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名もなき勇者の英雄譚

作者: 新戸 啓
掲載日:2025/12/23

以前書いたものを加筆したものです。

 魔を打ち払う裁きの雷が神聖な森を次々と火の海へと変えていた。

 その光景をエルフと呼ばれる森の民が呆然と見ている。中には泣き崩れる者もいた。彼らはこの森を何千年も守ってきたというのだから当然の反応だろう。


 僕はそんな彼らを見ても平然と雷を放ち続けた。最初は無抵抗な彼らだったが、何人かはこの惨状に耐え切れず僕を止めようとしてきた。しかし、僕はそんな彼らも容赦なく排除した。


 何故こんな残忍なことをしているのか?

 それは託されたマナに込められていた思念がそうさせるからだ。


 マナは星を巡回する生命エネルギーのようなもの。生物の体内や自然界にもその力は溢れている。

 僕は他人からその力を受け取ることで、はじめて魔法が使えるようになる。ただ受け取ったマナに強い思念が込められていると、僕の心はその思念に侵食されてしまう。今は破壊衝動に囚われて自分でも止めることができなかった。


 ちなみにこんなことをしても後で罪悪感に(さいな)まれることはない。おそらく勇者のすることはすべて善であり、後悔があってはならないからなのだろう。


 そう。

 僕は勇者だ。


 魔王亡き今、何故僕に勇者の力が目覚めたのかはわからない。

 きっかけは恋人の死だった。

 幼い頃に親に売られた僕らは、奴隷商の下でいつか二人で一緒に暮らせることを夢見て懸命に生きてきた。

 しかし、彼女が魅力的な女性に育った頃、領主に買われて凌辱(りょうじょく)されてしまった。残酷な世界に絶望した彼女は、領主の下を逃げ出し、僕に何度も謝ったあと目の前で自ら命を絶った。

 死の間際、彼女は無意識のうちに僕に復讐を願ったのだろう。そのとき、初めて他人のマナが僕の中に流れ込んできて、眠っていた勇者の力が解放された。

 僕自身、心は憎悪に染まっていたので簡単に力に()まれてしまった。気づいたときには領主の首を持って燃え盛る館の中で佇んでいた。そのときはもう絶望的な顔をした領主の生首を見ても何とも思わなかった。


 それから僕は勇者の力を授かった意味を探しながら旅をした。

 旅の先々で(しいた)げられている弱き者を助けたが、その度に彼らの街が滅びることになった。僕にマナを供給してくれた人たちは、皆社会を憎んで権力者の死を望んでいたからだ。長命種であるこの森の住人もそれは変わらなかった。


「これでは僕が魔王だ……」


 破壊衝動が治った僕は、そう呟いて自嘲する。そして、いつものように矛盾だとわかっていても生き残った者を探して助けることにした。


♢♢♢


 やはり我々は選択を間違えた。


 薄れゆく意識の中、エドラヒルはくすんだ空を仰ぎながら自身の過ちを悔いていた。


 彼はエルフの王であり、三百年前に魔王を討伐したパーティの一人だった。あらゆる魔法を使いこなす彼は、現在では世界を救った大賢者として名を馳せていた。

 そんな英雄であるはずの彼だが、今その命が尽きようとしていた。

 左手と右足を失い、腹にも穴が空いている。回復魔法を幾ら掛けても効果がないので、手遅れということなのだろう。高レベルの神聖魔法の使い手でもいれば助かるかもしれないが、そんな者は一緒に魔王を倒した聖女くらいなので現実的ではない。いや、彼女はもう遥か昔に死んしまったのだから絶望的と言える。


 そう。

 頼もしかった仲間たちはもういない。

 皆の盾となり何度も命を救ってくれた聖騎士もバトルマスターと(うた)われたドワーフの戦士も時間の流れには逆らえなかった。

 エルフである自分だけが生きながらえてしまった。

 一人、三百年前の罪を背負って……。

 だが、それもやっと終わる。

 このマナを彼に託して仲間の下へ逝くことができる。


 エドラヒルに致命傷を与えたのは、人間の少年だった。

 その容姿は至って平凡で、戦いとは無縁のような華奢(きゃしゃ)な体つきをしていた。内包する魔力も乏しく、とても魔法を扱えるレベルにはなかった。

 本来ならば、彼は()れ人と(さげす)まれる人間なのでそれは当然なのかもしれない。


 涸れ人。生命活動を維持する上での最低限のマナしか持たない人間のことをそう呼ぶ。

 マナは生物が持つ生命エネルギーのようなもので、この世界ではその多寡(たか)で身体能力が決まる。またマナを体内で魔力に変換することで魔法の行使も可能となる。それゆえ最低限のマナしか持たない彼らは、魔法を使うことができず、身体能力も普通の人間に劣ることから(さげす)まれてきた。そのため、多くの者が迫害に遭い、その身を奴隷に落とされて重労働などを強いられてきた歴史がある。


 そんな無力なはずの少年に大賢者であるエドラヒルは負け、エルフが神話時代から守ってきた神聖な森は焦土に変えられてしまった。

 おそらく生き残っている同族も(わず)かだろう。何人かの若者はこのような事態になる前に新天地に旅立ったが、長命ゆえに繁殖能力が極端に低いので、種として存続することはもう難しいかもしれない。


 襲撃を受けたのはエルフだけではない。

 人間の領土では、イーリス王国やその周辺の国々にある街が幾つも落とされたという。噂では地底にあるドワーフの国も被害に遭ったと聞いた。すべて勇者の力を持つあの少年が起こしたことである。


(これは女神の罰だ)


