6-2:工業化(インダストリー)への道と『新月』の来訪
ヴォルコフ辺境伯という、明確な「敵」の存在。それは、アストレアの領地経営方針を、根本から決定づけた。
(もはや、ただの『辺境惑星経営シミュレーション』じゃない。これは、ヴォルコフという高レベルプレイヤーとの『RTS』よ)
RTSの基本は、内政(経済力)と軍事力の両立だ。軍事力(エレボス自衛艦隊)の整備と同時に、それを支える強固な「工業基盤」を確立しなければならない。
幸い、海賊撃退のクエスト報酬として【研究ポイントx1000】が手に入っていた。
アストレアは、エララのラボから、再起動した管理棟(ユニット・ゼロの本体がある場所)へと拠点を移した。海賊が破壊した【小型発電機】は、拘束した海賊の捕虜(彼らもまた技術者だった)を、セバスチャンの「威圧」とエララの「技術指導」の下で強制労働させ、より高性能な【中型発電機】として再建させていた。
【インフラレベル:電力(Lv.2)】
(捕虜(海賊)も、貴重な『労働力』よ。反乱の芽を摘みつつ、徹底的に利用させてもらうわ)
【拘束中ノ海賊:32名】
【忠誠度:-80(恐怖、憎悪)】
【状態:【強制労働】(反乱確率30%)】
インターフェイスが危険な数値を叩き出しているが、アストレアは意に介さなかった。
「セバスチャン、K'サル。捕虜の監視を厳に。反抗的な態度の者は、即座に『処分』しなさい。私たちは、甘い顔を見せられる状況じゃないのよ」
「「御意」」
彼女の非情なまでの合理性に、セバスチャンは内心で嘆きつつも、K'サルは「それこそが領主だ」と、むしろ忠誠度を上げていた。
【K'サル:忠誠度:+60(冷徹な決断力への尊敬)】
アストレアは、復活したユニット・ゼロとインターフェイスを直結させ、この星の全リソースの再スキャンを開始した。
「ユニット・ゼロ。研究ポイントを500消費して、技術【高度資源探査(Lv.1)】をアンロック。第3章でスキャンした【セラミック原料】と、海賊のログにあった『レアメタル』をキーワードに、エレボス全土の地下資源を再探査して」
『リョウカイ。技術アンロック…実行。惑星全土ノ地質データヲ、再スキャンシマス』
膨大なデータが、メインスクリーン上を流れ、やがて、惑星マップの数カ所が、眩しくハイライトされた。
『…! リョウシュ! コレハ…!』
ユニット・ゼロの合成音声が、初めて「興奮」したかのように上擦った。
『セクターB-9ノ地下1500メートル…超高純度ノ『チタン合金』鉱脈ヲ発見。マサシク、第3章デ貴女ガ発見シタ、軍用コンテナ(タイタン重工)ノモノト一致シマス!』
『サラニ…セクターE-4(エララノラボ周辺)ノ地熱地帯ニ…未確認ノ『超伝導金属(仮称)』ノ鉱床ヲ発見! コレハ…帝国ノデータベースニモ存在シナイ、未知ノ金属デス!』
「…ビンゴね」
アストレアの口元が、吊り上がった。
未知の超伝導金属。それは、エララの技術(S+)と組み合わせれば、とんでもない「兵器」か「製品」を生み出す可能性を秘めていた。ヴォルコフが狙っていた「レアメタル」とは、これのことだったのだ。
「すぐに【基本工業(Lv.1)】の技術を使い、セクターB-9に【自動採掘ドローン】と【簡易精錬炉】の建設プランを作成して!」
『リョウカイ! 建設ニハ【汎用資材x500】【高純度鋼材x100】ガ必要デス。現在ノ備蓄デハ不足シテイマス』
「…そう。資材不足。ゲームの基本ね」
アストレアは腕を組んだ。工業化を進めるには、まず、その工業製品を作るための「資材」が必要。だが、その資材は、工業化が進まなければ手に入らない。典型的なジレンマだ。
(今の私たちにあるのは、ガロが生産し始めた、わずかな『食料』と、エララが試しに精錬した『レアメタル』のサンプルだけ。これを持って、帝都まで資材を買い付けに行く? 無理よ。艦隊は修理中だし、ヴォルコフの息がかかった宙域を抜けられない)
「詰んだ」か、とアストレアが思考を巡らせた、その時だった。
『…警告』
ユニット・ゼロが、再びアラートを発した。
『リョウシュ。軌道上デブリベルトニ、新タナワープアウト反応ヲ感知!』
「なんですって!?」
アストレアは、反射的に管制席に駆け寄った。スクリーンには、デブリ帯からゆっくりと姿を現す、一隻の艦影が映し出されていた。
「海賊の残党!? それとも、アレクシスが戻ってきた!?」
スパイクが、負傷した身を引きずりながら、コンソールの前に立つ。
「…いや、違うぜ、ボス。あの艦影…ボロボロだが、ありゃあ、輸送船だ。武装も、ほとんどねえ」
【対象スキャン:所属不明輸送船『アルゴス』】
【所属:新月商会(中立ギルド)】
【敵対度:中立(0%)】
【状態:ワープドライブ不調、船体損傷(軽度)】
『…対象ヨリ、通信ガ入リマス。オープンチャンネルデス』
「…繋いで」
アストレアが命じると、スクリーンに、ひげ面の、人の良さそうな中年男性の顔が映し出された。
『おお! 応答してくれたか! 助かった! こっちは新月商会のマルコってもんだ! ワープアウトに失敗して、デブリで船体をやられちまってな! 見ての通り、ただの商人だ、敵意はねえ!』
男――マルコは、必死の形相で両手を上げて見せた。
『この星に、なぜか文明の反応(エネルギー反応)があったから、ダメ元で救難信号を送ってみたんだが…あんたたち、一体何者だ? ここは、海賊の縄張りだって聞いてたんだが…』
アストレアは、マルコの顔と、インターフェイスに表示された【敵対度:中立(0%)】の文字を、冷静に見比べていた。
彼女は、この状況が何を意味するのかを、瞬時に理解した。
(…資材不足のジレンマ。それを解決するための『商人NPC』が、このタイミングで都合よく『遭難』する…)
前世のゲーマーとしての勘が、これが「救済イベント」であると告げていた。
アストレアは、口元に、公爵令嬢としての完璧な(そして、商談用の)微笑みを浮かべた。
「ごきげんよう、新月商会のマルコさん。私はアストレア・フォン・ヒンメル。この惑星エレボスの『領主』よ」
『りょ、領主!? あんたみたいな、お嬢ちゃんが!?』
「ええ。海賊なら、つい先ほど、私が撃退したところよ」
アストレアは、あえて、まだ軌道上に残骸として漂っている、フリゲート艦の残骸をカメラに映り込ませた。
『ひっ…! アレハ、クリムゾンファングノ…!? マジカ…』
マルコの顔が、驚愕と、そして、新たな感情――強烈な「好奇心」と「商機」の色に染まっていくのを、アストレアは見逃さなかった。
「船の修理が必要なのでしょう? もしよろしければ、私たちの『領地』で、修理をオファーしますが…いかが?」
『修理…! してくれるのか!? ありがてえ!』
「ただし」とアストレアは続けた。「タダでは、ないわよ。少し、あなたに見てもらいたい『商品』があるの」
(来たわ…!)
アストレアは、この「イベント」を最大限に利用するため、思考を切り替えた。




