6-3:商人(マルコ)との交渉と秘密の航路
数時間後。エレボスの簡易宇宙港(と呼ぶにはお粗末すぎる、ただの平地)に、マルコの輸送船『アルゴス』が、恐る恐る着陸していた。
着陸と同時に、船を囲んだのは、槍を構えたK'サル率いる獣人族の戦士たちだった。
『ヒイイイ! 獣人!? 聞いてねえぞ!』
船内から、マルコの怯えた声が響く。
アストレアは、通信で冷静に告げた。
「彼らは、私の『領民』よ。武装解除して、一人で降りてきなさい。危害は加えないと『領主』の名において保証するわ」
やがて、ハッチが開き、マルコが両手を上げたまま、おずおずと降りてきた。彼は、目の前の光景に、開いた口が塞がらなかった。
ボロボロの防護服をまとった、まるで貴族のような少女。その傍らに控える、旧式の軍用サイボーグ(セバスチャン)。彼らを護衛する、屈強な獣人たち(K'サル)。そして、少し離れた場所では、拘束された海賊たちが、エルフのような女の監督の下、何かの建設作業(中型発電機の修理)に従事させられている。
(…なんだ、ここは。悪夢か? ゴミ捨て場じゃなかったのか?)
マルコは、銀河の辺境を渡り歩いてきたベテラン商人だったが、これほどカオスで、ちぐはぐな光景は見たことがなかった。
「ようこそ、エレボスへ。マルコさん」
アストレアが、優雅に一礼する。その場違いなほどの気品に、マルコはゴクリと唾を飲んだ。
「…あんたが、領主の…アストレア様、か。本当に、海賊を…?」
「ええ。交渉の前に、まず、あなたへの『誠意』を見せないとね」
アストレアは、エララとスパイクに目配せした。
「あんたの船、ワープドライブのコンデンサがイカれてるんでしょ」とエララが、マルコの船体をスキャンしたデータを読み上げる。「ついでに、船底の装甲もデブリで亀裂が入ってる。…まあ、私の手にかかれば、3時間もあれば修理できるけど?」
「さ、3時間!? 馬鹿言え! この修理には、帝都のドックでも3日はかかるんだぞ!」
「フン。帝都のボンクラ技術者と一緒にしないでくれる?」
エララは、獣人たちに指示し、海賊から鹵獲した資材(クエスト報酬の【艦船修理(初級)】技術で加工したもの)を運ばせ、アーク溶接機を起動させた。
「そこの元エース(スパイク)! あんたも手伝え! 私は溶接、あんたはコンデンサの配線だ!」
「へいへい。人使いが荒いぜ、ボスも、ドクも」
スパイクは、負傷しているにも関わらず、手慣れた様子で工具を手に取った。
マルコは、呆然と、その光景を見ていた。S級の技術者と、S+級のパイロット(彼にはそう見えた)が、まるで日常作業のように、自分のオンボロ船を修理していく。
(…とんでもない場所に迷い込んじまった…)
彼の背筋を、冷たい汗が流れた。この少女は、ただ者ではない。
3時間後。宣言通り、『アルゴス』は完璧に修理されていた。
「…信じられねえ。新品同様だ…」
マルコが、船体の修理痕を撫でながら、震える声で言った。
「さて、マルコさん」
アストレアは、本題に入った。
「修理代を、払ってもらわないといけないわね」
「…ああ。だが、生憎、いま持ち合わせが…」
「お金はいらないわ。私は『取引』がしたいの」
アストレアは、管理棟(今は『領主の館』と呼んでいる)の、簡易的な応接室にマルコを通した。
テーブルの上には、二つの箱が置かれていた。
「まず、こちらを」
アストレアが一つ目の箱を開けると、中には、ズシリとした重みのある、鈍色の金属塊が数本、並んでいた。
「…!?」
マルコは、商人としての本能で、即座にその価値を理解した。
「こ、これは…高純度チタン!? いや、違う…もっと密度が高い…まさか、軍用の『タングステン・カーバイド』か!? こんなものが、なぜここに!?」
