第6話:地球外物質の正体
親友ダイチの紹介で、AI開発の権威・エツコのラボを訪ねた俺たち。彼女の分析によれば、俺たちの体内にあるAIは「地球外の物質」で構成されているという。疑惑の矛先は、開発者である神崎クロノス教授へと向けられていく。
【ダイチとの会話】
クシナダはユイの容態を安定させるための処置を続けるため、俺に言った。
「ユイさんのことは任せて。今は、彼女の回復に全力を尽くすわ」
俺は重い足取りで廊下に出た。ユイのことが心配でたまらない。そして、クシナダから告げられた俺の体の秘密。頭の中が混乱していた。
その時、廊下の向こうからダイチが走ってきた。
「ハルト! ユイの具合はどうなんだ!? クロノスからは連絡があったのか?」
「クシナダに応急処置はしてもらった。とりあえず、命に別状はないらしい。でも……」
俺は言葉を濁す。
「でも、なんだよ? まだ何かあるのか?」
ダイチは俺のただならぬ様子に気づき、真剣な表情で俺を見つめた。
「ユイの症状を根本的に治すには、教授の力が必要だって言われたんだ。でも、教授は今、海外出張中だし……このままだと、いつ意識が戻るかも分からない」
ダイチは腕を組み、考え込むように天井を見上げた。
「……そうだな。俺の従姉の姉さんが、AIの研究開発をやってるんだ。エツコって言って、AIヒューマンテクノロジー社のCEOもやってる。エツコ姉なら、ユイの特殊な状況について、クロノスやクシナダとは違う視点から何かヒントをくれるかもしれない」
「エツコって、前にダイチが言ってた人だよな。本当か!? すぐに会わせてくれ!」
「ああ、連絡してみる。エツコ姉は、AIの倫理とか哲学も専門にしててな。人間へのAIの組み込みにはかなり慎重なタイプなんだ。今回のユイのことなら、きっと話を聞いてくれるはずだ」
ダイチはそう言いながら、すぐにスマホを取り出し、どこかに連絡を取り始めた。
(妙に素早く、淀みがない操作だ……)
俺は、その手元に一瞬、微かな違和感を覚えたが、すぐにユイのことで頭がいっぱいになり、深く考えることはできなかった。
【エツコとの対面】
ダイチはエツコとの電話を終えると、俺に向き直った。
「運がいいな、ハルト。エツコ姉はちょうど今、会社のラボにいるって。すぐに来てくれれば、時間を作ってくれるってさ」
ユイを救うための、新たな可能性が見えた気がした。
「ありがとう、ダイチ!」
俺たちはすぐに大学を出て、タクシーでAIヒューマンテクノロジー社へ向かった。
エントランスでダイチが身分を明かすと、すぐに彼の従姉、エツコが姿を現した。すらりとした長身に知的なショートヘア。彼女の目は鋭く、どこか全てを見透かすような印象があった。
「あなたが、ハルトくんね。ダイチから話は聞いたわ。ユイさんのこと、大変だったわね」
「エツコさん、初めまして。ユイを助けるためなら、何でもします。どうか、力を貸してください」
俺は頭を下げた。
「ええ、もちろんよ。ひとまず私のラボで詳細を聞かせてもらえるかしら」
エツコは俺たちを、最新型の医療スキャナーが設置されたラボへと案内した。
【エツコによる検査】
俺はユイの症状を細かく説明した。予期せぬ形で二人の体にAIが入ったこと、それが発動したこと、ユイに起こった異変のこと、そしてクシナダから聞いた「根治は神崎教授にしかできない」ということまで。
(俺の体の秘密については、まだ話せない……)
エツコは熱心に耳を傾け、俺の話が終わると深く頷いた。
「なるほど……。症状を聞く限り、かなり深刻な状態ね。AIナノマシンが脳神経と過剰に結合し、拒絶反応が起きていると。神崎教授のAIは、その制御が非常に複雑だから、彼の不在は痛いところだわ」
エツコは俺の顔をじっと見つめ、問いかけてきた。
「ハルトくん、差し支えなければ、あなたにも少しだけ検査をさせてもらえないかしら? AIチップの小型化実験に参加したのなら、あなたの身体データも確認しておきたいの」
「はい、お願いします」
俺は検査台に横たわった。エツコは手際よく機器を操作し、俺の全身をスキャンし始めた。
数分後、スキャンが終了し、ディスプレイに俺のデータが表示された。エツコの眉間に深い皺が刻まれる。クシナダが見せたものと同じ、驚きと困惑の表情だ。
「これは……」
エツコは思わず声を漏らした。彼女はマウスを操作し、俺の神経系の部分を拡大表示する。
「信じられない。神経細胞の密度、情報の処理能力、そしてその結合パターン……これほどまでに効率的で高度な神経系は、地球人ではありえないわ。まるで、AIナノマシンが完璧に機能するために設計されたかのような……いや、これは人間ではない何かの構造よ」
エツコは俺の顔を一瞥したが、すぐに視線を外し、ダイチの方を向いた。
「ハルトくん、検査はこれで終わりよ。ありがとう」
エツコは平静を装い、そう言ったが、その声はかすかに震えていた。
【エツコの推測】
俺が検査台から降り、ダイチと少し離れた場所に立つと、エツコは改めて俺の方に向き直った。
「ハルトくん。単刀直入に言うわね。あなたの身体に組み込まれているAIナノマシンは、通常の技術レベルをはるかに超えている。そして、このAIの素材……。私の分析では、地球上のどの物質とも異なる構造を示している。まるで、地球外の、未知の物質で作られているかのようだわ」
(このAIが地球外のものなら……俺の体も、もしかして……)
俺の脳裏に、クシナダの言った「神経系の違い」と、エツコの言う「AIの地球外物質」という言葉が、一本の線で繋がる。
(もし、俺が地球外から来たとしたら……神崎教授やクシナダは、どうやってこんなAIを手に入れたんだ? まさか、あの二人も……俺と同じ、地球外の知的生命体なのか? 俺と同じ星から来た、とか……?)
