第3話:AI人間誕生?
教授室での検査。そこで明かされたのは、知らぬ間にユイと俺の体へ注入されていた「AIナノマシン」の存在だった。そしてクシナダが告げた驚愕の事実。
【教授室で】
俺たちは教授室へ向かった。扉には「C. KANZAKI」の表記。ノックすると、秘書の山口小夜子が出てきた。
「お待ちください」
再び開いた扉から、小夜子が招き入れてくれた。しかし――
「教授は小野寺さんとだけお会いします」
「いや、研究のことなら、僕も是非、聞きたいので一緒じゃいけませんか?」
「奥の部屋にお通しすることはできませんが、前室、つまり私のいる秘書室でお待ちしていただくことは可能です」
俺は「それでもいいです」と答え、中へ入った。ユイは奥の部屋へ。扉が開いた一瞬、教授室とは思えないほど、たくさんの装置が見えた。
小夜子が出てきて、俺に話しかける。
「心配しなくても大丈夫ですよ。研究についてのお話と軽い検査だけですから。それに稲田准教授も一緒にいらっしゃるから変なことは起きませんから」
「あ、ありがとうございます」
「私が見るに、お二人の波長が合っているというか、常に共鳴しているように見えますね」
「そうですか? 彼女といると、こちらの思っていることを言わなくても、先に答えを言ってくれる、なんてことがあるので、一緒にいても安心感があるんですよね」
「なるほど、それは心強いお相手をお持ちで」
その時、不意に俺の頭の中に
(ハルト、助けて!)
と叫ぶユイの声が聞こえた気がした。
俺は慌てて立ち上がり、奥の部屋の扉を見た。小夜子の内線電話が鳴る。
「はい……。流離さんなら、今、ここにいらっしゃいます。……はい、わかりました。そうお伝えします」
小夜子が受話器を置き、俺に言った。
「流離さん、教授がお話があるので、中にお入りくださいとのことです」
「では、入らせていただきます」
俺は奥の扉を開けて入った。
【真相の暴露】
部屋の奥の検査台には、静かに目を閉じているユイ。横には白衣の稲田准教授、そうユイが『彼女の授業が好き』と言ったクシナダがいた。
眠っているユイを不安そうに見つめると
「大丈夫です。検査のため少し眠っているだけですから」
クシナダの言葉に安堵しつつも、俺は神崎教授に詰め寄った。
「神崎教授、これは一体、どういうことですか?」
「どういうことって、あ、小野寺くんのことかい? 彼女は新型AIの被験者だから、AIと彼女自身に異常がないか調べているところだよ」
「AIの被験者? ユイに何をしたんだ?」
「え、彼女から聞いてないのかい? 彼女は人類初の完全なるAI人間になるんだ。今朝、君たちがカフェで食べたAIナノマシンを仕込んだアップルパイでね。君たち、二人で分け合ったそうじゃないか」
「なんですって? ユイの同意も得ずにそんなことするなんて!」
「小野寺くんはAI人間になることに同意してますよ。ほら、ちゃんとここに同意書もある」
教授はユイの直筆の同意書を俺に見せた。
「そんなバカな。ユイがそんな同意をするはずがない」
横からクシナダが口を挟む。
「いいえ、これは本当に彼女の意思です。私が最終確認をしました。決して無理強いではありません」
頭が混乱した俺に、教授が低いトーンで話しかけてくる。
「そんなことより、今は、流離くん、君にAIが入ったかどうかが問題なんです」
「え、俺もAI人間?」
「小野寺くんは自分でわかっていて食べたので問題ないのだが、君はそれを知らずに食べた。君の中にもAIが入ってしまった可能性があるんです。同意を得ずにAI化したという事実の方がよっぽど問題なんですよ」
「え、そこですか? そんなことより、俺の体は、ユイの体はどうなるんですか?」
「今回仕込んだAI同士は干渉しないように設計してあるから心配ない。ただし、君の体にフィットするかどうかは保証できない。しかし、なぜ彼女は分けたりしたんでしょうね?」
クシナダが俺を検査台に乗せる。