「それは、企業秘密よ。ドク・エララが、この星の『ゴミ』から精錬した試作品。品質は保証するわ」
「ゴミから…これを…!?」
「そして、こちらが、もう一つの『商品』よ」
アストレアが二つ目の箱を開ける。そこに入っていたのは、赤々とした、異常なほど大粒の穀物(トウモロコシに似ているが、粒が輝いている)だった。
マルコは、今度こそ、椅子から転げ落ちそうになった。
「…『スター・コーン』!? 馬鹿な! 大戦前に失われたとされる、伝説の高栄養価作物じゃないか! これ一粒で、人間一人が三日も生きられるっていう…!」
「ガロ(獣人族)たちが、私たちの農業プラントで育てたものよ。前世の…いいえ、我が家に伝わる『特殊な農法(前世の品種改良知識)』でね。味も、栄養価も、最高級よ」
マルコは、二つの箱を交互に見比べ、ゴクリと息を飲んだ。
(高品質レアメタルと、失われた超高級食糧…)
どちらも、今、帝国で最も需要が高まっているものだ。特に、ユリウス皇太子の失策で物流が混乱し、食糧危機が叫ばれ始めている今、この『スター・コーン』は、文字通り「金」になる。
「…アストレア様」
マルコの呼び方が、変わっていた。
「…一体、おいくらで? 私の全財産をはたいても、このサンプルを買えるかどうか…」
「だから、お金はいらないと言ったでしょう?」
アストレアは、微笑んだ。
「私が欲しいのは、『資材』よ。【基本工業(Lv.1)】を動かすための、汎用資材、高純度鋼材、そして医療品。それらを、あなたの『輸送船』で、定期的にこの星に運んできてほしいの」
「…! それは、つまり…独占契約、と?」
「ええ。ただし、条件があるわ」
アストレアの瞳が、冷たく光る。
「この取引は、すべて『秘密裏』に行う。あなたは、この星の情報を、誰にも漏らさない。特に、『ヴォルコフ辺境伯』にはね」
「ヴォルコフ…!」
マルコは、その名前を聞いただけで、顔を青ざめさせた。辺境星系を牛耳る、帝国の闇。彼に逆らって、生きていられた商人はいない。
「…無茶だ! 辺境伯の許可なく、この宙域で交易など…バレたら、俺は消されちまう!」
「バレなければいいのでしょう?」
アストレアは、前世の「サプライチェーン管理」の知識を、この銀河の物流に当てはめていた。
「あなたの『新月商会』は、中立ギルド。ヴォルコフの支配下にはない。あなたは、今、ワープアウトに失敗して『遭難』している。この星で『修理』を受けた。その『修理代』として、たまたま持っていた予備の資材を支払った。そして、『お礼』として、この星の『珍しい鉱石』と『食糧』を少し分けてもらった。それだけよ」
「そ、それは…」
「あなたは、ヴォルコフの監視網を抜けて、帝都か、あるいは、ヴォルコフの支配が及ばない別の中立コロニーで、これを売ればいい。利益は、すべてあなたのものよ。私は、資材と交換できれば、それで満足だわ」
ハイリスク。だが、それに見合う、あまりにも巨大なハイリターン。
マルコの額に、玉のような汗が浮かぶ。
「…分かった」
マルコは、商人としての「欲」に、その身を賭けることにした。
「…乗りやしょう、アストレア様。この取引! ヴォルコフのクソ野郎の裏をかいて、大儲けしてやりましょうや!」
【商人マルコ(新月商会)があなたと交易協定を締結しました】
【忠誠度:+30(ビジネスパートナー)】
【交易レベルがアンロックされました:交易Lv.1】
【工業レベル:工業Lv.1(資材確保により本格稼働)】
この瞬間、アストレアの領地は、外界と繋がる「経済」という名の血管を手に入れた。




