5-2:空を裂く『囮』と『目』
「…敵の主砲、エネルギー充填、臨界点に近づいてやがる…!」
エレボスの軌道上。無数の宇宙船の残骸が漂うデブリベルトの陰で、スパイクは改造された戦闘機『レイピア』の息を殺していた。
彼のS+級の操縦技術は、機体の全センサーをオフにし、デブリの熱源や質量に紛れ込むことで、海賊艦隊のレーダーから完全に姿を消すことを可能にしていた。
目の前では、憎き巡洋艦『クリムゾン・ジョウ』が、その醜悪な艦首を、地上の管理棟跡地…アストレアたちがいるはずの場所(本当はエララのラボだが、海賊はそう誤認している)に向けていた。
艦首に搭載された主砲のハッチが開き、その奥で、星の光とは比較にならない、眩いエネルギーが渦を巻き始めているのが見えた。
(…チッ。あのエネルギー量…ボス(アストレア)の言う通り、アレに撃ち込まれたら、地上の拠点は蒸発するどころか、クレーターになるぜ…)
その巡洋艦を守るように、二隻のフリゲートが左右に展開し、さらに数十機の小型戦闘機が、警戒網を敷いている。
単機で、あの警戒網を突破し、さらに主砲の砲口に突入するなど、正気の沙汰ではない。
だが、スパイクの口元には、獰猛な笑みが浮かんでいた。
(だが、不可能じゃねえ…!)
彼は、アストレアという「司令官」を、そしてエララという「技術者」を、心の底から信頼し始めていた。このイカれた作戦を立案し、それを実行可能にする仲間たち。自分が帝国軍にいた頃には、決して出会えなかったタイプの人間だ。
『スパイク、聞こえる!?』
アストレアの冷静な声が、ヘルメットに響く。
『EMPチャフ、射出準備完了! 射出と同時に、あなたは全速で、巡洋艦の真下…主砲の真下へ移動! 敵の戦闘機隊がチャフに気を取られている間に、最短距離で突入するのよ!』
「了解! こっちはいつでもイケるぜ、ボス!」
スパイクは、スロットルレバーを握る手に力を込めた。
アストレアは、ラボの管制席で、メインスクリーンを睨みつけていた。
「エララ!」
「いつでもイケるわよ、イカれ領主!」
「サブ射出装置、発射!」
その瞬間、エララのラボの隠蔽ハッチの一つが開き、EMPチャフ――エララが「趣味」で作り上げた、強力な広域電磁パルスを発生させる大型ミサイルが、轟音と共に地上から射出された。
それは、マスドライバーとは比べ物にならない、ただの「打ち上げ花火」だ。だが、その目的は「攻撃」ではない。
ミサイルは、軌道上まで上昇すると、海賊艦隊の「上空」で炸裂した。
パァァァン! という音なき閃光と共に、強力な電磁パルスが津波のように広がり、海賊たちのレーダー網を、強烈なノイズで真っ白に染め上げた。
『グワッ!? レーダーが!』
『なんだ!? 奇襲か!? 地上からだ!』
『バイパー隊、全機、あのミサイルの発射地点(ラボとは逆方向)へ向かえ!』
海賊の通信が、混乱の極みに達する。数十機のバイパー隊が、一斉に偽の発射地点へと機首を向けた。
「今よ、スパイク!」
アストレアの叫びと同時に、スパイクは『レイピア』のスロットルを全開にした。
「ヒャッハアアアア!!!」
デブリの陰から飛び出した『レイピア』は、一筋の流星となって、警戒が手薄になった巡洋艦の「真下」へと、S+級の操縦技術で突き進んでいく。
彼の機体は、あえて敵の主砲の射線と重なるように、危険な最短距離(ゼロ距離)を飛翔した。
『…! 敵機、一機! 艦の真下にいるぞ!』
『バカな! レーダーをどうやってすり抜けた!?』
『主砲の射線上だ、撃ち落とせない! 副砲、何やってる!』
巡洋艦の副砲が火を噴くが、スパイクの『レイピア』は、まるで踊るようにその弾幕をすり抜けていく。彼はもはや、回避行動すら取っていない。敵艦の主砲が発する、強烈なエネルギーの「流れ」に機体を乗せ、砲口へと「吸い込まれる」ように加速していたのだ。
(見える…見えるぜ! 敵のエネルギーの、一番薄い『目』が!)
彼は、憎きクリムゾンファングの旗艦、その心臓部であるプラズマ砲口の、眩い光の渦の中へと、迷いなく突っ込んでいった。
『スパイク! ターゲット(砲口)に到達! 敵主砲、発射まで、あと10秒!』
アストレアのインターフェイスが、カウントダウンを開始する。
「今だ、ボス! 照準データ、転送! これが俺の、最後っ屁だぜ!」
スパイクが、データ転送のボタンを押した。
彼の『レイピア』が収集した、巡洋艦の砲口内部の、ミクロ単位の精密な座標データが、光速で地上のラボへと送信される。
『…データ、受信! 完璧よ!』
エララが、マスドライバーの発射トリガーに指をかけた。
『エネルギー充填、100%! いつでも撃てるわ!』
「スパイク! 脱出して!」
アストレアが叫ぶ。
『ああ! 愛機よ、あとは頼んだぜ!』
スパイクが、コックピットのイジェクトレバーを叩きつけた。
だが、その時だった。
彼らが、まったく予期していなかった、第三の「脅威」が、戦場に姿を現したのは。




