第2話:アダムの林檎とAIのバグ
「アダムとイヴのリンゴにはAI成分が含まれていた」。准教授クシナダの異端とも言える講義に惹かれるユイ。そんな中、神崎クロノス教授からユイに「新しいAIモニター」の誘いがかかる。不安を覚えた俺は、彼女と共に教授室の扉を叩いた。
【大学のラボ内】
研究室へ向かう廊下で、親友のダイチとすれ違った。
「よ、お二人さん、お揃いの服着て、相変わらず仲良いね」
ダイチが笑う。そうだ、保護ウェアに着替えたばかりだった。
「あれぇ、でも朝一で見た時は違う服着てたよな?」
「あ、これは……」
言葉に詰まった俺の代わりに、ダイチが早合点する。
「ハイハイ、そういうことね。お二人とも朝っぱらからお熱いね〜。ほんとはファッションコシダに行ってきたんだろ? あそこ、いつも斬新な服出すけど、安いし」
「あ、ああ……、そうコシダに行ったんだよ。ダイチには嘘つけないな。な、ユイ」
「あ、うん。そう、ちょっと恥ずかしいかな」
ユイも嘘に乗る。
「ハイハイ、ごちそうさま。ま、とにかく教授から出された研究課題、頑張ってくれよ。こっちの研究課題にも影響してくる内容だからな」
「わかってるって、数日以内に結果を出すから楽しみにしていてくれ」
「お、大きく出ましたね。さすがハルトくん。楽しみにしてるよ。じゃあな。
あ、そうだ、クロノスが、小野寺のこと探してたぜ」
「え、教授が私を?」
「おう、なんか新しいAI研究のテーマについて相談があるって」
「わかった。あとで顔出すようにする。星野くん、ありがとね」
「おう。でも、気をつけろよ。クロノスは女には見境がないからな。
秘書の山口と肉体関係って話だし、准教授のクシナダともあやしいってことだし」
「ええ?クシナダ先生と? あ、でも、 私は対象外でしょ?」
ユイは笑ったが、
「いいや、あいつが小野寺を見る目は、そういう目だよ。ハルト、しっかり小野寺をカバーしとけよ」
「言われなくてもカバーするよ。じゃあな」
ダイチと別れる。
ユイは、
「クシナダ先生が教授となんて考えにくいんだけどな」
と首を傾げた。
「ん?どうして?」
「だって、あの授業を聴いてる限り、教授とは全く考え方が違うっていうか、相入れない感じがするから」
「ああ、確かにそうだな。クロノスはいかにも工学部教授っていう感じで、理論立ててしゃべるけど、クシナダの授業は歴史感があって文学的な表現もするからな」
「私、クシナダ先生の授業、好きなんだよね」
「ああ、わかるよ。ユイはクシナダの授業の時。目、輝いてるもんな」
稲田くし美准教授。通称、クシナダ。彼女は神崎教授の肝煎りで入り、常に教授の頭脳として陰で支える役割を担っていた。頭脳明晰、大和撫子を思わせる風貌とその授業内容から、俺たち学生は、名前の「クシミイナダ」をもじって日本神話に登場する「クシナダヒメ」に引っ掛けて「クシナダ」と呼んでいた。
彼女の授業は歴史的観点から語られることが多く、工学部の内容としては一風、変わったものであった。ユイはクシナダの授業が好きだった。
「そう。工学っぽくなくてAIを歴史文学みたいに学べるから」
「まぁ、そうだな。他の授業がほとんど工学一辺倒の中で、あの授業は貴重だ。だって『アダムとイヴのリンゴにはAI成分が含まれていた』なんていうんだからな」
「そうなの。知恵の木の実じゃなくて、実はAIの入ったカプセルが入っていて、それまで裸で平気だった二人に『恥』っていう感情が生まれて、本能とは違う、新しい知性が起動した。それは、人類にとっての最初のAIで、AIが脳に入って、本能と知性が喧嘩し始めたのが、人類の歴史の始まりっていうんだよね。それで人類の知恵の発現から現在までを『宇宙人が侵略しようとしてうまくできていない結果』なんて解釈で話すから面白くて」
「宗教戦争のことも面白い持論を展開してたよな?」
「うん、私、あれが一番好き。宗教信仰の概念を、『宇宙人のリンゴに仕込んだAIによるバグの影響を修正するための試みだった。キリスト、アラーなど、異なるアプローチで人の心を一定方向へ向かわせようとしたが、異なる方法を一度に試したため、他宗教を認めない感覚が広がり、より修正が難しくなった。ただ一つ、日本という島国だけは、多宗教信仰に理解を示すプログラム修正が実験的に行われ、うまく機能したため、宗教間の争いは最終的になくなった。現代、宇宙人はこの成功例をなんとか地球全体に広げようと試みている段階。しかし、思ったより、凝り固まった宗教観(バグ修正に使われた特効薬の副作用)により、なかなか修正できずにいる』なんていうんだもの」
「確かにユニークだよな」
「うん」
「ところで、教授の話ってなんだろうな?」
「多分、この前から新しいAIのモニターをやらないかって言われてるから、たぶん、そのことだと思う」
「え、初耳だな? それ、どんな内容なんだ?」
「詳しいことはわからないけど、AIが人体に及ぼす影響について、サンプリングしたいってことみたい」
「それ、お前の体を実験材料にするってことじゃないのか?」
「大袈裟ねぇ。そんな大層なことじゃないわよ。……たぶん」
「たぶんって、お前、やっぱり不安なんだろ。わかった。一緒について行くよ」
「ほんと? ハルトが一緒だと安心。よかった」




