第4話:適合率100%の「到達」
体内のAIが人体と100%適合した時、俺とユイは文字通り「一つ」になった。思考がダイレクトに流れ込み、物理的な境界を失うような未知の到達感。しかし、その甘美な体験の代償として、ユイの体に激しい拒絶反応が襲いかかる。
【次の日】
「ハルト、稲田先生からだ」
朝、ユイのスマホに着信が鳴った。
「え、なんて来たの?」
「『神崎教授に頼まれたデータが整ったから、今日中に話したい』って。確証のことかな?」
「だろうな。わざわざ連絡してくるってことは、何か進展があったんだろう」
大学に到着し、准教授の稲田くし美の研究室へ。秘書の山口小夜子が出迎えてくれた。
「お待ちしておりました。神崎教授は、昨日から急な海外出張でして。教授不在の間は、私が准教授のお手伝いをすることになっていますから。さ、どうぞ、こちらへ」
クシナダが座るテーブルへ。
「流離くん、小野寺さん、よく来てくれたわね。あなたたちの中に入ったAIナノマシンは、完全に安定し、人体との適合率が100%に達したわ。これが、神崎教授が欲していた**『確証』**よ」
「適合率100%……」
「安心して。よほどの衝撃がない限り、あなたたちの中のAIは発動しないわ。データはそう示している」
「いつ発動するかわからない安心なんてできませんよ。AIが発動するとどうなるんです?」
「通常は、AIによってあなたたちの脳は支配されるわ。過去の記憶にAIなりの解釈がインプットされ、何が最適かを瞬時に判断できるようになる」
「それって自分の感情がなくなるってことですか?」
「最終的にはそうなるけど、その前に自分の中で激しい葛藤が起こる。今まで築いてきた自分自身のアイデンティティは異質なものに変化するわ。それをあなたたちが、良しとできるかどうかは、そうなってみないとわからない」
「それは、かなり危険、というか怖いですね」
「そうね。でもさっきも言ったように、かなりの衝撃がない限り、発動することはないわ。何か特別なトリガーでもない限り」
ユイと俺は顔を見合わせた。
「じゃあ、今日はこれで。データについては、また進展があり次第、連絡するわ」
クシナダは、感情の読めない表情のまま、淡々と告げた。
【二人が去った後】
扉が静かに閉まり、准教授室にはクシナダと小夜子の二人だけになった。
「先生、あの二人……」
小夜子が、控えめな声で切り出した。
「ええ、会ってすぐにわかったわ。全く、若い世代のやることは。ま、それが自然の行動なんだろうけど」
クシナダは手に持っていたタブレットの画面を小夜子に向けた。そこには、通常の人間では考えられないほどの高い適合率を示す脳波のグラフが表示されていた。
「問題は、このデータよ。これが意味するところを理解している?」
「ええ。もしこれが発動したとすると……」
小夜子の声が、わずかに震える。
「そう。でも、もうどうすることもできないわ。こちらでしっかりモニターしていくしかないわね」
准教授室を後にし、大学の廊下を歩く俺とユイの間には、重い沈黙が流れていた。
「……トリガー、か」
俺が呟くと、ユイも小さく頷いた。
俺たちの脳裏に、昨夜の光景が鮮明な映像となって現れた。
・・・昨夜。
シチューが煮える音が聞こえる部屋で、俺はユイを抱きしめた。ユイと俺は、生まれて初めて、文字通り一つになった。
互いの存在が溶け合うように感じたその瞬間、ユイの感情が最高潮に達した時だ。彼女の瞳が、一瞬、まばゆいプラチナ色に輝くように見えた。同時に、俺の視界は、目の前が眩しいほどの白色に包まれ、ユイと俺は、物理的な境界を失い、まるで完全に一個の個体と化したような感覚を覚えた。それは、未知の感覚であり、恐怖を伴わない、純粋な「到達」のような体験だった。
【研究室での新たな発見と「一瞬の安らぎ」】
昨夜の鮮明な記憶をユイと俺は共有しながら、俺たちの研究室に戻った。ここはAIの基礎実験ラボだ。
「うん、ハルトすごいね。そっか、そうやれば、よかったんだ。なるほど、これ、絶対、うまくいくよ」
俺が口を開くより早く、ユイは俺の思考を読み取ったかのように言い切った。
俺たちは即座に模擬チップを製作し、処理速度と容量の確認に取り掛かった。
「ユイ、これを見てくれ」
俺が出したデータに、ユイの目が輝いた。
「え、すごい。今までの20倍の処理速度で、容量も200倍に増えてる!」
「ああ、これでようやく、ダイチのところへ持っていけるな」
「うん、ダイチくん、きっと喜ぶよ。ここまで小さければ、人体への影響もかなり抑えられるはずだよね」
「ああ、そうだな。それにしても、頭に浮かんだ疑問にすぐさま最高の答えが見つかる。本当に不思議な感覚だ」
「そう。私もハルトの素早い脳内の声が聞こえるみたいで、その通りに動くといい結果に繋がるの。全然煩わしくなくて、むしろ、もっと知りたいって思う」
「わかるよ。俺も、整理したことがすぐにユイに伝わるから、次の展開へ移りやすい。これって、やっぱり、あっちの影響なんだろうな」
「そうね。間違いなく、あの影響なんでしょうね。でも、こんな能力だったら全然怖くないわ。あんまり深刻にならずに、俺たちのスタイルでこのままいこう、な、ハルト」
「うん、ハルトと一緒なら、このまま何も困ったことなんて起きないと思う。だって、私とハルトは、もう一つになったんだから」
ユイは、少し照れたように微笑んだ。
【異変の始まり】
しかし、それから3日後。
「ハルト、ハルトはどこか、体に異常はない?」
ユイが尋ねた。
「いや、ないよ。ユイ、どこか異常があるのか?」
ユイは右腕を差し出した。
「見て。ここ、赤いポツポツが出てる」
「本当だ。俺の腕には、何も出てないな。どこか痛むのか?」
「痛くはないけど……なんか、昨日から急にすごく疲れた感じがあって、それがどんどんひどくなってるの」
「おい。ユイ、大丈夫か?」
その時、ユイの目が一瞬プラチナ色に点滅したかと思うと、彼女はぴたりと動きを止めた。
「おい、ユイ、わかるか?ユイ!」
俺は、ぴくりとも動かなくなったユイの体を揺さぶった。彼女の顔色は青ざめ、赤いポツポツが浮き出た右腕は範囲を広げている。意識がないのは明らかだった。
(耐えられないかもしれない――)
俺は迷うことなく、ユイを抱き上げた。その体は、今まで感じたことのないほど熱く、そして重かった。
研究室のドアを蹴破るように飛び出し、大学構内を必死に走る。目指すは、准教授室だ。