 エドラヒルはそう思い、女神に懺悔しながら歴史に隠れたもう一人の英雄のことを思い出した。


♢♢


 三百年前、魔王を討伐したエドラヒルたちは、各国の代表が集結するイーリス王国に凱旋するため最寄りの街に滞在していた。


「アレク、君を王都に連れて行くわけにはいかない。すまないがこの街で待機していてくれ」


 聖騎士エドガーは、涸れ人である青年にそう告げた。


「えっ?」


 当然、アレクは戸惑いの表情を浮かべる。


「今、君が英雄になると色々と問題が起こることになる。これから国を再建する必要がある中でそれは避けたい。わかるだろう?」

「わかりません! 女神様は涸れ人の希望となるよう僕に勇者の力を授けてくださりました。メアリーもそのように天啓を受けたと言いましたよね?」


 アレクはすがるように金色の髪の美しい女性を見る。彼女は聖女のメアリーだった。


「アレク、どうかご理解ください。確かにあなたの功績を公表すれば、彼らの立場は改善に向かい、涸れ人に対する偏見も見直されていくでしょう。ですが、現状どの国も涸れ人を貴重な労働力としています。急激な変化は大きな混乱を生むことになるでしょう。それこそ幾つもの国が傾くほどの。改革をするには、まず下地を整える必要があるのです」


 メアリーは目を伏せて申し訳なさそうにアレクに告げた。


「そんな……」


 アレクは泣きそうな顔で俯いてしまう。

 そんな彼の下に大斧を担いだドワーフの男が近づいていく。そして、男は落ち込むアレクの肩を抱いて励ましの言葉をかけた。


「そんな顔をするな。わしらに任せろ。わしらもそれなりに立場が与えられることになるはずだ。国を立て直しながら、お前さんたちに対する偏見が無くなるように働きかけていく」

「ヤリさん……」


 アレクは涙目でヤリに抱きつく。


「私もだ。何百年経とうが、私は君の功績を忘れない。真実を語れるときが来たならば、皆にその勇敢だった姿を伝えよう。約束する」


 エドラヒルも落ち込むアレクにそう誓って(なぐさ)めた。


 アレクは涸れ人でありながら、女神に祝福された勇者だ。後にエドガーがその功績により人々から勇者と呼ばれるようになるが、彼は女神から救世主の力を授けられた本物の勇者だった。

 だからこそ、アレクの悔しさは痛いほど理解できた。メアリーの言う通り、彼が世界を救った英雄となれば涸れ人の印象も変わることになる。それに涸れ人たちもアレクを後ろ盾にして待遇の改善求めることも可能だからだ。

 しかし、現状ではエドガーの判断が適切なのだろう。各国とも魔王軍との長い戦いで疲弊(ひへい)しており、これから復興が急務となる。そんな中で彼らが解放運動などを起こして国が割れたりすれば、魔王軍の残党がその隙を突いて攻め込んでくるかもしれない。それは絶対に避けなければならない。今は各国とも盤石な体制を築き上げることが重要だ。


「わかりました。皆さんを信じて、僕はこのまま故郷に帰ります。ですが、約束してください。必ず僕たちが救われる未来を切り開くと」


 アレクは強い眼差しで四人の仲間を順々に見た。


「ああ。各国の王には君のことを話す。その上で涸れ人に対する扱いを考慮して貰うつもりだ。必ず君たちが暮らしやすい世の中にしてみせるさ」


 エドガーが自身の胸に手を当てて彼に誓う。

 エドラヒルとヤリは頷いてエドガーに同意する。


「何年かかるかわかりませんが、真実を告げる日が来たら皆で集まりましょう。そのときこそ、本当の凱旋です」


 最後にメアリーはそう告げて微笑んだ。


 これがアレクと別れた日のやり取りだった。


 二年後、人間の王たちの指示で彼が秘密裏に殺されたことを知った。


♢♢♢


「エドガー、どういうことだ?」


 ヤリはエドガーの胸ぐらを掴んで問い詰める。


「すまない。王たちがここまで愚かだとは思わなかった」


 エドガーは視線を逸らして申し訳なさそうに言った。


 アレクの死を知ったエドラヒルとヤリは、事情を知るためにイーリス王国の僻地にある森でエドガーと接触していた。


 エドガーの話によると、人間の王たちは涸れ人という便利な駒を捨てるつもりはまったくなかったという。そんな愚かな彼らは、アレクの存在が明るみに出ることで、彼を中心に涸れ人が立ち上がることを恐れた。それに強大な勇者の力を持つアレク自身も厄介に思っていたようだ。

 その結果、王たちは自国の精鋭を出し合って部隊を組み、魔王軍の残党を装ってアレクの故郷を襲撃したらしい。


「何と卑劣(ひれつ)な! あいつは世界を救った英雄だぞ!」


 ヤリはエドガーを突き飛ばして地面を殴りつけた。


「教会はこのことを知っているのか? アレクは女神の祝福を受けた真の勇者だ。そんな彼を手にかけたとなると、彼らが黙ってはいるまい。それに教会の上層部はメアリーが受けた天啓を把握しているのだろう? 女神を信仰する者ならば、こんな暴挙を許すはずがない」


 エドラヒルは強い口調で捲し立てた。


「教会の上層部も王たちと同じ意向なんだ。いや、むしろ彼らが王たちを操っているように思える」


 エドガーは伏し目がちに答える。


「何てことを。天啓を無視するなど、女神への反逆行為そのもの。後でどんな罰が下るか……」


 そう言って、エドラヒルが厳しい顔で(うつむ)いたとき、エドガーが小声でこちらに忠告してきた。


「イーリス王が放った刺客に囲まれている。だが、二人なら問題なく逃げ切れる連中だ。どうかこのことを自国に報告して人間の国と関係を絶ってほしい。女神の罰を受けるのは我々人間だけでいい」