「君にAIが入ったかどうかが問題。ここは大人しく私の言うことを聞いて、彼女と同じ検査を受けてちょうだい」
「……わかりました」
俺はユイの隣で、ユイと同じ検査を受けた。クシナダの表情がみるみる変わる。
「教授、これを」
「これは……。うーん、そうか。しかし、ここまでとは」
「そうですね。計算上で考えられる以上の結果といえますね」
「そのように見えるね。しかし、これは世の中に出すのは難しいな」
俺は声を出そうとしたが、急に眠気が襲ってきた。
俺はユイの横で、ロボットが静止したように眠ってしまった。
【目覚め、そして日常へ】
「……ルト、ハルト、起きて」
遠くでユイの声が聞こえた。俺は目覚めた。そこは教授室の前室、小夜子の秘書室のソファの上だった。
「ハルト、気づいた? よかった」
ユイは今にも泣きそうな顔をしている。
小夜子の連絡で、奥からクシナダが出てきた。
「気分はどう?」
「はぁ、大丈夫です。あれ、教授は?」
「教授は他の用件で外出されました」
と小夜子の声。
「そう、後のことは私に任せられたの。心配しないで。悪いようにはしないから」
「悪いようにはしないってどういうことですか? それより、さっきの『考えられる以上の結果』ってなんですか?」
「あ、聞こえてた? もう眠っているタイミングだと思ったけど。君は知らなくていいのよ」
「そうはいきません。自分の体のことです」
「そうね。君に聞く権利はあるわね。でも今は言えないの。確証がないから」
「確証?」
「そう、確証。そのデータがきっちり出たら教えてあげる。だからそれまで待ちなさい」
「そうね。稲田先生を信じよ。どうせ今は何もわからないんだし」
急にユイが会話に割って入ってきた。
「ハルト、私、AI人間になりたかったの」
「え、そうなの? なら、どうして俺に教えてくれなかったんだ?」
「だって、ハルトなら言わなくても伝わると思ったし、わかってくれるって信じてたから」
「そうか、よかった」
「じゃあ、ユイ、研究室に戻ろう」
「そうね、戻りましょう。稲田先生、小夜子さん、では、これで失礼します」
【日常の安らぎ】
「今日は疲れたな。ユイ、これからどうする?」
「ねぇ、今日はもういろんなことがあって何もできそうにない。ハルトの部屋に行っていい?」
「お、いいけど。うちに来るなら、なんか買って帰ろうか?」
「うん。私、ハルトにご飯作ってあげたい」
俺とユイはスーパーでシチューの材料を買い込み、アパートへ戻った。
キッチンで調理を始めたが、会話がなかった。
「あれ取って」「次、鍋、お願いね」
ユイが口にすることは一度もなかった。しかし、その言葉が俺の頭に浮かんだ瞬間、もう体が勝手に動いている。まるで、俺の思考がダイレクトにユイへ、ユイの思考がダイレクトに俺へと流れ込んでいるかのようだった。
「よし、あとは煮込むだけね」
ユイがそう口にするまで、互いに一言も発さなかった。だが、その間ずっと、俺たちの脳裏には、言葉以上の、深く穏やかな対話が、確かに存在していた。
「あ、わかった。そうするよ」
ユイがこっちを見てニコッと笑った。俺はバスルームに向かった。
シャワーを終えて、トレーナーに着替えた俺は部屋に戻りながら、
「ユイもシャワー浴びたら」
「きゃっ、ハルト、なんで服着てないのよ。いくらおうちだからって真っ裸で出てこないで。せめて下くらい履いてよ」
「え、俺、服、着てるけど?」
「え?、あ、そうね。……でも、見えてるよ」
「あ、そうか、保護ウェア脱いだんだった」
俺は慌てて洗濯機に放り込んだ保護ウェアを取りに行こうとした。
すると、俺の背中にユイが抱きついてきた。
「私がシャワー浴びて着替えたら、何も着てないのとおんなじなんでしょ。だったら……」
「ユイ……」
俺は振り返って、ユイをそっと抱きしめた。ユイの体が微かに震えていた。
キッチンの鍋がグツグツ煮える音が聞こえていた。




