8-4:『遺産』の代償と帝都の激震
『……排除シマス……』
ガーディアンの無慈悲な宣告と共に、その両肩のフェイズキャノンが火を噴いた。青白いエネルギーの奔流が、セバスチャンとアレクシスが展開した、かろうじて間に合わせた簡易的なエネルギーシールド(セバスチャンの装備)と、アレクシスの剣技によるパリィ(エネルギーを剣で受け流す高等技術)を、いとも簡単に貫通し、通路の壁に着弾する。
ドゴォォォン!
凄まじい爆発と衝撃波が、狭い通路を襲った。
「ぐっ…!」
アレクシスは壁に叩きつけられ、セバスチャンはシールドを展開していた右腕が、肘から先が融解するように吹き飛んでいた。
「セバスチャン!」
アストレアが叫ぶ。
「問題…ありま…せん…!」老執事は、片腕を失いながらも、即座に体勢を立て直し、左腕の簡易レーザーガンをガーディアンに向けて連射する。だが、その光弾は、ガーディアンの未知の金属装甲に、傷一つ付けることができない。
「ダメだ! 装甲が硬すぎる!」アレクシスも、体勢を立て直しながら叫んだ。「弱点が見えない限り、ジリ貧だ!」
「弱点…弱点…!」アストレアは、インターフェイスの解析結果を必死で見つめていた。【弱点:不明】の文字が、絶望的に点滅している。
(ゲームなら、必ず『攻略法』があるはず…! 何か…何か、ヒントは…!)
彼女の視線が、ガーディアンの足元――床に刻まれた、複雑な幾何学模様のラインに止まった。そのラインは、ガーディアンの足元から、通路の壁面へと、エネルギーケーブルのように繋がっている。
(…あれは…エネルギー供給ライン!? 本体は無敵でも、外部からのエネルギー供給を断てば…!)
アストレアは、即座に結論に達した。
「アレクシス卿! セバスチャン! あの機械の足元を見て! 床のライン! あれが動力源よ! ラインを断ち切れば、動きを止められるかもしれない!」
「なに!?」
二人は、アストレアが指差す先を見た。確かに、ガーディアンの足元から、壁面へと、光るラインが伸びている。
「だが、どうやって!? あのラインも、同じ装甲で守られているぞ!」
「一点だけ、露出している箇所があるわ!」アストレアは、インターフェイスの拡大図で、ラインが壁に接続される部分――ほんのわずかな隙間――を指し示した。「あそこを、ピンポイントで破壊すれば…!」
「無茶だ!」アレクシスが叫ぶ。「あの隙間に、この状況で、どうやって攻撃を…!」
「私がやるわ」
アストレアは、静かに言った。彼女は、護身用のレーザーピストルを、両手でしっかりと構え直していた。
「あなたたち二人が、あいつの注意を引きつけて。私が、あの接続部を撃つ。チャンスは一度きりよ」
「お嬢様!?」セバスチャンが悲鳴を上げる。「なりません! あなた様が前線に出るなど!」
「他に方法がないのよ!」アストレアは、有無を言わせぬ口調で言った。「これは『領主命令』よ。セバスチャン、アレクシス卿! 私のために、10秒稼いで!」
「…承知!」アレクシスは、覚悟を決めた顔で頷いた。「セバスチャン執事! 行くぞ!」
「御意にィィィ!」
片腕を失った老執事と、銀髪の貴公子が、死地へと躍り出た。セバスチャンは残った左腕でガーディアンの脚部に組み付き、その動きを封じようとする。アレクシスは、その隙に、神業的な剣技でガーディアンのセンサー部分を狙い、注意を引きつける。
ガーディアンは、鬱陶しげにドリルアームを振り回し、プラズマカッターで二人を薙ぎ払おうとする。激しい攻防が繰り広げられる中、アストレアは、通路の隅で、息を殺して狙いを定めていた。
(…落ち着いて。前世でやったFPSと同じよ。動くターゲットの、さらに小さな弱点を狙う…)
彼女のインターフェイスが、ターゲット(接続部の隙間)までの距離、角度、そしてガーディアンの動きを予測した偏差を計算し、照準の補助線を緑色で表示する。
(…今!)
