1-3:冷徹なる受諾
ユリウスは、震えるロゼッタを優しく抱き寄せ、広間にいるすべての人間を見渡しながら、宣告の言葉を紡ぎ始めた。その声は、若々しい怒りと、歴史的な瞬間に立ち会っているという自己陶酔に満ちていた。
「皆、静粛に! これより、皇太子ユリウス・フォン・ヴァルハイトの名において、裁きを下す!」
シン、と広間が静まり返る。誰もが固唾を飲んで、皇太子の次の一言を待っていた。アストレアだけが、まるで他人事のように、その光景を観察していた。
(断罪イベントか。よくあるパターンね。ここで感情的に反論しても、悪あがきと取られてマイナス評価にしかならない。最善手は、ダメージコントロールに徹し、次のフェーズに備えること)
彼女の思考は、もはや公爵令嬢のものではなく、難易度の高いシミュレーションゲームに挑むプレイヤーのそれだった。
ユリウスは、アストレアをまっすぐに見据え、憎悪を込めて言い放った。
「アストレア・フォン・ヒンメル! 貴様は、その嫉妬深さから、か弱き男爵令嬢であるロゼッタの命を奪おうとした! その罪は万死に値する! よって、この場を以て、貴様との婚約を破棄する!」
「婚約破棄」。
その言葉は、貴族社会に生きる令嬢にとって、社会的な死刑宣告に等しい。広間が大きくどよめき、アストレアに同情的だった者でさえ、憐れむような視線を向け始めた。だが、当のアストレアは、眉一つ動かさなかった。
ユリウスは、彼女の反応のなさに拍子抜けし、さらに怒りを増幅させた。彼はアストレアが泣き崩れ、許しを請う姿を想像していたのだ。その予想が外れたことで、彼の自尊心はさらに傷つけられた。
「それだけではない!」とユリウスは続けた。「貴様のような冷血な女を、帝都に置いておくことすら危険だ! 貴様には、帝国法に基づき、辺境惑星への追放を命じる!」
追放。婚約破棄に続く、さらなる厳罰だった。貴族たちは息をのんだ。いくらなんでも重すぎる処分だ。しかし、誰もそれを口には出せない。
「追放先は…そうだ、エレボスがいいだろう」
ユリウスは、意地の悪い笑みを浮かべた。
「帝国の『ゴミ捨て場』と名高い、あの未開の惑星エレボスだ。 罪人である貴様には、お似合いの場所だろう。そこで、名ばかりの領主として一生を過ごすがいい!」
エレボス。その名が出た瞬間、広間には侮蔑と嘲笑の空気が満ちた。過去の星間戦争で破壊され、今は帝国中から集められた宇宙船の残骸や産業廃棄物が投棄されるだけの、忘れられた星。そこへ追放されるということは、事実上の流刑であり、貴族としての人生の完全な終わりを意味していた。
ロゼッタが、ユリウスの腕の中で「まあ、そこまでなさらなくても…」と形ばかりの慈悲を見せる。そのあざとさに、アストレアは内心で冷たい笑みを浮かべた。
すべての視線がアストレアに集中する。彼女がどう反応するのか。泣き叫ぶのか、それとも呪いの言葉を吐くのか。
しかし、アストレアの反応は、すべての者の予想を裏切るものだった。
彼女は、背筋を伸ばし、完璧な貴婦人の作法で、ゆっくりとスカートの裾をつまんで一礼した。その動きには、一片の乱れもなかった。
そして、顔を上げると、鈴の鳴るような、しかし感情の温度が全く感じられない声で、はっきりとこう言った。
「――承知いたしました」
たった一言。反論も、弁解も、命乞いもなかった。ただ、事実として決定を受け入れるという、あまりにも淡々とした返答。
その態度が、ユリウスの怒りを沸点にまで到達させた。
「なっ…貴様、この期に及んで、私を愚弄するのか!」
「いいえ、殿下。皇太子殿下のご裁断ですもの。謹んでお受けいたしますわ」
アストレアは、再び完璧な一礼をすると、くるりと背を向けた。まるで、ディナーの席を中座するかのような、ごく自然な動きで。彼女は、もうユリウスにも、ロゼッタにも、この広間の誰にも興味がないと、その背中で語っていた。
大衆の前で断罪し、婚約を破棄し、最も過酷な追放先を言い渡したというのに、アストレアからは一切のダメージが見受けられない。それどころか、まるでユリウスの方が道化であるかのようにすら見える。その事実が、ユリウスのプライドをズタズタに引き裂いた。だが、彼が何か言う前に、アストレアはもう広間の出口へと向かって歩き出していた。
モーゼの十戒のように、貴族たちの人垣が左右に割れて道を開ける。誰もが、この異常な状況に声も出せず、ただ静かに、たった一人で処刑台から歩み去るかのような公爵令嬢の後ろ姿を見送るだけだった。