「お前、何を言って……」


 戸惑うヤリ。そんな彼をよそに、即座に状況を察したエドラヒルはエドガーに告げる。


「では、貴方も一緒に来なさい。我々の国なら匿うことができる」

「魅力的な誘いだが、メアリーが都で待っているのでな」


 エドガーは儚げに笑ってそう答えた。その言葉と笑みで、彼女も囚われの身なのだと推測できた。


「そうか。残念だ。ヤリ、行こう。私たちが今すべきことは、生きて自国に帰りこの事実を伝えることだ」


 エドラヒルはそう言って走り出す。


「二人を見捨てるつもりか?」


 追いかけて来たヤリが納得いかなそうに問いかけてきた。


「相手は国。それも複数の国家だ。我々では二人を救い出すことは難しい。もう個人で解決できるレベルの問題ではなくなった」


 エドラヒルは自分でそう言って歯痒(はがゆ)くなる。


「くそ! こんなことになるならば、あのときアレクを英雄にするべきだった!」


 ヤリの憤りは身に染みて理解できた。


(我々は自惚(うぬぼ)れていた)


 エドラヒルはそう思って奥歯を噛み締める。


 魔王軍との戦いが佳境に入ったとき、エドラヒルたちは多くの種族に声を掛けて協力を仰いだ。それまでの戦いで幾つもの武勲を立てていたこともあり、皆その呼びかけに応えて種族の隔てなく団結してくれた。そして、互いに足りない部分を補って魔王軍を打ち破ることができた。

 だからこそ、涸れ人の件でも当然自分たちの声に耳を傾け、歩み寄りを見せてくれると思っていた。そう信じて疑わなかった。

 だが、それは間違っていた。

 結局今なってみると、彼らにあったのは打算的な考えと建前だけだったことがよくわかる。


(アレク、すまない。我々が間違っていた。涸れ人の恩恵を受ける者たちがいる限り、改革には痛みが伴う。それは当たり前のことだった)


 エドラヒルは取り返しのつかない失敗を嘆きながら自国へと急いだ。


 それから間もなくエルフとドワーフは、共同でアレクという涸れ人の勇者がいたとこを公表した。

 しかし、人間の国々はすぐにそれを否定して、涸れ人と組んで虚偽の情報を流したとエルフとドワーフを非難した。そこから関係は(こじ)れに拗れて戦争寸前のところまで進んだが、断交という形で何とか最悪の事態は回避された。だが結局、このいざこざは涸れ人の立場をより悪くしてしまい、エルフやドワーフは彼らから恨みを買うことになった。


♢♢♢


 エドラヒルが追想を終えて我に返ると、涸れ人の少年が回復魔法を施そうとしていた。


「私はいい。もう手遅れだ。その魔力は助かる見込みのある者に使ってくれ」

「でも……」

「気にするな」


 エドラヒルは少年の心が痛まないように笑みを作る。


「こんな時代に勇者として生まれてさぞ辛いだろうな」

「どうして僕が勇者だと?」


 少年は驚いた顔をする。

 エドラヒルは微笑んだまま何も答えなかった。


 少年の瞳は疲れ切っていた。

 勇者の力と人の悪意。おそらくそれらに翻弄(ほんろう)されて生きてきたのだろう。その苦労を考えたら、自分たちの過ちに対してより罪悪感を覚えた。


「信頼できる仲間を見つけるといい。同じ志を持つ者と関係を築いてその者からマナを受け取りなさい。それが涸れ人である君が勇者でいられる唯一の方法だ」

「涸れ人の僕にはそんな大それたもの見つからないよ」


 少年は(むな)しさを体現したような笑みを見せる。


「そんなことないさ。エルフの私にも昔涸れ人の友人がいたのだから。君が諦めずに真摯に人と向き合えば必ず見つかる」


 そう言って、エドラヒルは少年に向かって右手を伸ばした。少年は訝しげな顔してその手を取った。


「餞別だ。私のマナを受け取りなさい」


 エドラヒルは三百年振りのマナの受け渡しを懐かしんで口元が綻びる。そして、最後の力を振り絞って自身の記憶を込めたマナを少年に送った。


♢♢♢


 僕は安らかな顔で逝ったエルフの男を見下ろしていた。

 彼はエドラヒルという三百年前に魔王を討伐した大賢者だった。彼のマナには当時の記憶が込められていた。おそらくかなり前からこのときを想定して自身のマナに細工をしていたのだろう。それだけマナから流れ込んできた記憶は鮮明だった。


 歴史に隠れた勇者アレク。 

 彼は僕と同じ涸れ人だった。四人の英雄はそれでも彼を本物の仲間として受け入れ、魔王討伐に導いた。ここまでなら英雄譚だ。

 ただ彼らは最後に一つだけ選択を間違えた。たったその一つ間違いで彼らは大切な仲間を失い、互いの国同士で争うことになった。実に悲しい話である。彼らは命懸けで使命を果たして世界を救ったというのに。


 もしあのとき彼らが勇者アレクと共に凱旋していたのならば、歴史は大きく変わっていたのだろうか?

 涸れ人に対する偏見もなくなっていたのだろうか?

 エルフやドワーフとの共存が続くことで、もっと違った価値観を持つ社会が作られていたのではないだろうか?

 何より彼女は死なずに済んだのだろうか?