アストレアは、引き金を引いた。
放たれたレーザーの細い光線は、激しい戦闘の合間を縫って、一直線に壁際の接続部へと吸い込まれていく。
シュン…
という、小さな音。
一瞬の静寂。
何も、起こらなかった。
「…ダメだったか…!」アレクシスが、絶望の声を上げる。
だが、アストレアは、確信していた。
「…いいえ。当たったわ」
その言葉と同時に。
ガ、ギ、ギ…
ガーディアンの動きが、不自然にぎこちなくなり始めた。その赤いモノアイが、激しく明滅を繰り返す。
『…エネルギー…キョウキュウ…テイシ…』
『…キンキュウ…バックアップ…モード…』
ガーディアンは、ゆっくりと動きを止め、その巨体を沈黙させた。
「…やった…!」
アストレアは、その場にへたり込んだ。全身から、どっと汗が噴き出す。
「お見事です、お嬢様…!」セバスチャンが、片腕を押さえながら駆け寄ってくる。
「…信じられん。本当に、やってのけるとは…」アレクシスも、呆然とした表情で、沈黙したガーディアンと、アストレアを交互に見比べていた。
三人は、沈黙したガーディアンの脇をすり抜け、固く閉ざされたデータベース区画のゲートへと向かった。
「問題は、ここからね。このゲートをどうやって開けるか…」
アストレアが、インターフェイスでゲートの構造をスキャンしようとした、その時だった。
『……生体認証ヲ、実行シマス……』
ゲートそのものから、声が響いた。そして、ゲートの中央部分が淡く光り、アストレアの手のひらをスキャンするかのような光線を放った。
『……認証…完了。マスター権限保有者ノ遺伝子情報ト、99.9%一致』
『ようこそ、マスター。長らくお待ちしておりました』
重厚なゲートが、音もなく左右にスライドして開いた。
「…は?」
アストレアは、呆然とした。なぜ、自分の遺伝子情報が、この古代文明のデータベースに?
ゲートの向こうには、広大な、光り輝く空間が広がっていた。壁一面が、ホログラムスクリーンで埋め尽くされ、膨大な情報が流れている。そして、その中央には、クリスタルのような素材で作られた、美しいコンソールが鎮座していた。
『当データベース『アカシック・レコード』ハ、貴女様ノ祖先――『最初の開拓者』ノ遺産デス』
ゲートの声(データベースの管理AIの声だろう)が、淡々と告げる。
『我々ハ、貴女様ノような『後継者』が現レルノヲ、永イ間、待ッテオリマシタ』
(私の…祖先…?)
アストレアの脳裏に、断片的な記憶が蘇る。ヒンメル公爵家に代々伝わる、古い言い伝え。『我々の祖先は、星々の海を渡り、この銀河に文明をもたらした』。それは、ただのおとぎ話だと思っていた。
(まさか…この星が、その『始まりの地』の一つだった…? そして、このデータベースは…?)
【メインクエスト更新:『古代文明の遺産』】
・古代データベース『アカシック・レコード』を発見セヨ (達成)
・データベースにアクセスし、疫病の治療法を入手セヨ (New)
【技術アンロック:【ナノマシン医療(Lv.1)】…自動習得】
【研究ポイント +5000】
「…すごい…」
アストレアは、目の前のコンソールに吸い寄せられるように近づいた。彼女が手を触れると、コンソールは彼女の思考を読み取るかのように、即座に【疫病】に関する情報を表示し始めた。
『検索…該当アリ。旧大戦時ニ開発サレタ、対異種族用遺伝子攻撃兵器『ブルースケイル』ノ変異株ト一致。…抗体ノ生成パターンヲ検索…該当アリ。ナノマシンによる治療プログラムヲ生成シマス』
数秒後。コンソールは、小さなカプセルを生成した。中には、銀色に輝く液体――ナノマシン治療薬が入っていた。
『コレヲ、感染者ニ投与スレバ、治療可能デス。量産ニハ、特殊ナ触媒ト培養施設ガ必要トナリマスガ…』
「…やった…! これで、ガロたちを助けられる…!」
アストレアは、カプセルを握りしめ、歓喜に打ち震えた。
その頃、帝都セントラル・プライムでは、別の「激震」が走っていた。
皇帝陛下の執務室。皇帝は、側近から提出された報告書を読み、深く、深く、溜息をついていた。
「…ユリウスの廃嫡、決定か」
「はっ。度重なる失策、特に今回の物流プロジェクトの完全な失敗による、帝国経済への甚大な損害…もはや、元老院も、民衆も、彼を次期皇帝とは認められませぬ」
報告書には、ユリウスが皇太子の地位を剥奪され、かつて彼がアストレアを追放した時と同じように、今度は自らが、帝国で最も貧しいとされる辺境星系(ロゼッタと共に)へ、「辺境大公」という名目だけの地位を与えられて左遷されることが、正式に決定された、と記されていた。
皮肉な運命の逆転だった。
「…陛下。これで、よろしかったので?」
側近が、恐る恐る尋ねる。アストレアをエレボスへ追放するという決定を、皇帝が(表向き)追認したことの真意を、彼は測りかねていた。
「…すべては、流れのままよ」皇帝は、窓の外に広がる銀河を見つめながら、呟いた。「あの娘が、あの『ゴミ捨て場』で何を成すか…あるいは、何も成せずに朽ちるか…」
皇帝の脳裏には、数週間前、アストレアが追放される直前に、極秘に交わした言葉が蘇っていた。
『アストレアよ。エレボスへ行くがよい。あそこには、お前を試す『何か』がある。もし、お前が真にヒンメルの血を引く者ならば、その試練を乗り越え、帝国の『未来』を掴み取るであろう』
それは、皇帝がアストレアに託した、最後の「賭け」だった。愚かな息子に見切りをつけ、帝国を救う可能性を、追放された令嬢に賭けたのだ。
そして今、その「賭け」が、皇帝の想像を遥かに超える形で、動き出そうとしていた。




