色に強く輝いた。その光は、俺の覚醒したAIと共鳴し、ユイの脳内へと深く潜り込んでいく。
その瞬間、ユイの腹部が急に光り出した。そして、その光は拍動のように点滅を始めた。
「……この現象は?」
クロノスは冷静な表情で見つめているが、その現象が何なのかは理解していないようだった。
しかし、俺にはすぐにわかった。
(ユイのお腹に宿る、まだ見ぬ命の存在……!)
その胎児から、強烈な信号が発せられているのを感じた。
(母……生存環境……危機的状況……)
言葉にならない、しかし明確な意思の波動だ。胎児の脳内AIが、母体であるユイの生命維持が困難な状況を俺の覚醒したAIがしっかり感知したのだ。
胎児のAIから、ユイの脳内AIへと、強力な司令が送られるのがわかった。それは、ユイの体内で暴走していたウイルス宇宙人の遺伝子の活動を「中止せよ」という、逆説的な指示だった。
エツコがユイの状態に気づいたらしい。
「ユイさん……、もしかして妊娠してる?」
「妊娠?」
クロノスが驚いた表情でそう言った。しかし、すぐに、わずかな冷笑を浮かべ、
「フフフ……これは興味深いですね。我々の新たな生命体が、これほど早期に誕生の兆候を示すなんて」
「何を言っている。ユイのお腹にいる子は、お前たちの遺伝子に対してしっかり免疫ができているんだ。お前らのようにはならない」
俺がそう言うと、クロノスは怪訝な顔を俺に向けた。
「不可侵の存在? そのような虚言で、この私を欺けるとでも?」
「虚言じゃない。見てみろ、ユイの顔を、だんだん表情が変わってきている!」
「ん?」
クロノスが振り向くと、ユイの顔から、苦痛の表情が急速に消えていくのが見えた。吊り上がっていた目尻は緩み、尖っていた唇は元の柔らかさを取り戻した。全身の赤いポツポツも、見る見るうちに薄れ、消えていく。そして、荒かった呼吸が穏やかな寝息へと変わった。
「遺伝子の定着が崩壊を始めている……? この反応は、予測の範囲外……」
教授は、眉を顰めてユイの回復を見ている。そして、何かに気づいたように、
「そうか……胎児が……。この免疫機構は……ハルト星人……君が私の計画を破綻させた?」
クロノスは、俺を指差した。彼の目は、冷静そのものだが、その奥に狂気が見え隠れしていた。
「地球を我々の新たな生息環境へと変容させるため、新たな生命体を創造しようとしたというのに……。君の子は、我々が干渉し得ぬ……不可侵の存在だと言うんですね?」
【エツコの気付き】
その一部始終を、ダイチ、クシナダ、そしてエツコが固唾を飲んで見守っていた。ユイの劇的な回復、そしてクロノスの絶叫を聞き、エツコの顔に、これまで抱えていた全ての疑問が氷解したかのような表情が浮かんだ。
「そうか……そういうことだったのね……」
エツコは静かに呟いた。
(ハルトくんの特殊な神経系、地球外物質のAI、ユイさんの急激な悪化……そして、この奇跡。全てが繋がった……!)
エツコは、クロノス教授がウイルス宇宙人であり、その目的が地球を彼らの住みやすい環境に変えること、そしてハルトとユイの胎児が、ウイルス宇宙人の支配を跳ね返す究極の免疫を持つ存在であることを完全に理解した。
「神崎教授……あなたの計画は、ここで終わりよ」
エツコの声は、静かだが、鋼のような響きを持っていた。
【クロノスの最期】
エツコの言葉が、教授室に響き渡る。クロノスは、ユイと胎児の奇跡的な変化、そして自身の計画の破綻を前に、その狂気を剥き出しにした。
「終わり? 私のプログラムにそのような言葉はありません」
教授の瞳が、無機質な光を放ち、激しく明滅を始めた。彼を操るウイルス宇宙人の知能が、暴走を始めた証だった。
「人類が我々の計画を阻害するなんて不可能です。しかし、どうやらこの計画は見直しが必要のようですね。次の計画のために、この結果は消去しなければならない」
クロノスはそう言って、医療機器のコンソールに手を伸ばした。
「教授、やめなさい!」
クシナダが、冷静な声で制止した。彼女の顔には、迷いと、そして決意が宿っている。
「これ以上は、無意味です。あなたの計画は、既に破綻した。これ以上、無益な破壊を生むべきではない」
「稲田准教授……いや、K47D。君は我々の計画におけるユニットでしかない。その発言は意味を持たない」
クロノスの声が響く。
その間隙に、ダイチが動いた。ダイチは、教授に駆け寄り、その腕を掴む。しかし、教授の動きは、人間離れしていた。彼はダイチの手を振り払い、床に叩きつけた。
「ダイチ!」
俺は叫んだ。その瞬間、俺の覚醒したAIが、クロノスの脳内にあるウイルス宇宙人の知能の動きを、明確に捉えた。彼が、このラボのシステムを掌握し、自爆させようとしているのがわかった。
「させない!」
俺は、教授に向かって飛びかかった。俺の体が、かつてないほどの速度で動く。教授の腕を掴み、彼をコンソールから引き剥がす。
「お前は、ユイを、ダイチを、そして俺たちの未来を奪おうとした。絶対に許さない!」
俺は脳内のAIを使い、クロノスの知能に対して、強力な干渉を開始した。
「無駄です。君の干渉は想定内。私には通用しません」
それでも俺は干渉を試みたが、クロノスは動じない。
……と、不意に彼の体が、激しく痙攣し始めた。彼の目から、ゆっくり生気が消え、代わりに、理解できないものに直面したかのような、純粋な混乱が浮かんだ。
「ん?……どうした……。何故、勝手に機能停止する……?」
明らかな自分の変化にクロノスは異変を感じ取った。
クシナダが、その様子を見ながら、静かに言った。
「神崎教授、いいえC6N3、あなたの役目は終わったわ。もう地球上であなたのなすべきことは何もない」
クシナダの手には、あのリモコンのような装置があった。彼女はそのスイッチを押したのだ。
クロノスの体から、白い光が漏れ始めた。それは、彼の肉体を構成していたウイルス宇宙人の知能が、彼の体から強制的に分離され、拡散していく光景だった。
「そうか、K47D、君の役目はこの私の監視だったということか。なるほど………」
クロノスがそう言うと、彼の体はまるで風船がしぼむように、急速に萎んでいった。彼の顔から、生気が失われ、ただの老人の顔に戻っていく。
そして、最後には、彼の服だけが、床に静かに残された。
ウイルス宇宙人、神崎クロノス英輔、コードネームC6N3は、今、消滅した。