背筋に、冷たいものが走った。
エツコは神崎教授のAIナノマシンと、それによって引き起こされたユイの症状について、深く思考を巡らせていた。
「ユイさんの症状については、正直なところ、私の知る限りでは明確な治療法が見当たらないわ。特に、あのAIが関わっている以上、下手に手を出せば、かえって状況を悪化させてしまう可能性もある。クシナダ先生がおっしゃるように、神崎教授の指示を待つのが最も安全な道だと思うわ」
「ただ……」
エツコは視線をダイチの方に向けた。
「このAIが、もし本当に地球外の物質で構成されているとしたら、それは人類が踏み入れてはならない領域に足を踏み入れたことを意味するかもしれない。ダイチ、あなたは神崎教授の研究に深く関わっているわよね? 彼がどこで、どうやってこの技術を手に入れたのか、何か心当たりはない?」
ダイチは一瞬、言葉に詰まった。彼は目を伏せ、首をかしげる。
「いや……俺も詳しいことは知らないんだ。教授の研究は、本当に謎が多いから。でも、地球外の物質って……そんな、SFみたいな話、すぐには信じられない」
ダイチはそう言って笑おうとしたが、その表情はどこか固く、目が泳いでいるように見えた。エツコはそんなダイチの様子をじっと見つめ、何も言わなかった。
「ハルトくん、あと、ユイさんの症状について、何か言われたことある?」
「……そういえば、稲田准教授が、『もしかしたら別の要素が関係しているかもしれない。AIに対する拒絶反応にしては急激な疲労感、まして意識の喪失に繋がることは、よほどでない限り起きない』と言ってました」
「別の要素?」
「それがなんなのかはわからないそうですが……」
「そう……」
エツコはそう言いながら何かを考えていたが、俺の肩に手を置いた。
「ごめんなさいね、ハルトくん。今、直接的な解決策は提示できそうにないわ。でも、神崎教授が帰国したら、必ず詳細を聞き出して。そして、その情報を持って、またここへ来てちょうだい。もしかしたら、その時に私の知恵が役立つことがあるかもしれない」
俺とダイチは、エツコに礼を言ってラボを後にした。
ビルを出て、雑踏の中を歩きながらも、俺の頭の中は混乱していた。ユイのこと、自分の体のこと、そして「地球外の物質」という言葉。
(クロノス……、神崎教授は一体、何者なんだ? そして、ダイチは本当に何も知らないのか……?)
俺はダイチの横顔をちらりと見た。彼の顔には、いつもの明るさはなく、どこか深い思索に沈んでいるように見えた。
俺の知らない、何かがある。そう確信した。
【ユイの容態と教授の不在】
エツコとの面会後、俺は再び大学の研究棟に戻った。ユイは相変わらず、検査台の上で静かに眠っている。
クシナダは常にユイの容態を注意深く見守っていた。
「ユイさんの状態は安定しているわ。でも、根本的な回復にはまだ至らない。教授が帰国するまで、これ以上の手は打てないのよ」
クシナダの言葉は、俺の焦りを募らせた。教授の帰国は、まだ数日先だという。その間、ユイは意識のないままだ。
俺はユイの眠る顔を見つめながら、自分の体の中で蠢く奇妙な感覚に意識を向けた。あのAIチップの小型化実験以来、体に流れる電流のような感覚は日ごとに強まっている。それは不快ではないが、まるで自分が自分でなくなっていくような、言いようのない不気味さを伴っていた。
俺は、ユイの指先を見つめた。動かない。呼吸はあるのに、そこに“彼女”がいない。
――戻らないかもしれない。
その言葉が頭をよぎった瞬間、記憶の奥から、別の光景が滲み出した。
カフェ・エデン。
自動ドアが閉まる音と同時に、ユイが振り返って言った。
「ねえハルト、AIになっても、味覚って残るのかな」
「え? そうだなぁ。ユイはもし、俺に味覚が残らなかったらどうする?」
「そのときは、私が代わりに全部おいしいって言ってあげる」
「でも、俺が味覚が残らないなら、ユイも残らないだろ?」
「あ、そうか。」
「それ、考えなかったの?」
「うん。あ、でも、自分が感じなくても、やっぱり全部おいしいって言ってあげる」
「えー、それ、嬉しいかなぁ?」
「嬉しい。だから、ハルトも私の代わりにおいしいって言ってね」
「それじゃ、二人とも、ただの嘘つきだよ」
「いいじゃない。嘘つきでも、ハルトと私は一心同体も同然なんだから」
そんな、くだらない会話だった。
でもあの時、彼女はちゃんと笑っていた。
ちゃんとここにいた。
今、俺の前にいるのは、“ここにいない彼女”。
――戻ってこい。
理屈でも、演算でもない。
あの笑顔を、もう一度、俺に見せてくれ。
夜も昼も、俺はユイのそばを離れなかった。
ダイチも、時折顔を出してはユイの様子を心配そうに眺め、「大丈夫か」と声をかけてくれた。しかし、俺はダイチの目の中に、何か隠し事をしているような、微妙な揺らぎを感じ取っていた。
(教授が帰ってくれば、ユイは助かる。そう信じたいが……クロノスは何者なんだ?)
拭い去れない疑問と不信感が募っていった。




