第7話:友情の終焉、ダイチの暴走
帰国したクロノス教授に対し、自ら開発したAIデバイスで対抗しようとするダイチ。しかし、その無謀な試みが悲劇を呼ぶ。初期型AIとの干渉によりダイチは倒れ、そのまま行方不明に。俺は孤独の中、教授室の奥から聞こえる密談を耳にする。
【ダイチの試みと新たな危機】
数日後、神崎教授が研究所に帰国した。
俺はすぐにでもユイの元へ行ってくれることを願ったが、教授はまずダイチを呼び出した。
俺はユイの診察室の扉の隙間から、そのやり取りを盗み聞いていた。
「星野くん、君から話があると聞きましたが?」
教授の声はいつもと変わらず穏やかだが、その存在感は有無を言わせぬものがあった。
「はい、教授! ハルトからもらったAI超小型チップを使って、更新不要の究極AIナノマシンの試作品を作りました。このチップが完成すれば、教授が目指す研究に大きく貢献できると……」
ダイチは意気揚々と、彼が開発したという小さなデバイスを教授に差し出した。
教授はそのデバイスを手に取り、静かに目を閉じた。数秒後、教授は目を開けると、ダイチの目を見据えた。
「素晴らしい。私の期待をはるかに超える出来です。星野くん、君はやはりとても優秀ですね」
「見ただけでわかるんですか?」
「わかりますよ。ほら」
教授の手には小さな箱のようなものがあった。
「これはAIの性能と安全性を検査する世界最先端の小型検査装置です。しかも、この検査の結果は私の脳に直接、結果を伝えてくれるんです」
「え、それって……」
「ああ、君には話していませんでしたね。私の頭にはAIが埋め込まれているんです。ただ私の体は特別でね。小野寺くんのような一般の人たちにこのAIは合わないんです」
(やっぱり、教授も……)
教授は続けた。
「だからこそ、彼女が人類最初の完全なるAI人間になることを望んだんですが、少し状況は厳しそうですね。まあ、後でしっかり対応するつもりですが」
(ユイを実験材料にしたのは、やはり教授の野望のためか……!)
ダイチは、教授の言葉に驚きはしなかった。彼の中にあるAIが、クロノスは通常の人間とは違うことを示唆していたからだ。新しいAIデバイスを作ったことに、ダイチは興奮していた。
しかし、その直後、教授は静かに言った。
「しかし、このAIは過去にAIを入れたことがある人間には入れられませんね。きっと干渉してしまう」
「え?そんなはずはありません。過去にAIを入れていても、このAIによって機能を停止させることができる設計になっています」
「そうですか?私の頭に送られてきたデータでは干渉というキーワードが出ていますが?まあ、過去のAIを持っている人間なんていないでしょうから、問題はないとは思いますが」
教授の言葉を聞いたダイチは、急に自分の腕にAIデバイスを押し当てた。
「星野くん!何するんですか!?」
教授が叫ぶ間もなく、デバイスはダイチの皮膚に吸い込まれるように消えていった。
「教授、僕は過去にAIを入れているんです」
「君がAIを?」
「はい、高校一年の夏に、従姉のAI関連会社で入れでもらったんです。僕に干渉が起きなければ問題ないってことでしょ? だから自分に今、入れたんです」
「なんて無謀な……」
「ほら、教授、何ともないでしょ。ちゃんと、機能……うっ!」
直後、ダイチの体が激しく痙攣し始めた。表情は苦痛に歪み、全身から異常なほどの発汗が見られた。以前、ユイに見られたような赤い斑点が、ダイチの全身に急速に広がっていく。
「いかん、彼の機能が停止する」
教授は小夜子にクシナダを至急、呼ぶように命じた。
「これは……! 教授、どうやらかなり初期型のAIが彼の脳に入っているようですね」
駆けつけたクシナダの報告に、教授は頷いた。
「やはり、そうですか。彼はAI脳を持っているんですね? 民間にそんな技術があるはずがないと思ったのですが、この反応は間違いないですね」
「ええ、彼も言っていました。にわかには信じられませんでしたが、そうですか……。確かに、彼が人間にしては優秀すぎるとは感じていたんですがね」
教授はダイチを見下ろした。
「しかし、こうなってしまうと、どうしようもないですね。稲田くん、後の処理をお任せして良いですか? さっき、学長から連絡があって私はここまま、学長と東京の研究センターへ外出しなければならなくなったんです」
(ユイの時といい、自分の研究絡みのトラブルは、すぐに他人に任せるのか……!)
「承知いたしました。星野くんのことは私の方でなんとかしておきます」
「よろしくお願いしますね」
教授はそう言うと、部屋から出ていった。
【行方不明のダイチ】
ダイチが教授のところから戻ってくることはなかった。
俺は帰ってこないダイチが心配になり、小夜子のところに行って確かめた。
「星野くんは教授の命令でしばらく他の研究室で研究されることなりました」
「そうですか……。ダイチ、そんなこと言ってなかったけどな」
「すみません、急を要する開発で、しかも極秘なプロジェクトだということは教授から聞いたのですが、どこで何をしているかは私も知らないのです」
俺は、少し違和感を覚えたが、ユイのことが最優先だ。
「……しかし、一人きりになってしまったな」
俺の胸に、中学以前の不安な気持ちが蘇ってくるのがわかった。
【クシナダとクロノスの会話】
2日後、東京から帰ってきた教授にクシナダが話をしていた。
俺はユイの容態が気になり、准教授室の前室で待機していた。
(ユイは大丈夫か? 教授はちゃんと治療してくれるのか?)
