4-2:忘れられたラボの天才
管理棟のメインゲート前は、地獄のような光景だった。ミサイルで吹き飛んだ発電機の残骸が燃えさかり、最初の奇襲で死んだ海賊たちの死体が転がっている。
「…領主様、敵ハ…」
「一時的に引いただけよ。艦砲射撃の準備に入ったわ。あとどれくらい時間が稼げるか…」
アストレアは、暗闇に沈んだコントロールルームに戻り、唯一機能している自らのインターフェイスを操作していた。
(人材検索…! この星にいるはずの、他の「プレイヤー」じゃないわ、「ユニークNPC」よ!)
彼女は、この絶望的な状況を打開できる可能性のある人材を、震える指で検索した。
【検索条件:カテゴリー『技術者』。スキル『兵器開発』『高度エンジニアリング』。ステータス『生存』】
前世のゲーマーとしての経験が、こういう時はまず「技術チート」キャラを探せ、と告げていた。
【…検索中…銀河帝国旧データベース、及び、エレボス残留データト照合…】
【…該当、1件】
アストレアは、息をのんだ。
【氏名:ドク・エララ】
【種族:星詠み(スターライト)エルフ(長命種)】
【状態:生存(セクターE-4の隠蔽ラボニテ、コールドスリープ中)】
【スキル:【兵器設計(S)】【古代技術解析(S+)】【ロボティクス(A)】】
【忠誠度:???(未接触)】
(S+スキル持ち…! いた! これ以上ない、最高の技術者よ!)
アストレアは、即座にセバスチャンとK'サルを呼んだ。
「二人とも、聞い
て。この星に、私たちの『切り札』になる可能性のある技術者が眠っているわ」
彼女は、インターフェイスに表示されたマップをホログラムで投影した。セクターE-4。ここから北へ10キロ。ジャンクヤードの中でも、特に高レベルの汚染物質が投棄された『死の谷』と呼ばれる場所だった。
「セバスチャン、あなたはここに残って。K'サルの民たちと、地下シャフトの防御を固めて。敵の第二波(歩兵)が来るかもしれない。AIが落ちた今、ここの指揮はあなたに任せるわ」
「お嬢様!? まさか、お一人で…?」
「K'サル、あなたに来てもらうわ。あなたの『隠密』スキルと、この土地の知識が必要よ。私を、その『死の谷』まで最短で連れて行って」
「…承知シタ、領主様。ダガ、アソコハ、我々デモ近寄ラナイ『呪ワレタ土地』ダ」
「呪いなんて、非合理的なもの、私が信じるとでも?」
アストレアは、防護服のフィルター残量を確認した。メインクエスト達成により予備は手に入れたが、無駄遣いはできない。
「急ぐわよ。艦砲射撃が来る前に、彼女を『起こして』、この状況を打開する『武器』を作ってもらうのよ」
アストレアとK'サルは、海賊の目を盗み、管理棟の裏手にある排気ダクトから脱出した。
K'サルの先導は、神業的だった。彼は、海賊の偵察ドローンが巡回する僅かな死角を縫い、巨大な瓦礫の山の陰だけを選んで進んでいく。アストレアのインターフェイスが示す最適ルートと、K'サルの経験則が組み合わさり、彼らは信じられない速度で死の谷へと到達した。
そこは、他の場所とは比較にならないほど、空気が淀んでいた。黄色い毒性の霧が立ち込め、金属が瞬時に腐食していくのが分かる。
「…この奥ダ」
K'サルが指差したのは、巨大な戦艦の残骸に半ば埋もれた、小さなハッチだった。
【警告:高レベル汚染環境。防護服フィルターノ消耗ガ3倍ニ加速シテイマス】
「急がないと…!」
アストレアは、ハッチのコンソールに手を置いた。ユニット・ゼロがオフラインの今、AIの認証は使えない。
「くっ…!」
【アクセス拒否:マスター認証ガ必要デス】
「こんな時に…! インターフェイス! ハッキングは!?」
【試行…エラー。古代ノセキュリティプロトコルデス。物理的ナ認証キーガ…】
「そんなもの、どこに…」
アストレAが焦った、その時だった。K'サルが、おもむろに自らの首にかけていた、汚れた革紐を外した。そこには、獣の牙やガラクタに混じって、一枚の古いドッグタグのような金属板がぶら下がっていた。
「コレハ、族長ニ代々伝ワル『護符』ダ。先祖ガ『緑ノ時代』ノ人間カラ貰ッタト…」
アストレアは、その金属板をひったくるように受け取った。そこには、かすれた文字で【ELARA'S LAB - GUEST PASS】と刻まれていた。
(…ビンゴ!)