 このような答えのない問いが、頭の中に幾つも浮かんでくる。

 これらを自問しても意味がないのはわかっている。だが、それでも別の未来があったかもしれないと考えてしまうのが人間だ。仕方ない。


 エドラヒルはイーリス王国の滅亡と教会への鉄槌を望んでいる。ただその思念は僕の心を呑み込むほど強いものではなかった。僕の意思に委ねられている状態に近い。

 大賢者であった彼のマナがあれば十分その望みを叶えることは可能だろう。しかし、国が滅びれば、当然人々の生活の基盤が崩れることになる。きっと多くの者が貧困に嘆くことになり、路頭に迷うことになるはずだ。

 それに教会の闇を暴くにしても、女神への信仰心が薄くなれば、人の倫理観に影響が出てしまう。鉄槌を与えるにしても、やり方が非常に重要となるだろう。

 僕は色々と考えた末、壊すことしかできない自分には、これらをうまく実行することは無理だと判断した。


「何かもう面倒だな。それに疲れた。いっそのこと……」


 僕はすべてが嫌になって今すぐにでも未来を投げ出したくなった。だが、そんなとき僕を(いま)める声が聞こえた。


「安易に死へと逃げることは許さないわよ」

「えっ?」


 驚いた僕は慌てて声の主を探す。すると、茂みから一人の少女が現れた。

 銀髪の美しいエルフの少女である。彼女は足下で横たわるエドラヒルを見ると、寂しげな表情でポツリと呟く。


「お祖父様、逝かれたのね」

「僕が殺った。この森を焦土に変えたのも僕だ」

「そう。でも、勇者であるあなたがやったことならば、きっと原因はわたしたちにあるのでしょうね」


 少女はまるで他人事のように言った。

 エドラヒルをお祖父様と呼ぶのだから親族なのだろう。普通に考えら、僕は彼女にとって憎い(かたき)となるはずだ。しかし、彼女は取り乱すこともなく冷静だった。


「何で……。何で家族が殺され、故郷も失ったのにそんなふうに割り切れるの?」

「ここにいる者はあなたに罰せられるのをずっと待っていたから。エルフの民はもうずっと前から滅んだも同然だったのよ」

「どういうこと?」

「エルフは古くから女神を信仰する民。だから、古い世代のエルフは三百年前に勇者を蔑ろにした罪で、いつか女神様の罰が下ると考えていたわ。そして魔王のいない時代に勇者の力を持つ者が現れたとき、皆ついにそのときが来たと悟ったの。彼らはそこからあなたに罰せられるこの日を想定して生きてきたわ」


 少女はそう語ると、どこか憐れむような目で周囲を見回した。


「そんな……」

「呆れるわよね。三百年前の罪なんてエルフ以外償えるわけないのに。きっと今回のことも同胞の恨みか何かが原因なのでしょう? 」

「……」


 僕は黙ってしまう。彼女の言う通り、今回のことは、理不尽な理由でこの森を追放されたエルフの思念が影響していた。決して女神の罰などではない。


「やっぱりね。いいの。気にしないで。若い世代のエルフも過去の罪を引きずる古い世代に嫌気が差して、皆新天地を求めて森を去っていったくらいだし」


 彼女は僕の反応を見てそう言うと、肩を竦めて苦笑いした。


「君は何故ここに残ったの? ここまで話を聞いた感じ、君は女神の罰なんて信じていないんでしょ?」

「ええ。わたしはあなたに会うために残ったの」

「僕に?」

「そっ。魔王のいない世に現れた勇者。わたしはあなたが何を()すのか、とても気になる」


 エルフの少女は目を輝かせてこちらを指差した。


「何を為すかなんて……。僕はそんな立派な人間じゃないよ」

「それはわたし自身が決める。これからのあなたを見て、わたしが決めるわ」

「これからの僕を? それって」

「うん。わたし、あなたについて行く。逃げても無駄よ。追跡なんてわたしの魔法で簡単にできるんだから」


 唐突なストーカー宣言だった。

 僕は戸惑ってしまう。ちょっと頭がついていかなくて混乱した。だが、そんな僕を置いてけぼりにして、彼女は満面の笑みで告げる。


「それでは改めてまして、わたしはエルミア。よろしくね」

 

♢♢♢


 数年後。

 女神を(まつ)る聖なる都に僕はいた。

 ここには教会の本部があり、今日は教会の幹部たちによる緊急の会議が行われるということだ。

 議題はおそらくイーリス王国をはじめとした近隣諸国で革命運動が活発になっていることだろう。各国の権力者の地位が揺らいでる影響で、教会の悪事も少しずつ露見してきている。彼らにとってみれば、早急に対処しなければならない問題だ。

 中でも彼らが頭を抱えているのは、革命を裏で支援している組織の存在だろう。その組織は涸れ人が中心となって作った組織で、凄腕の用心棒が汚れ仕事を請け負っているらしい。特に銀髪のエルフと地味な少年の二人組は、一国の軍とも渡り合ったとの噂である。


「マナの補充は大丈夫?」


 エルミアがそう確認してくるので、僕は小さく頷いて答えた。


「万が一に備えての退避経路はちゃんと覚えてる? もう一回確認する?」

「大丈夫だって。心配性だなぁ。君は僕のお母さんなの? 」

「お母っ!? し、失礼ね! 確かに人間の年齢で考えればそのくらいになるかもだけど、エルフ的には未成年ですから! まだ未成年ですから!」


 エルミアはプンスカと怒り出す。

 彼女はエドラヒルの孫にあたる人物で彼に匹敵する魔法の素質を持っている。ちなみに見た目は少女だが、実際は僕の親くらいの年齢らしい。


 彼女と行動するようになってから、僕はエドラヒルの助言通り、旅の先々で人と関わるようにした。やはり涸れ人ということで僕を蔑む人も多くいたけど、それでも同じ人間として接してくれる人も少なからずいた。人それぞれなんだと知れたのは大きな一歩だったと言える。

 そうやって人助けをしながら旅をしているうちに、僕にも友人ができるようになった。僕が卑下(ひげ)するとエルミアが怒るので口には出さないが、今でもこんな自分に友人なんて勿体ないと思うことがある。

 やがて友人の中から僕の活動を補佐してくれる人が出てきた。彼らが貴族や悪徳商会などに目をつけられる恐れがあるので最初は断っていたが、彼らも現体制には色々と思うところがあるようで、強引に押し切られてしまった。それから少しずつ協力者は増えていき、今では各地で反体制組織として活動している。


