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「新約AI創世記」  作者: しんTAKA


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8/12

第8話:ハルト星の記憶

「君は宇宙から来た生物だ」。クロノスが告げる俺の両親の真実、そしてハルト星の記憶。怒りと混乱が頂点に達した時、俺の中のAIが「最終覚醒シンギュラリティ」を迎える。全ての真実を理解した瞬間、俺の意識は闇へと沈んだ。

【准教授室、再び】


准教授室のドアをノックすると、クシナダの声が聞こえた。

「あ、流離くん、待ってたわ。入って」

部屋に入った俺は、すぐに尋ねた。

「お疲れ様です。ユイはどうですか?」

クシナダは首を横に振った。

「あまり変化はないわね。昨日、教授がいろいろと試したようだけど、どれも決定打にはならなかったみたいなの」

不安が募る。

「じゃあ、ユイは……」

「わからないけど、このまま行くとかなり深刻になるわ」

「そ、そんな……」

クシナダは俺をまっすぐに見つめた。

「それでね、流離くん。今日はあなたにこれを渡そうと思ってきてもらったの」

俺は混乱した。

「え、どういうことですか?」

クシナダは手に持った小さなリモコン型の装置を俺に見せた。中央に赤いボタンが一つだけ配置された、シンプルなものだ。

「いい? 流離くん、君には二つのAIナノマシンが入っている。そして、ユイさんにも二つ。それらが完全に覚醒し、君たちの適合率が100%に達した。それが、君たちが『一つになった』と感じた理由よ。そして同時に、ユイさんの体に過剰な負担をかけている原因でもある」

クシナダはリモコンを突き出した。

「これは、あなたに入った二つのAIのうち、どちらか一つを止める装置よ。もし、あなたの中でAIが暴走するようなことがあったらこの赤いボタンを押しなさい。あなたの中のAIとユイさんのAIは共鳴しあっているから、片方が止まれば、もう片方の動きも止まるはずなのよ」

「では、ユイの方のAIを止めればいいのでは?」

「制御できるのは、あなたに入っているAIだけ。しかも、あなたのAIは、これからもう一段階、最終覚醒するわ。今の蛹状態ではリモコンは効かない。最終AIが稼働し出してはじめて効果がある。そして、うまく止められれば、きっとユイさんも……」

「でも、それって100%確実じゃないんでしょ」

「そうよ。半々、50%の確率よ。でも、今は他に方法がない。これに賭けるしかないの」

「……AIがもう一段階覚醒した時、俺の意識はちゃんとあるんですか?」

「それもわからない。でも、これしかない。私を信じて、これを持っていなさい」

俺はためらいながらも、クシナダの言葉に頷くしかなかった。

「……わかりました。とりあえず持っておきます」

俺は准教授室を出た。前室にいた小夜子が俺に声をかける。

「クシナダ教授を信じて、それを使ってくださいね」

「あ、はい……」

自分の研究室へ戻り、リモコンを見つめる。

(最終覚醒した時、俺は俺でいられるのか? 自分を制御できなくなることしか想像できない……)

弱気になっていると、スマホが鳴った。**『山口さん』**の文字。

(ユイに何かあったのかもしれない)