不意に、奥の教授室から、二人の会話が聞こえてきた。
「先に報告ですが、星野くんのことはうまく処理できました。当面は他の研究で他施設へ移動ということになっています」
「わかりました。ご苦労でしたね。それで、話というのは?」
「星野くんに入っていた初期AIを解析したところ、教授自身にAIが入っているとの発言を聞いたと記録されていましたが、そうなのですか?」
「ああ、言いましたよ」
「どうして、そのような嘘を?」
「嘘ではありません。私の能力はそこらのAIと同等以上です。稲田准教授だってそうですよね?ですが、そのまま、私の正体のを彼に言うことはできません。なので彼にわかりやすい言葉で話してあげただけですよ」
(クシナダも……俺と同じ、地球人ではないのか? いや、それとも俺のような特別なAIを埋め込まれているのか?)
「なるほど。では、なぜ、彼の開発したAIデバイスを彼に直接、入れようとなさったのです?」
「私が入れたのではありません。データにもそう記録があったでしょう?」
「ええ、しかし、状況的には教授の言葉によって彼が誘導されたようにも見えましたので」
「誘導?そんなことをして、私に何のメリットがあるというのです?必要ないじゃないですか」
「確かに今は何も問題ありませんが、彼の作ったAIデバイスは量産にすごく適したものでした。将来的には教授の使われているAIの脅威にもなる可能性があります」
「ええ、ですが、それは私にとっても喜ばしいこと。葬り去る必要のないことです」
「そうでしょうか? 教授は、あの子の才能が怖かったんじゃないですか?」
「怖い? 私にそんな感情があるわけないでしょう? 稲田准教授、君にだってそんな感情はあり得ないのだから」
「そうですね。失礼しました。しかし……あのAIデバイスが過去のAI機能を更新できる能力を有していたはずです。ですが、彼に入ったAIのデータでは、そのおプログラムに制御がかかっていました」
「彼の設計ミスでしょう。私が確認した時、そのプログラムが動かないことはわかっていました。だから、これは使えないと彼に言ったんです」
「それも記録にあります。ただ……彼の作ったAIデバイスを教授が手にした後、データのバグが発生した形跡があります」
「そうですね。私の脳からの影響でバグが生じた可能性はあります。0ではありません。ですが、これは不可抗力です。今となってはどうしようもない。そのことを確認されたかったんですか?」
「もう一つ、小野寺結衣ですが……」
「わかってますよ。今、彼女を失うわけにはいきません。これは、私にとっても、あなたにとっても死活問題です。やれることは全力でやるつもりです」
「あまり、時間がありません。彼女の状態は一進一退を続けています」
「ええ、ここからは私が直接、治療します。元々、私が創ったAIなので、制御は可能ですよ」
「ではお願いします。ですが、少し気になることが」
「なんでしょうか?」
「どうもAIによる不具合だけではないように感じる部分があるのです」
「何を馬鹿なことを……。まさか、例の遺伝子の副作用?」
「ええ、その可能性は充分、あります」
(遺伝子の副作用……? ユイにAIだけじゃない、何か別のものが入っているのか?)
「そうですか。そうだとすると、厄介だな。遺伝子の除去はできるが、本来、この遺伝子の定着こそが真の目的だからな」
「そうですね。しかし、彼女が死んでしまっては元も子もありません。ここは一回、遺伝子を除去して、再度、投入を試みてはどうでしょうか?」
「しかしだな。それは、また違うリスクを伴う。まあ、今、できる治療から始めてみる」
「わかりました。では、准教授室へおいでください」
【治療の開始】
クロノスとクシナダが准教授室に入ると、小夜子が検査マシンのついたベッドに眠るユイを見守っていた。
「山口くん、ご苦労様。どうですか? 小野寺くんの様子は?」
「この通り、ずっと眠られたままです」
「そうですか。見た感じではAI知能に自らの脳が耐えられなくなったように見えますが……」
教授はマシンを操作して、ユイの最新状態をチェックした。
「やはり、脳への負荷が大きすぎる。少し、AIに制御をかけてみましょう」
教授は検査マシンからユイの脳にあるAIへ制御信号を送った。しかし、ユイの状態にさほど変化は現れなかった。
「おかしいですね。データ的にはこの方法で改善するはずなんだが」
「私も同じ方法を試してみたのですが、一時的に回復しても、すぐに戻ってしまうのです。しかもだんだんと効果が短くなってきています」
「すると、やはり遺伝子か……」
「そうとしか考えられません」
(遺伝子……やっぱり、AIチップの他にも何か……!)
「やはり、一旦、遺伝子を解除するべきではないでしょうか?」
クシナダがクロノスに迫った。
「う〜ん、しかし、これは、もう全世界的に発表してしまったしな」
「え、それは知りませんでした。いつですか?」
「今回の海外出張でいろんな関係者と会って、順調だと伝えてきました」
「でも、この状態では……」
「うん、そうですね。仕方ない、ここは一旦、君の言う通りにしましょう。少し時間がかかるから、稲田先生、あちらで休んでいてください」
「いいえ、私も一緒に対応させていただきます」
「いや、これは私、一人でやることなので結構です」
クロノスの目はクシナダを圧倒していた。クシナダは仕方なく言った。
「わかりました。では、終わりましたら、教えてください。状態を確認させていただきますので」
クシナダが小夜子と一緒に部屋から出て行った。その時。
クロノスの低く平坦な声がかすかに聞こえた。
「さて、では始めるか……」