「何か大事になっちゃったなぁ」


 大聖堂に向かう途中、僕は空を仰いでポツリと呟いた。


「それは仕方ないわよ。あなたは勇者だし。女神樣から与えられた使命を果たさない限り、きっとのんびりなんてできないと思うよ」


 間近で僕の英雄譚を見たいエルミアは、楽しそうに言う。


他人事(ひとごと)だと思って」

「何言ってるの? もう他人事なんかじゃないわ。ここまできたら一蓮托生(いちれんたくしょう)でしょ。あなたにかかる責任はわたしも背負うから安心して」

「それはありがたいけど……」


 僕は恥ずかしくなって視線を逸らした。急にそんな真面目なことを言われても困ってしまう。

 エルミアは僕の反応を見てクスっと笑うと、続けて語りかけてくる。


「わたしだけじゃない。今、あなたを支えている人たちはきっと皆そう思ってるわ。だから、自信を持ちなさい」


 彼女の言葉を聞いて、僕たちに協力をしてくれる人たちの顔が次々と浮かんできた。彼らは皆笑っていた。つられて僕の口元も緩んだ。


「……そうだね。ありがと」

「よろしい。じゃあ、行きましょうか」


 エルミアは荘厳(そうごん)な建物を指差して元気よく言った。

 僕は頷くと大聖堂へと向かって足を進める。その足取りは数分前より軽かった。


♢♢♢


 大聖堂のある敷地内には、隅にこぢんまりとした塔がある。そこは懲罰塔であり、かつて聖女メアリーが幽閉されていた場所だという。

 何でも教会はアレクの存在を公表しようとするメアリを鬱陶しく思い、生涯ここに閉じ込めたのだとか。

 当時のことを調べると、表に出れる機会は公務のときだけだったようで、そのときは恋人だったエドガーを人質のようにして言動を縛っていたらしい。逆にエドガーが表舞台に立つときは、メアリーを人質にしていたようである。世界を救った英雄に対して本当に酷い仕打ちである。

 そんな状況が続いたせいか、メアリーは次第に心を病み、その影響で体も壊して早世してしまった。史実では魔王との戦いで負った傷が原因とされているが、事実はそのようだ。


 僕とエルミアは、そんな悲しい結末を迎えてしまった聖女メアリーの遺産を求めてこの懲罰塔に忍び込んでいた。

 彼女の遺産が何かはわからない。ただその存在を指し示す暗号がエドラヒル宛の手紙の中にあったのだ。いつかそれを公表して欲しいという願いとともに……。


 懲罰塔は現在使われていないようで、人の気配はまったく感じられなかった。下層階の部屋は物置きとして使用されていた形跡があるが、それもずいぶんと昔のようだ。


 とりあえずどの部屋がメアリーの幽閉されていた部屋かわからなかったので、一部屋ずつ確認しながら上の階へ進むことにした。


 部屋はどこも牢獄のような雰囲気が漂っていた。光源は小さな窓から射し込む陽の光しかなくて薄暗い。それに湿度も高くてジメジメしていた。僕は何となく奴隷商の下にいた頃を思い出して少し憂鬱になった。


 そんな気分を誤魔化しながら最上階まで来ると、やっとメアリーが幽閉されていたと思われる部屋を見つけた。その部屋は他と違って明らかに異様な光景が広がっていた。


「胸が張り裂けそうになるわ」


 エルミアはその部屋に入るなり、ポツリと呟いた。

 彼女がそう言うのも無理ないだろう。部屋に入って真っ先に目に入ってきたのは、『呪ってやる』という大きな文字だったからだ。

 その文字は正面の壁に書かれていて、僕もそれを見た瞬間、思わず息を呑んでしまった。もうこの一文だけで聖女メアリーの憎悪が伝わってきた。

 だけど、彼女が残した言葉はこれだけではなかった。部屋の壁と床、それらの一面にメアリーの悲痛な叫びが綴られていた。


 ここから出して。

 アレク、ごめんなさい。

 わたしは貴方たちを許さない。

 エドガーに会いたい。

 女神様、申し訳ありません。

 わたしたちの大きな過ち。どうすれば(ゆる)されるの?

 お願い、誰かわたしの話を聞いて。

 わたしに聖女の失格はない。

 こんな世界、壊れてしまえばいい。

 貴方たちは、こんなことをして死後堂々と女神様に会えるの?


 憎悪の他に後悔や悲しみ。それに仲間や女神への懺悔。一つ一つ読んでみると、そんな言葉が幾つも並べられていた。


 メアリーが深く心を病んでいたのは明白だった。彼女が綴った言葉を読めば読むほど、いたたまれない気持ちになった。人間は何故ここまで残酷になれるのだろうと心底疑問に思ってしまった。


「大丈夫?」


 エルミアが心配そうに訊ねてくる。

 きっとこの部屋に残留する思念が僕に悪影響を及ぼしていないか心配してくれたのだろう。


「大丈夫。別に彼女のマナを受け取ったわけじゃないからね」

「そう。でも、一部の文字には魔力が残留しているみたいだし、迂闊に触らないでね」

「えっ?」


 エルミアに指摘され、僕は文字を注意深く見てみる。すると、確かに一部の文字に微かな魔力が残留していた。エルミアのように魔力に敏感な者でなければ気づかないほど、微かな量であるが。


 偶然?

 それとも何か意味がある?

 そもそも心を病んでいる人間が暗号を使ってメッセージを送ってくるだろうか?

 彼女は正気だったのではないだろうか? 

 この嘆きの数々は別の何かを隠しているのではないだろうか?

