9-4:帝都への凱旋と『招かれざる客』
クイーンとの戦闘は、熾烈を極めた。その巨体から繰り出されるレーザー掃射、物理的な触手による攻撃は、ガーディアン戦以上の脅威だった。
だが、アストレアたちも、ただの寄せ集めではなかった。彼らは、この短い期間に、互いの能力を理解し、信頼し合う、真の「パーティー」へと成長していたのだ。
アレクシスの剣がクイーンの触手を切り払い、セバスチャンのプラズマキャノンがその巨体にダメージを与え、スパイクのハッキングがクイーンの動きを一瞬止め、エララがその隙に弱点の位置を特定する。
そして、最後は、アストレア自身だった。
「シビュラ! 動力炉の制御、奪える!?」
『可能デス、マスター! クイーンハ、動力炉ト直結シテイマス! 炉ヲオーバーロードサセ…』
「させるわ! 私のインターフェイスと同期して! 最大出力で!」
アストレアは、自らのインターフェイスを、ステーションの動力炉制御システムに直接接続した。彼女の脳内に、膨大なエネルギーの流れが流れ込んでくる。
(…ゲームでやった、オーバーロード戦術よ…!)
「ううう…!」
凄まじい負荷に、アストレアの鼻から血が流れる。だが、彼女は決して接続を解除しなかった。
クイーンが、異常を察知し、アストレアに向かって最後の攻撃を放とうとした、その瞬間。
動力炉が、臨界点を超えた。
キィィィィン!
ステーション全体が、耳をつんざくような高周波を発する。クイーンの巨体が、内部から溢れ出すエネルギーに耐えきれず、まるで風船のように膨張し…
そして、閃光と共に、跡形もなく消滅した。
『…クイーン個体ノ消滅ヲ確認。残存スル全スクラッパー個体、機能ヲ停止シマス』
シビュラの冷静な声が、静まり返ったコントロールルームに響いた。
「…やった…のね…」
アストレアは、その場に崩れ落ちた。セバスチャンとアレクシスが、慌てて彼女を支える。
「アストレア卿! 無事か!?」
「…ええ。少し、脳(CPU)を使いすぎただけよ…」
彼女は、疲労困憊だったが、その顔には確かな達成感が浮かんでいた。
【サブクエスト達成:『ステーションの浄化』】
【報酬:ナノマシン量産ラインの完全稼働、技術【対機械戦闘術(Lv.1)】のアンロック】
ナノマシン量産ラインは、エララの狂気的なまでの集中力によって、数時間後には完全に再起動された。鹵獲したスクラッパーのコアプログラムは、エレボスに新たな「自律型ドローン戦力」をもたらす礎となった。
そして、量産されたナノマシン治療薬は、『ムーンダンサー』によってエレボスへと届けられ、疫病『ブルースケイル』は、発生からわずか数日で、奇跡的な終息を迎えたのだった。
【メインクエスト達成:『医療革命』】
【報酬:技術【高度ナノマシン工学】、研究ポイントx3000、エレボス領民(獣人族)忠誠度+100(絶対的崇拝)】
この「エレボスの奇跡」の報は、アレクシスからの(極秘の)報告によって、即座に皇帝陛下の耳にも届いていた。
皇帝は、驚愕すると同時に、自らの「賭け」が、想像以上の結果をもたらしたことに、深い満足感を覚えていた。
「…見事だ、アストレア。ユリウスには、百万年かかっても出来ぬことを、あの娘は、あのゴミ捨て場で成し遂げた…」
皇帝は、側近に命じた。
「帝国建国記念式典まで、あと一月。エレボス領主、アストレア・フォン・ヒンメルに、正式な招待状を送れ。…いや、招待状ではない。『凱旋命令』だ。彼女には、最新鋭の巡洋艦を一隻、褒賞として与える。それに乗って、帝都へ来るように、と」
皇帝の意図は、明確だった。アストレアの功績を、帝国の全貴族の前で公表し、彼女を次世代の帝国の「希望」として、華々しくデビューさせるつもりだったのだ。同時に、それは、ヴォルコフ辺境伯に対する、強烈な「牽制」でもあった。
その招待状(凱旋命令)は、エレボスが平穏を取り戻した数日後、アレクシスの手によって、アストレアにもたらされた。
「…帝都へ…凱旋…?」
アストレアは、その命令書を手に、複雑な表情を浮かべていた。
(…ついに、この時が来たのね。ユリウスとロゼッタへの、『ざまぁ』の舞台が)