彼女がそれをコンソールに差し込むと、重い音を立ててロックが解除された。
プシュゥゥ、という空気の抜ける音と共に、ハッチが開く。
二人が飛び込むと、ハッチは即座に背後で閉じた。外の毒性ガスが遮断され、内部の空気清浄システムが起動する。
そこは、信じられないほど清潔で、ハイテクなラボだった。外の惨状とはまるで別世界だ。
そして、その中央。巨大なカプセルの中で、一人の女性が眠っていた。
長く、銀色に輝く髪。そして、エルフのように尖った耳。
「ドク・エララ…」
アストレアは、コールドスリープの解除シークエンスを起動した。
【覚醒プロセス開始。対象ノバイタル、安定】
数分後、カプセルが開き、冷気と共に、その女性――エララが、ゆっくりと目を開けた。
「……ん…」
エララは、千年ぶりに目を覚ましたかのように、ゆっくりと瞬きをすると、目の前に立つアストレA(と防護服)とK'サル(と毛皮)を見て、盛大に顔を顰めた。
「…うわ。何、あんたたち。薄汚い人間と、毛玉ジャガイモ。最悪の目覚めなんだけど。ていうか、私のラボにどうやって入ったのよ」
その声は、若々しいが、恐ろしく不機INだった。
インターフェイスが、彼女のステータスを更新する。
【対象:ドク・エララ】
【状態:【覚醒直後】【機嫌サイアク(-50)】】
【忠誠度:-30(侵入者への嫌悪)】
(最悪のスタートだわ…!)
アストレアは、構わず、単刀直入に切り出した。
「ドク・エララ。私はアストレア・フォン・ヒンメル。この星の新しい領主よ。今、この星は宇宙海賊『クリムゾンファング』の攻撃を受けているわ。管理棟は包囲され、あと数時間で軌道上から艦砲射撃を受ける」
「はあ? 領主? 海賊? …何それ。知ったこっちゃないんだけど」
エララは、心底どうでもよさそうに耳をほじった。
「寝ぼけてる場合じゃないのよ! あなたも、このラボごと更地にされるの!」
「無駄無駄。このラボは、惑星核まで続く地熱発電に直結してるし、上空はステルスフィールドで隠蔽されてる。海賊ごときの艦砲射撃じゃ、傷一つ付かないわよ。それより、あんたたちがここを開けたせいで、外の汚染空気が入ってきたじゃない! 早く出てって!」
エララは、アストレアたちを追い払おうとする。
(ダメだわ、この女、理屈が通じないタイプの天才よ!)
アストレアは、交渉の方針を切り替えた。
「…そう。なら、仕方ないわね」
アストレアは、K'サルが持っていた『護符』を、エララの目の前でひらひらさせた。
「これ、あなたのラボのマスターキーみたいだけど、私が管理棟に持ち帰って、ユニット・ゼロに『ラボの全権限を領主に移譲する』って命令したら、どうなるかしら?」
エララの動きが、ピタリと止まった。
「…あんた…今、なんて?」
「AIは、私の管理下にあるわ。私には、この星の全権がある。あなたのその『ステルスフィールド』を、私の一声で解除することだってできるのよ。海賊のど真ん中にね」
「……!」
エララの顔が、みるみるうちに青ざめていく。
「脅迫…する気? この私を?」
「取引よ」
アストレアは、冷徹に言い放った。
「あなたの『技術(S+)』と、私の『権限』。それに、私があの管理棟でスキャンした、旧大戦時の『兵器設計図』データ。これを全部提供するわ」
「ロストテクの…設計図…!?」
エララの目が、初めて「機嫌の悪さ」以外の色――「強欲な好奇心」にギラついた。
「その代わり、あなたは、今すぐ、この状況をひっくり返す『兵器』を作りなさい。材料は、このゴミ捨て場にあるもの(・・)でよ」
エララは、アストレアを数秒間、穴が開くほど見つめた後、ニヤリと、悪魔のように笑った。
「…あんた、最高にイカれてるわね。気に入った」
彼女は、ラボのコンソールを、信じられない速度で叩き始めた。
「いいでしょう! やってやろうじゃないの! 艦砲射撃だか何だか知らないけど、その前に、空にいるデカブツ(フリゲート)を、地上から撃ち落とす『おもちゃ』を作ってあげれば満足なんでしょ!」
【ドク・エララがあなたの faction に参加しました】
【忠誠度:+10(取引成立)】
【技術レベルがアンロックされました:工業Lv.2(兵器開発)】