 そんな疑問が次々と頭に浮かんでくる。

 僕は試しに魔力が残留する文字に手を伸ばしてみた。


「ちょっ!」


 エルミアが慌てた様子で声を上げた。


「大丈夫。このくらいの魔力なら例え思念が残っていても問題ないよ」


 僕はそう言って文字に触れた。

 その瞬間、何かのスイッチが入ったように魔力が残留していた文字が光だした。そして、その光は部屋の天井に集まり、一つの文章が綴られた。


 “大聖堂にある女神像を壊して”


 淡い緑色の光で確かにそう書かれていた。

 緑色の魔力は、風魔法を主体とするエルフの特性だ。今の僕はエルミアからマナの提供を受けている。おそらくこのメッセージは彼女の、エルフの魔力に反応して発動したのだろう。


「これって?」


 エルミアが天井を見上げて眉を顰める。


「うん。どうやらエドラヒルさん宛の、いや、彼の子孫に宛てたメッセージみたい」


 触れた魔力には僅かだがメアリーの思念が残っていた。それは『エドラヒルなら、あるいは彼の子孫なら、きっと見つけてくれる』という願いのようなものだった。


「聖女メアリーは心を壊したりなんかしていなかった。多分その振りをして周囲に憎悪を見せつけたんだ。聖女の呪いという恐れを皆に植え付けるために」

「どうしてそんなことを?」


 エルミアは訝しげな表情で首を傾げた。

 

「このメッセージを未来に届けるためだよ。彼女の強い憎しみを目の当たりにしていたからこそ、彼女の死後、呪われるのではないか、祟られるのではないかという恐れが生まれた。その結果、災いを恐れて誰もこの建物を壊すことができなかった」

「メアリーの怨念を恐れたってこと? 神罰は恐れないのに?」


 僕は不思議そうな顔をするエルミアに苦笑いする。

 教会は女神の意思に背き続けている。自分たちが信仰する神を軽んじているのに、一人の女性の怨念に怯えるのは確かに滑稽かもしれない。


「まあ、とにかく彼女の願いを叶えてあげないとね。世界を救った者たちの結末がこんなでは報われない」


◇◇◇


 エルミア曰く、ここの大聖堂は都を覆う結界を作る一つの大きな魔道具だという。祭壇にある女神像はその核となっているらしい。


 勿論、その女神像を壊せば結界は消える。ただそれは一般的な都市と同じになるということだけなので、止めるつもりはない。それにここには教会を守護する聖騎士が何人も控えている。万が一魔物が侵入しても彼らが何とかするはずだ。


(街が落ち着くまでは、僕たちも貴方たちを守る。だからどうか許して欲しい) 


 僕は心の中でこの街の住人に謝罪しながら鞘から剣を抜いた。


 夕暮れ時、僕とエルミアは懲罰塔の天辺にいた。

 視線の先にあるのは、夕陽に照らされた大聖堂。僕たちは日が沈む瞬間を待って、じっとその厳かな建物見つめていた。


「結局、警備兵の数はいつもと変わらなそうね。もっと会議の方に人員が割かれると思ってたけど」


 エルミアは準備運動をしながら言う。


「でも、聖騎士の多くは会議に来ている幹部たちの護衛についているはずだよ。彼らが分散しているだけでもありがたい」


 女神像を破壊するだけならば、それほど難しくはない。ただ誰も血を流さずにとなると、難易度は数段上がる。しかも、相手がそれなりの使い手で複数となると尚更だ。だからこそ、聖騎士が分散するとみられるこの機会を狙ったのだ。


「いつも通り僕が進路を切り開くから背中は任せた」

「了解」


 エルミアが返事をした直後、辺りは暗闇に染まった。

 その瞬間、彼女の風魔法で大聖堂の屋根に飛び移る。そして近くの窓を蹴り破って内部に侵入した。

 二人は中央の吹き抜けから降り立つと、そのまま一気に女神像を破壊するつもりだった。だが、そこには想定外の光景が広がっていた。何人もの聖騎士が祭壇の前で待ち受けていたのだ。その後ろには位の高そうな神官たちも控えていた。


「待っていたぞ」


 初老の男が一段高くなった祭壇の中央で勝ち誇った笑みを浮かべていた。

 神官たちの中でも一際派手な祭服を着ている。おそらく彼が教会のトップ、つまり教皇とみて間違いないだろう。


「あらら。お出迎えされちゃったね」


 エルミアがやれやれといった感じでため息を吐く。


「何処からか情報が漏れてたのかな? でも、僕たちが来るとわかっていたのなら何で懲罰塔の方にも警備を置かなかったのだろう?」

「あの人たちも聖女メアリーの遺産を探しているんじゃないかな? でも、自分たちでは見つけることができなかった。だから、あえてわたしたちを泳がせたのかも。あのメッセージってエルフの魔力でないと起動しないのでしょう?」

「ああ、なるほど」


 聖女の遺産は彼らにとって不利益になる物の可能性が高い。できるなら放置せず内容を把握した上で処分したいと考えるは当然だろう。


「どうやら遺産の隠し場所を知っているようだな。我々に献上するならば、その罪を軽くしてやらんでもないぞ」


 教皇は顎髭を擦りながら言う。


「そっ。じゃあ、遠慮なく」


 僕は剣を構えると、男の背後にある女神像に向けて斬撃を飛ばした。しかし教皇を狙ったと思われたのか、それは大きな盾を持った聖騎士によって受け止められてしまう。


「何のつもりだ?」


 教皇が睨んでくる。


「そこの女神像を壊せというのが聖女の遺言だからさ。多分、聖女メアリーはこの大聖堂という魔道具自体に何か仕掛けをしたんだ。その仕掛けこそ聖女の遺産。お望み通り献上してあげるから邪魔しないでくれるかな」