正直、彼女はもう、彼らのことなどどうでもよくなりつつあった。帝都の窮屈な貴族社会よりも、このエレボスで、仲間たちと共に領地を発展させていく「ゲーム」の方が、遥かに楽しかったからだ。
だが、皇帝命令は絶対だ。それに、ヴォルコフという脅威が残っている以上、帝都での「政治的な勝利」も、無視はできない。
「…行くわ。帝都へ」
アストレアは、決断した。
「セバスチャン、K'サル、エララ、スパイク。あなたたちも一緒に来てもらうわよ。私の、大切な『仲間』としてね」
「御意に」
「光栄ダ、領主様」
「帝都見物! 面白そうじゃない!」
「へいへい。ボスのお守りなら、どこへでも」
アレクシスも、静かに言った。
「私も、ヴァイス家の代表として、式典には出席する。…帝都で、待っている」
彼の瞳には、アストレアへの、隠しきれない熱い想いが宿っていた。
【アレクシス・フォン・ヴァイス:忠誠度:+100(忠誠、及び、恋愛感情)】
(…だから、恋愛フラグはいいって…)
アストレアは、内心で溜息をつきながらも、帝都への「凱旋」の準備を始めた。皇帝から与えられた最新鋭巡洋艦――アストレアは、それを『ミネルヴァ』と命名した――は、エレボスで開発された最新技術(エララの魔改造と、アカシック・レコードの遺産)によって、さらに強化されていた。
一月後。
帝都セントラル・プライム。インペリアルパレスの、あの「星々のテラス」は、建国記念式典のために、かつてないほどの華やかさに包まれていた。
銀河中の有力貴族が集い、皇帝陛下の入場を待っている。その中に、アレクシスの姿もあった。彼は、アストレアがいつ現れるのかと、落ち着かない様子で入り口の方を気にしていた。
やがて、式典の開始を告げるファンファーレが鳴り響き、皇帝陛下が玉座に着座した。
そして、侍従長が、高らかに告げた。
「――エレボス領主、アストレア・フォン・ヒンメル公爵令嬢、陛下にご挨拶!」
広間の巨大な扉が、ゆっくりと開かれた。
そこに立っていたのは、数ヶ月前、ここを追放された時とは、まるで別人のような姿のアストレアだった。
彼女が纏っていたのは、エレボスで発見された『超伝導金属』を織り込んだ、銀河の星々のように輝く、最新のデザインのドレス。その白銀の髪は、高貴なティアラで飾られ、深い青の瞳は、以前にも増して、自信と威厳に満ち溢れていた。
だが、人々が最も驚いたのは、彼女が一人ではなかったことだ。
彼女の右脇には、最新鋭の軍用サイバネティクス義手を装着した、威厳ある老執事。
左脇には、帝国の公式な場にはそぐわない、しかし、その野性的な魅力で目を引く、狼の獣人族の族長(K'サル)が、胸を張って立っていた。
その後ろには、不敵な笑みを浮かべた、元エースパイロット(スパイク)。
そして、興味深そうに周囲を見回す、銀髪のエルフ風の美女。
彼らは、アストレアの「領民」であり、「仲間」だった。アストレアは、彼らを従え、まるで女王のように、広間の中心へと、ゆっくりと歩を進めていく。
貴族たちが、息をのんで道を開ける。嘲笑や侮蔑の視線は、どこにもなかった。あるのは、驚愕と、畏怖と、そして、抑えきれない好奇心だけだった。
アストレアは、玉座の前まで進むと、完璧なカーテシーと共に、皇帝に挨拶した。
「皇帝陛下。辺境の地より、ただいま帰還いたしました」
その声は、銀鈴のように美しく、そして、銀河の未来を担う者の、確かな力強さに満ちていた。
皇帝は、満足げに頷いた。
「うむ。長旅、ご苦労であった、アストレアよ。貴殿の功績、しかと聞き届けておるぞ」
皇帝が、アストレアの功績――食糧安定供給、疫病の克服(ナノマシン医療)、そして古代文明の遺産の発見――を、公に称賛しようとした、その時だった。
「お待ちください、陛下!」
広間の入り口から、衛兵の制止を振り切って、一人の男が駆け込んできた。
その男の姿を見て、広間は再び、どよめきに包まれた。
みすぼらしい、時代遅れの貴族服。やつれた顔。虚な目。それは、数ヶ月前まで、この国の次期皇帝と目されていた男――元皇太子、ユリウスの、見る影もない姿だった。
「辺境大公(元皇太子)ユリウス様が、陛下に陳情に…!」
衛兵の悲鳴のような声が、広間に響き渡った。
アストレアの「凱旋」の舞台に、最も招かれざる「客」が、乱入してきたのだ。