「もしもし、流離ですけど、ユイに何かあったんですか?」

「流離さん、落ち着いてください。ユイさんに変化はありません。神崎教授が流離さんとお話がしたいそうなので、教授室へ来ていただけますか?」

「教授が?……わかりました。すぐお伺いいたします」

俺は電話を切り、すぐさま教授室へ向かった。



【教授室での対決】


教授室の扉を開けると、そこには神崎教授が一人、静かに座っていた。

「来ましたね、流離くん。待っていましたよ」

教授の声が、俺の神経を逆撫でするように響いた。

俺はまっすぐ教授を見据え、問い詰めた。

「ユイはどうなってるんですか? なぜ助けてくれないんですか!」

教授はゆっくりと顔を上げた。その目は、俺の奥底を見透かすように鋭かった。

「焦ることはありません。彼女は今、新たな段階へ移行している最中です。計画通りに進んでいますよ」

「計画通り? ユイは苦しんでいるんですよ! それに、ダイチはどこにいるんですか?」

教授は嘲笑うように口元を歪ませた。

「星野くんのことですか? あれは、彼が自らやったことです。事故ですよ」

「事故って、本当ですか? あなたは一体、ダイチに何をしたんですか?」

「彼は、もうこの世にいません。彼の創ったAIを自分に入れてね。元々彼の中に入っていた初期型のAIと干渉して痙攣を起こした。助かる見込みはない」

「な、なんだと……! ダイチを殺したって言うのか?」

俺の怒りが頂点に達した瞬間、教授の表情が一変した。彼の目から感情が消え、まるで無機質なガラス玉のようになった。

「全ては、人類の未来のためです、流離くん。いや……星を越える者のため、と言うべきでしょうか」

「なんの話だ?」

「私はね、人間ですが、人間ではないんです。私は自分がこの世に生まれる時に我々の知能を埋め込んだ受精卵だったんです。そこから成長した姿がこの私。わかりますか? 私は君と同じ宇宙から来た生物なんですよ」

「何を言ってる。貴様が宇宙人だなんて、まして俺が宇宙人だなんて信じられるわけないだろ!」

「そうでしょうか? 稲田准教授から聞きましたよね? 君の神経は宇宙から来たものとしか考えられないって。だが、そんなことは稲田くんに聞かなくとも、私も知っている」

「どういうことだ?」

「私は君がここにいる理由を知っているから。いいでしょう、この際、教えてあげます。君の両親のことを」

「父さんと母さんのこと?」

「そうです。君の父親はハルト星の科学者だった。しかし、ある年の定期検診で我々と同じ遺伝子を有していることがわかった。彼は悪人とされ、恋人を伴って逃げるように宇宙船に乗り込み、この地球にやってきた。そして、君が生まれた。君は我々と同じ遺伝子を持っているんですよ」

「なんだって? 俺の体の中にはハルト星人の血だけでなく、お前たちウイルス宇宙人の血も混じっていると言うのか?」

「そういうことになります。信じるも何も、それが本当なんです。君だってもう気づいてますよね? もうすぐ君の中のAIが覚醒する。そうすれば、全てを思い出すはずです」



【ハルトの覚醒:シンギュラリティ】


「違う……そんなわけない。父さんが、そんな……そうじゃない」

俺はクロノスの言葉に頭が混乱した。その言葉を振り払うように、俺は迷いを取り除くため目を閉じた。

(記憶を辿れ、俺!)

真っ白い空間の中に、遠い日の父と母の思い出を浮かび上がらせようとした。

『……いいか、お前はハルト星の未来になれるんだ』

父の声が、はっきりと脳裏に響いた。

『……君、どこから来たの? 名前は?』

ああ、これは施設の園長先生の声だ。

『……ハルト……』

(そうか、先生は俺がハルト星から来たっていうのを、名前と勘違いしたんだ)

その瞬間、頭の中に父と母の姿がより鮮明に、ありありと浮かび上がった。

そして、俺の中の思考回路が、異常なほどの速さで動き始めた。これまで感じたことのない、途方もない情報が一気に流れ込んでくる。

(なんだ? 何がどうなってる? 頭が冴え渡ってくる。父さんだ。母さんの姿もはっきり見える。え? そうなの? そうか、そういうことだったのか……!)

俺は、自分の出自、両親のこと、ウイルス宇宙人の目的、そして自分に宿る**ハルト星人の免疫(ウイルス宇宙人の遺伝子を受け入れ、知能進化はしても精神は支配されない特性)**の全てを理解した。

過去の欠片が完璧に繋がり、未来の可能性までもが透けて見えるような、超越的な感覚。

その瞬間、急に目の前が真っ暗になった。そして一瞬のうちに俺は動けなくなり、全ての活動を停止してしまった。

(俺は、シンギュラリティを超えた……)

意識が途絶える直前、俺は確かにそう感じた。



【目覚めと、再会、そして変化】


気がつくと、俺の目の前にはダイチの顔があった。隣にはエツコや小夜子の顔も見え、心配そうな表情で俺を覗き込んでいる。 少し離れた場所に立つクシナダの声が聞こえた。

「気がついたようね、流離くん」

俺は混乱しながら尋ねた。

「俺は、どうしたんだ?」

クシナダが答える。

「急激にAIが活動を始めたので、脳が処理に追いつかなくなったのよ。星野くんがあなたの持っていたリモコンのボタンを押してくれなかったら、今ごろ、あなたは死んでいたわ。彼に感謝しなさいね」