 聖女メアリーは結界の維持を条件にここでの祈りを許されていた。そのとき、大聖堂の術式を少しずついじって別の魔法を組み込んだ。これが僕とエルミアの見解だ。

 都全体を覆う巨大な結界。それを利用して彼女が何をしようとしているかはわからない。ただそれは教会を正そうとした彼女が生涯をかけて周囲を騙し、秘密裏に仕組んだもの。教会の闇を照らす光になることは間違いないはずだ。


「女神に仕えし騎士たちよ! 女神像を何としても守れ! そして、女神に仇なす愚者共を排除しろ!」

「はっ!」


 教皇の指示の下、前方にいた聖騎士たちが一斉に襲いかかってきた。


「こうなってしまった以上、相手の命より自分の命が優先だからね! いいわね!?」

「うん!」


 僕は覚悟を決めて剣を強く握りしめる。


(大丈夫だよ。今は何が大切かわかっているから)


 僕の甘さを案じるエルミアに対して、僕は心の中でそう呟くと、向かってきた聖騎士の一人を斬り伏せた。


 そこからは無心で聖騎士たちを無力化した。ただ前だけを見据えて、手に残る嫌な感触を誤魔化しながら剣を振った。次第に強くなる血の臭いに吐き気も感じたが、それも我慢して戦い続けた。

 だけど、女神像の傍までたどり着いたときだった。神官の一人が一歩前へ出て僕たちを呼び止めた。

 横目で見ると、その神官の前には両膝をついた若い男の姿があった。彼は僕たちに協力してくれている商会の会頭の息子だった。


「そこまでだ! こいつがどうなってもいいのか!?」


 神官は会頭の息子の首筋にナイフを添えて叫ぶ。


「女神の前でよくそんな大それたことできるわね。あなたたち、本当に女神を信仰しているの?」


 エルミアは呆れた口調でそう言うと、風魔法で突風を起こして神官の体勢を崩した。彼女はその隙を突いて難なく会頭の息子を救い出した。


「大丈夫?」 


 エルミアは会頭の息子に優しく話しかける。


「ええ。ありがとうございます」


 礼を言う会頭の息子。何故かその右手には血塗られたナイフが握られていた。


「えっ?」


 呆けるエルミア。よく見ると彼女の脇腹が血に染まっていた。

 彼女は自身の傷を認識すると同時に、フッと意識を失って前に倒れ込む。


「エルミア!」


 僕は慌てて彼女に駆け寄った。


「父を謀る悪魔共め!」 


 彼女の下へ向かう途中、会頭の息子がそんな言葉を叫んで突っ込んできたが、気づいたときには殴り飛ばしていた。


 僕は何とか彼女が床に叩きつけられる前にその身体を受け止める。そしてすぐに持っていた回復薬を傷口にかけた。しかし、その効果が発揮されることはなかった。

 焦った僕は次にあまり得意でない神聖魔法で回復を試みる。だけどそれもうまく発動しなかった。傷が深くて回復効果よりも命を削るスピードの方が速いだ。


(くっ! どうすれば)


 焦りで鼓動が速くなる。僕はダメ元でもう一度回復薬を傷口にかけてみたが、やはり効果はなかった。


「無駄だ。あやつのナイフには致死性の猛毒が塗ってあった。その程度の治癒魔法では助からんよ」


 そう言って、教皇は愉快そうに笑う。


「……黙れ」


 僕の中にドス黒い感情が込み上げてくる。それは体内にあるエルミアから受け取ったマナを黒く染めていった。

 エルミアが与えてくれるマナは、何の感情にも染まっていないとても無垢なものだった。彼女は僕が僕でいられるように常にそんなマナを与えてくれた。ゆえに、この抑えきれない破壊衝動は僕の感情によって引き起こされているものだ。


 僕の怒りが教会を潰そうとしている。

 僕の憎しみがこの聖都を滅ぼそうとしている。

 君の綺麗なマナをこんなことに使ってしまうのは気が引けるけど、どうか大目に見てほしい。

 彼らをここで殺さないと僕は僕を許せそうにないから。

 だから、だから君の力を……。

 僕はエルミアに懺悔しながら闇の中に堕ちていく。

 そのときだった。

 心に彼女の声が響いた。


『ダメ。許さない』


 黒い感情が一気に押し流されていく。

 白い何かが一瞬で僕の心を洗った。

 我に返った僕は、腕に抱いたエルミアからマナが流れ込んでいることに気づいた。


「意識もないのに……」


 僕は愛しさのあまり彼女を抱きしめる。そして心の底からエルミアを連れて行かないでと大いなる存在に願った。


「悪いがあの世で仲良くやってくれ!」


 神官を守っていた聖騎士の一人が、隙だらけの僕を狙って背後から迫ってくる。

 悲しみに打ちひしがれていた僕は、あまりに無防備だった。だから振り下ろされた大剣への対処が遅れた。


(ダメだ。間に合わない……)


 躱しきれないことを悟った僕は、死を覚悟する。

 そのときだった。突如金色の光が僕たちを包み込んでその刃を弾いた。


「「「「「なっ!」」」」」


 一斉に驚く神官と聖騎士たち。

 彼らの顔が一瞬で青ざめていく。


 金色の魔力は女神の祝福を受けた証だ。

 今それが僕に発現したということは、女神が彼らを自身に仇なす者とみなしたことになる。

 ここまで静観を続けてきた女神が、ついに教会を罰しようとしているのだ。彼らの顔が青ざめるのも無理はない。 


(役目を果たせということか……)


