第5章:防衛(海賊と貴公子) 5-1:巡洋艦(クルーザー)と狂気の作戦
「…嬢ちゃん、こりゃヤバいぜ。フリゲート級が2隻だけじゃない。旗艦は、巡洋艦級だ。こっちは素っ裸だぜ」
ドク・エララの隠蔽ラボ。薄暗い管制室に、スパイクからの絶望的な通信が響き渡った。
メインスクリーンには、スパイクの『レイピア』が命懸けでスキャンした映像が映し出されている。灰色の雲の上、エレボス星系の薄汚れたデブリベルトを背景に鎮座する、三隻の海賊船。
二隻のフリゲート艦は、それだけでもアストレアたちの戦力からすれば悪夢的な脅威だった。だが、その二隻を率いるように中央に陣取る「それ」は、格が違った。
全長500メートルはあろうかという、重厚な装甲と無数の砲門を備えた、黒鉄の城。帝国軍の正規艦隊ですら、相手にするのを躊躇うほどの重武装巡洋艦。それが、海賊『クリムゾンファング』の旗艦、『クリムゾン・ジョウ』だった。
「…ハッ。笑えないジョークだわ」
管制席で、エララが乾いた笑い声を上げた。彼女の銀色の髪が、コンソールの光を浴びて青白く光る。
「巡洋艦級!? あの装甲とシールド…シンギュラリティ・コアの全出力を使ったって、傷一つ付けられるかどうか…! あんたのその『特攻(弾丸)』プラン、前提条件が崩壊してるじゃないの、イカれ領主!」
エララが、アストレアに非難の目を向ける。無理もない。フリゲート級のシールドを貫通する前提で、このマスドライバー(電磁投射砲)と特攻戦闘機の作戦は立案されたのだ。相手が巡洋艦となれば、もはや自殺行為ですらない。ただの無意味な「死」だ。
ラボの隅では、この作戦のためにアストレアたちを先導してきたK'サルと、主人の護衛として控えるセバスチャンが、息をのんでスクリーンを見上げていた。彼らには宇宙戦の知識はない。だが、あの黒鉄の巨体が放つ圧倒的な「死」の気配だけは、痛いほど伝わっていた。
「お嬢様…」
セバスチャンの声が、わずかに震える。
だが、アストレアは、その玉座とも言うべき管制席で、微動だにしていなかった。彼女の深い青の瞳は、巡洋艦の姿を、まるで検品でもするかのように冷静に分析していた。
彼女のインターフェイスが、スパイクから送られてくるデータを、猛烈な速度で解析していく。
【脅威判定:巡洋艦級(改)『クリムゾン・ジョウ』】
【シールド強度:1,200,000 (推定)】
【装甲:超々ジュラルミン(A級)複合装甲】
【兵装:主砲x1, 副砲x40, ミサイルポッドx16】
【弱点スキャン中…エネルギー循環率ノ高イ箇所ヲ検索…】
(…前世のゲームなら、典型的な『中ボス』ね。初見殺しの。でも、どんなボスにも、必ず『弱点』はある…!)
「スパイク」
アストレアの声は、奇妙なほど落ち着いていた。
「その巡洋艦の主砲…発射準備に入っているように見えるけど、どう?」
『…! ああ、その通りだぜ、ボス! ヤツら、あのデカブツで、地上の管理棟(俺たちの拠点)ごと、この星の地殻をえぐる気だ! 艦首にエネルギーが集まってる…発射まで、あと推定10分…いや、8分だ!』
「…8分」
アストレアは、エララを振り返った。
「エララ、マスドライバーのエネルギー充填は?」
「シンギュラリティ・コアの出力、現在70%! 最大出力(100%)まで、あと5分はかかるわ!」
「間に合うわね」
「間に合う、じゃないのよ!」エララが金切り声を上げた。「100%にしたって、あの巡洋艦のシールドは抜けな…」
「シールドは抜かないわ」
「…は?」
「私たちが狙うのは、シールドじゃない。今、この瞬間、最大のエネルギーが集中している一点…『主砲の砲口』よ」
「「「…!」」」
ラボにいる全員が、アストレアの言葉に息をのんだ。
「バカなの!?」とエララが叫ぶ。「発射直前のプラズマキャノンに、こっちのレールガンを真正面から撃ち込めって言うの!? エネルギーがぶつかり合って、誘爆して…どうなるか分かってるの!?」
「ええ。この星の軌道上が、派手に掃除されるだけよ」
アストレアは、冷徹に言い切った。
「敵が最大出力で攻撃しようとしている、その砲口こそが、今、この瞬間、最大の『弱点』よ。シールドも、装甲も、内側から(・・・・)無防備になっているはず。そこに、私たちの『弾丸』を、マスドライバーの全速力で叩き込むの」
「…クレイジーだわ」エララは、恐怖を通り越して、恍惚とした笑みを浮かべた。「敵のエネルギーを利用して、敵の艦を内部から爆破する…あんた、最高にイカれてるわ、領主様!」
「スパイク! 聞こえたわね!」
アストレアの通信が、エレボスの空を駆ける戦闘機に届く。
『…ハッ! 真正面から、撃ち合おうってか! いいぜ、面白くなってきた! 憎きクリムゾンファングの、一番デカい牙(主砲)に、キス(・・)してやれってんだろ!』
スパイクのS+級の操縦スキルが、この瞬間に要求された、神業的なピンポイント突入という要求に、恐怖するどころか、その闘志を燃え上がらせていた。
「でも、ボス! 奴ら、フリゲート2隻の護衛と、戦闘機隊を艦載してる! あのデカブツに近づく前に、俺は蜂の巣だ!」
「分かっているわ。だから…」
アストレアは、インターフェイスの【工業Lv.2】ツリーを睨んだ。このラボに来て、エララを仲間にしたことでアンロックされた、新たな技術。
「エララ。あなたがさっき言っていた、趣味で作ったっていう『EMPチャフ』、まだ残ってる?」
「ああ? あの、エネルギーを無駄遣いするだけのガラクタ? ラボの倉庫に転がってるけど…」
「今すぐ、マスドライバーの砲座の下にある、サブ射出装置にセットして。K'サル、セバスチャン、手伝って!」
「領主様、アレハ?」
「巡洋艦の注意を引くための『おとり(デコイ)』よ。敵の主砲発射まで、あと7分。スパイクが突入するまでの『30秒』を、私たちが地上から稼ぐのよ!」
アストレアの脳内では、すでに勝利への最適化ルートが構築されていた。
(ゲームの基本。ボス戦は、まずおとり(タンク)でヘイトを稼ぎ、その隙にアタッカー(スパイク)が弱点を突く!)
「エララ、EMPチャフ射出準備! スパイク、あなたはデブリ帯に隠れて、チャフの射出と同時に、巡洋艦の真下に潜り込んで!」
『了解!』
「エネルギー充填、90%…!」
アストレアの「辺境惑星経営」は、開始早々、領地の存亡をかけた、壮大な「ボスレイド」へと突入していた。