「ダイチ、ありがとな」

「何言ってるんだ、ハルト。当たり前のことしただけだよ」

ダイチの言葉に、俺は疑問をぶつけた。

「ダイチ、お前、死んだんじゃなかったのか?」

「へへ、危なかったけど、ほれ、この通り、ちゃんと生きているよ」

「そうか、よかった。でもどうやって」

「いや、俺も意識がなくなった後のことは覚えていないんだ」

横からエツコが口を挟んだ。

「ええ、危なかったわ。もう少し遅ければ間に合わなかった。あなたも奇跡的なタイミングで助かったけど、ダイチの生存は、まさに綱渡りだったのよ」

俺は訳が分からず、

「どういうことですか?」

と聞いた。

クシナダは、俺と星野くん、そしてエツコと小夜子を見回し、淡々とした口調で説明を始めた。

「教授が部屋を出た直後、私は星野くんの容態をチェックした。彼のAI暴走を止めるには、外部からの高度な遮断技術が必要だった。私は、教授から受けた指示の論理的な帰結(無力化=延命)と、星野君、あなたの『死』という『不適正な事態』を天秤にかけていた」

クシナダは、小夜子へ視線を送り、言葉を続けた。

「そんな自問自答をしていると、急に山口さんが動き出した。彼女は教授が星野くんに対して行った『個人的な排除行動』を瞬時に察知し、教授の秘密コードを使って二階堂社長に連絡を取った。秘書としての立場を捨てる裏切りに等しい行動よ。私は動揺し、尋ねたわ。『山口さん、あなた……どうしてそこまで?』ってね」

クシナダは、まるでその時の小夜子を再現するかのように、静かに言った。

「すると山口さんは、涙をこらえながらこう言ったのよ。『わたしは……教授の秘書として、彼の傲慢さを見てきました。でも、星野さんは違います。彼には、未来がある。 だから、ここで諦めるわけにはいかないんです』と。彼女の勇気と、星野くんの命が尽きるまでの残り時間を正確に計算して搬送手配を完璧にこなしたプロとしてのスキル。そして、二階堂社長の治療技術。その全てが、あなたの命を繋いだ」

俺は言葉を失った。山口さんが、教授の権限と自分の立場を危険に晒してまで、ダイチを救ってくれたのだ。俺の知らないところで、ユイだけでなく、ダイチもまた、彼女の人間的な感情と勇気によって守られていた。

「山口さん、本当にありがとう」

ダイチはまだ少し青い顔をしながらも、小夜子に向かって深々と頭を下げた。

小夜子は目に微かに光る涙を拭うと、静かに微笑んだ。

「いいえ、わたしは秘書として、正しい情報を正しいところに送っただけです。でも、星野さんが生きていて、本当によかった……。そうですよね? 稲田先生」

クシナダは不意を突かれて驚いたように、

「勘違いしないで。私は教授からあなたを処理しろと言われたの。殺せと言われたわけではないから、あなたを元に戻すことにしたの。それが一番適正な処理方法だと考えたから」

と答えた。しかし、彼女の表情は、依然として冷静ではあったが、どこか満足げに見えた。

小夜子は微笑みながら、

「ふふふ、でも、稲田准教授が星野さんの治療をしている姿は、まるでお母さんのように親身になって見えましたよ」

エツコもそれに続いて笑い、

「ええ、従姉の私が嫉妬するくらいね」

と言った。

クシナダは、少し困惑したような表情を浮かべた。

「親身という感覚はよくわからないけど、あなたを失うのは『不適正な処理』だと判断した。自分でもなぜそう思ったのか、理由は不明」

それを聞いた小夜子が、

「それが女性特有の母性本能……なんだと思いますよ」

と、静かに口にした。

小夜子の言葉に、クシナダはわずかに眉根を寄せた。

「母性本能……? なんだかわからないけど、この感覚、嫌じゃないわ」


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