 僕は自身が纏う金色の光を見てそう直感した。すると、金色の光は「そうだ」と言わんばかりに僕の前方に集まり剣へと姿を変えた。

 僕は聖剣と思われるその剣を手に取り、ゆっくりと立ち上がる。そして神官たちを見据えた。彼らは僕を、いや、聖剣を見て「ヒィ!」と悲鳴をあげていた。


「今さら女神を恐れるの?」


 僕は女神に怯える彼らを見て呆れるよりも哀れみを覚えた。


「あなたたちを裁くのは女神でも僕でもない。聖女メアリーの執念だ!」


 僕はそう言って女神像を目掛けて聖剣を振るった。そこから生まれた斬撃は黄金の閃光となり、女神像の前にいた神官や聖騎士を弾き飛ばして、さらに女神像を粉砕した。

 その瞬間、大聖堂全体が白い輝きに包まれた。そしてパリンっと硝子が割れるような音が響くと、膨張する白い光が弾けた。


 最初は結界が壊れたのだと思った。しかし、それだけではなかった。弾けた結界の破片が金色の光の粒となり、宙に舞っていた。


 金色の光の粒は、聖女メアリーの想いと冒険の記憶が詰め込まれていた。光に触れた瞬間、それらが頭の中に流れ込んでくる。

 当然、その中には彼女の仲間の姿があった。

 率先してパーティの先頭に立ち、身を盾にして仲間を守る聖騎士。小さな身体で巨大な魔物を倒す勇敢で屈強なドワーフの戦士。あらゆる魔法を扱い、攻守の要として躍動するエルフの賢者。そして、女神から授かった圧倒的な力で敵をなぎ倒す涸れ人の勇者の姿がそこにあった。その記憶はまさに聖女を含めた五人の冒険譚、いや、歴史に名を刻まれることのなかった勇者の英雄譚だった。


(これが聖女メアリーが未来へ残したかったもの……)


 この記憶は勇者アレクの存在を指し示すだけではなかった。彼が紛れもなく自分たちの仲間であったことを伝えようとしていた。それが伝わってくるほど、彼らの結末を思うと歯痒くなった。


「どうして……」

 

 僕は自身とアレクを重ね合わせ、その残酷な運命を嘆く。

 しかし、その嘆きを掻き消すように背中から聞き慣れた声が聞こえた。


「あれ? これってメアリーの記憶?」

「え?」


 僕はまさかと思いながら後ろを振り向く。すると、そこには戸惑いの表情を浮かべながら上半身を起こそうとするエルミアの姿があった。


「エルミア?」


 自然と涙が溢れ出してくる。


「何よ。死人が生き返ったような顔をして」


 エルミアは泣いている僕を見てクスッと笑う。


「人の気も知らないで」


 僕はわざとらしく拗ねた振りをしてから彼女に抱きついた。


「ちょっ! こ、こういうのは段階を踏んでからでないと……」


 エルミアは顔を真っ赤しながら口ごもる。


 彼女の脇腹を確認すると、何もなかったように傷が消えていた。彼女だけではない。僕たちが無力化したはずの聖騎士たちも困惑しながら起き上がっていた。どうやらこの金色の光が皆の傷を癒したようだ。エルミアの毒も消えているので、状態異常や病にも作用したとみていいだろう。


 女神が起こした奇跡。


 この現象を目の当たりにすれば誰もがそう思うはずだ。

 金色の光が結界の破片を利用しているとしたら、聖都で暮らす多くの者が今この奇跡を体験していることになる。この規模ではもう教会による情報統制は効かないだろう。瞬く間にこの奇跡は世界を駆け巡るはずだ。名もなき勇者の英雄譚と共に。


 こうなった以上、教会はアレクの存在を否定できないだろう。ただでさえ、教会への信頼が揺らいでいる状況だ。女神が起こした奇跡を否定すればそれこそ教会への疑念がさらに深まる。そもそも勇者の隠匿と聖女を(ないがし)ろにしたことが明らかになった時点で、教会組織の立て直しは決定的だが……。


 僕は絶望した顔で頭を抱えている教皇を見る。周りの神官たちも項垂(うなだ)れていた。きっと彼らはこれから民衆によって断罪されるだろう。わざわざ僕たちが手を下すまでもない。


 決して彼らだけが悪いわけではない。教会はもう三百年以上前から腐敗していた。その罪をすべて彼らに背負わせるのは酷かもしれないが、誰かがその責任をとらなければ先に進むことができないのもまた事実。こればかりは仕方ない。それに彼らはこうなる前に自ら教会を正すこともできたはずだ。特に各国で革命運動が起きた時点で、教会の罪を告発していれば民衆の見方も違ったものになったかもしれない。見通しが甘かったのだ。


「終わったね」


 エルミアが隣で感慨深そうに呟く。


「うん。これで僕のお役目も終わりかな?」


 僕は肩を竦めて(おど)けてみせる。


「まだよ。あとはあなたが幸せにならないと。そうしないとあなたの物語は終わらない」

「何それ。君はどうしたら満足するのさ」 

「それはあなたが考えてよ」


 エルミアは少し拗ねた感じでそう言う。


 突如追加された難題。どうやら僕の英雄譚とやらは、それを解かないと終わらないようだ。


◇◇◇


 名もなき勇者の英雄譚。

 何処から来たかもわからない吟遊詩人が、街の広場でそんな詩を歌っていた。その語りと演奏に魅せられ、多くの人が彼を取り囲んでいる。


 彼が演奏を終えると、小さな女の子が傍にやって来た。


「ねえ、勇者様はそのあとどうなったの?」


 少女は大きな瞳を輝かせて訊ねてくる。


「勿論、幸せに暮らしたよ」


 吟遊詩人は少女に微笑んだ。

 すると、少女は不思議そうに首を傾げて、もう一度確認してくる。


「本当に?」

「うん。本当。僕が言うのだから間違いない」


 吟遊詩人は目配せをしながらそう答えて、尖った耳をピクッと動かした。

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素直になれない聖女様とマイペースな勇者様のイチャイチャ話(短編)

【物憂げな聖女様の影には恋路を邪魔する悪魔が住んでいる】

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