6-4:帝都の噂と『監視者』の便り
「いやあ、助かりやした、アストレア様! この礼は、必ず!」
数日後。エレボスで手に入れた資材を使い、セバスチャンと獣人たちが建設した【自動採掘ドローン】と【簡易精錬炉】は、フル稼働を始めていた。
『アルゴス』の船倉は、マルコが「修理代」として置いていった【汎用資材x1000】と、いくつかの【中古工業機械】で満たされていた。
そして、マルコの船倉には、アストレアが「お礼」として渡した、高純度レアメタル(インゴット)と、スター・コーンが、厳重に隠されて積まれていた。
「次に来る時は、医療品と、あと『酒』を頼むぜ、マルコ!」
すっかり元気になったスパイクが、肩を組むようにして、マルコに声をかける。この数日間で、スパイクとマルコは、似たもの同士(荒くれ者)として意気投合していた。
「へへっ、任せときな。次は、とびっきりのヤツを持ってきてやるよ」
マルコは、アストレアに向き直り、深々と頭を下げた。
「アストレア様。あんたは、とんでもねえ『領主』だ。こんなゴミ捨て場を、黄金郷に変えちまうかもしれねえ。このマルコ、あんたの『商売』に、命を賭けさせてもらいやす」
「ええ、期待しているわ、マルコ。秘密の『航路』、くれぐれも気をつけて」
マルコの『アルゴス』が、灰色の空へと飛び立ち、ワープアウトしていくのを、アストレアは見送った。
「…行ったか」
スパイクが、アストレアの隣でタバコ(貴重な嗜好品だ)に火をつけようとして、アストレアの冷たい視線に気づき、慌てて引っ込めた。
「…なあ、ボス。あんた、最初からこうなることが分かってたのか?」
「さあ? 『ゲーム』には、時々、こういう『救済イベント』が用意されているものよ」
アストレアは、そう言って、管理棟に戻ろうとした。
だが、マルコが去り際に、スパイクにだけ耳打ちしていた、ある「噂」が、彼女の頭に引っかかっていた。
(…ユリウス皇太子が、物流プロジェクトで大失敗…? 帝国中央の物流が麻痺しかけている…?)
マルコは、アストレア本人には、その「元婚約者」の失態を伝えるのを、さすがに憚ったのだろう。だが、スパイクは、アストレアとユリウスの事情など知る由もなく、先ほど、マルコから聞いた「面白い噂話」として、アストレアに報告していた。
(物流の麻痺。食糧価格の高騰…)
アストレアの脳が、即座にシミュレーションを開始する。
(これは…チャンスだわ。私たちが生産する『スター・コーン』の価値が、相対的に、爆発的に上昇する。ヴォルコフの妨害があっても、マルコは、より大きな利益を求めて、この星に来ざるを得なくなる)
「ざまあみろ」という感情が、一瞬だけ、胸をよぎった。自分を捨てた男が、愚かな失策で勝手に没落していく。
だが、アストレアは、すぐにその感情を打ち消した。
(違う。喜んでいる場合じゃない。帝国中央が混乱すれば、ヴォルコフのような辺境伯の力は、相対的に増大する。中央の目が行き届かなくなったのをいいことに、彼は、より強引に、この星を奪いに来るわ)
勝利の余韻と、元婚約者の没落の報せ。そのどちらもが、アストレアにとっては、次なる「危機」の予兆でしかなかった。
彼女が、領地の守りを固めるため、ユニット・ゼロに新たな指示を出そうとした、その時だった。
『…リョウシュ』
ユニット・ゼロの、平坦な声が響いた。
『軌道上ヨリ、公式ナ通信要請ガ入電シテイマス』
「!?」
アストレアは、反射的にメインスクリーンを見た。マルコが去ったばかりの軌道上に、新たな艦影がワープアウトしてきていた。
海賊船ではない。マルコの輸送船でもない。
それは、第5章の戦闘の最後に見た、あの、純白の流線形をした、美しいフリゲート艦だった。
【所属:ヴァイス子爵家 旗艦『シュヴァルツヴァルト』】
「…アレクシス・フォン・ヴァイス…!」
あの「監視者」が、なぜ、今になって、公式に?
『通信ヲ、受諾シマスカ?』
「…ええ。繋ぎなさい」
アストレアは、ゴクリと息を飲んだ。海賊との物理的な戦闘とは違う、貴族同士の、腹の探り合い(ネゴシエーション)。彼女が帝都で最も得意とし、そして最も嫌っていた「ゲーム」の始まりだった。
スクリーンに、ノイズが走り、やがて、完璧な貴族の軍服に身を包んだ、銀髪の貴公子の姿が映し出された。
アレクシス・フォン・ヴァイス。
彼は、ホログラム越しに、アストレアの姿――帝都のドレスではなく、薄汚れた防護服(今はヘルメットを脱いでいる)を着た彼女の姿を、その無表情な瞳で、じっと見つめていた。
そして、完璧な発音の帝国共通語で、こう切り出した。
『――我が父、ヴァイス子爵からの、公式な使者として通信している。アストレア・フォン・ヒンメル卿』
あえて、追放された令嬢ではなく、「卿」と、領主に対する敬称を使った。
『先日の、貴殿の領宙で発生した、『海賊騒ぎ』について…いくつか、公式に、伺いたいことがある』
その瞳は、彼女の「狂気的」な戦術の、すべてを知っていると、雄弁に物語っていた。




