【短編】新人メイドでエルフのフェネア、こちら元悪役令嬢~竜人族にお仕えしています~
元悪役令嬢ものの短編です
よろしくお願いします
私、そこそこの名門貴族の出で一人娘のメリー・センドレスは家から追放された……領民から徴収した金銭の使い過ぎと、持って生まれた髪の色が赤毛だという理由で。
そんな使い過ぎなんて、貴族だからいいじゃない、庶民の税金は貴族が贅沢するためにあるって散々教えられてきたのに。
使用用途?
それは主に有名ブランドの家具、最先端を走るお洒落なドレス、甘くておいしいお菓子。
そんな日々を送っていたのにメイドという、私の言うことを何でも聞いてくれる便利な存在が全員、私から離れた。
髪の毛にしても赤毛は不吉だとかあり得ないとも、メイド達の陰口や家庭教師から散々な苦言を呈された。
両親や親族は皆金髪を始めとした華麗な色をしていて、赤毛なのは私だけ。別の色に染めるのは貴族の恥、そのままでも一族の恥。
……あーあ、私の人生もこれまででしたか。出自からして結構悪くないと思ったのだけれど。
当主である父上から事実上でも何でもない本当の勘当、追放宣言を受けた。
一人で徹夜して荷物をまとめ、メイドの送り迎えもなく屋敷を後にする。
今までこっそりと溜め込んできた私財も8割ほど没収。
……当然のことながら荷物載せ放題の御者つき馬車なんて呼んで乗れるほどの身銭はない。
なので荷物を曳いて行く宛を探すしかない。
勿論のことかつての家同士の繋がりは完全に断たれており、私には頼れる人間が一人たりともいないので泊めて貰うのは不可能。
あぁ、あの屋敷でお荷物なのは私だったのでしたのね……。
なんだか、空腹感がひどい。まるで胃が空っぽみたい。
屋敷で食べた最期の朝食、品数は少なかったけれど美味しかった。けれどもあれは二度と口に入らないと思うと、誰かに与えられた罰のように思えた。
目の前が暗い。お屋敷を出た直後は快晴だったのに——お腹が空きました。
…
……
………
「早く起きなさい、フェネア」
体を揺さぶられる感覚に、沈んだ意識がにわかに浮上する。
フェネア、それって私の名前?違う、私の名前はメリーよ。メリー・センドレス。
って、早く起きなければならないこの状況とは?
私に声をかけるひとはもうどこにも誰もいないというのに。
自力で食事の調達すらできないのに。
迷う暇はない、一刻も早く起床しなければ。
目覚めたのはベッド。私にベッドで横になった記憶は――。
……ない。私は飢餓感で倒れ、動けなくなったのでは?
一体どうなっていると言うの?
「やっと目覚めたのですね、フェネア・メディノ。早急に身支度をしてお屋敷の皆様を持て成す準備をするのです」
「あの、私は空腹で倒れた以降の記憶がありません」
「いつまで寝惚けているのですか、身支度をしないのならば私の権限で追放しますよ」
また追放されても困る身の上から、私は洗顔と歯磨きをしに洗面台へ……。
「何これ〜〜!」
共同の洗面台を使って身支度を進めようにも手が止まる。
おっと。大声を出さないよう、気品の高いメイドらしくしなければ。
洗顔の後。顔を上げた途端に映る鏡には、記憶とまるで何もかもが違う自分の顔がそこにはあった。
快晴の空に浮かぶ雲よりもなお白い肌、どこもかしこも整った目鼻立ち。
軽く櫛を通すだけで艶やかな光を放つ金の髪。
そして何より目立つのは横に尖った両耳。
今の私ってもしかして、エルフだというの?他にそういう外見的特徴を備えた種族なんて……いないか。
身支度を整え、メイド服に袖を通す。令嬢時代に着ていたドレスよりずっと縫製がいいってどのような技術が発達しているの?
「いいですかフェネア、あなたの事情がどうあれ私達の仕えるべき主は竜人族の方々です。くれぐれも失礼のないよう」
先輩メイドの言葉を聞き逃さないようにしていたけれど竜人族……種族名を耳にしただけで背筋に冷や汗が流れた。
引き継いだものを含む今の記憶によれば、人間種よりエルフの方が生命体としての格が高い。だからこそ私はエルフに転生して歓喜したが、あれはただのぬか喜びでしかなかった。
竜人族はこの世界を支配する力……即ち世界征服などをせず社会に溶け込んでいるが、それは表向きの話。人間は元よりエルフの有力者ですら目立った動きを見せられずにいる。
当然のように不老不死を備えているのは間違いない。森羅万象を自由自在に操り多少の魔法で海を蒸発させるだとか、はたまた山脈を跡形もなく削り地形そのものを変貌させるほどの絶大な力を有しているという伝説が残っているほど。多少の誤差はあるものの、どうであれ世界最強の種族が竜人族であることに異を唱える者は何人たりとも存在しない。
フェネアとしての記憶が伝えるところによれば、メディノ家なんて言えばエルフの中でも上位の貴族らしい。それでもって令嬢が務めるべき試練として、この竜人族のお邸でお仕えするということで。
ということはつまり種族:エルフでなおかつ身分:エルフの貴族だけれど、職業:メイドで仕える主人は雲上の存在たる竜人族の方々…………。
なんと言うことでしょう。私の人生、事実を羅列するだけでも終わっていませんか?
竜人族はエルフにも勝る美貌を備えているだとか、大変高貴で気難しいだとか、逆鱗に触れた召使いが何人も滅せられてきたなどの噂が絶えない。
つまりカーテシーなどを含む挨拶をほんの少しでも失敗したら殺される?
小競り合い含む戦争で人間はおろか、エルフが竜人族に勝った記録は一切残っていない。まさにこの世の覇者に相応しい。
身支度を整え最低限の朝食をとり、いよいよご主人様へご対面する時刻になった。
私をたたき起こした先輩メイドは、くれぐれもメイドらしくなさいと何度も念を押してきた。
……これが、竜人族の方々がお住まいになるお邸……。メリーとして過ごしてきた人間の屋敷とはまるで別物。財力だとかそういうところからして別格。
両開きするドアの一枚、陽光の差してくる窓ガラスですらどこもかしこも芸術品のよう。
「失礼いたします、メイドです。お伺いいたしますのでどうかご容赦のほどを」
ノックをして教わった文言のまま、読み上げるように述べる。
何だろう、途轍もなくこの場に立つだけで圧倒される魔力が感じ取れる。この業務、か弱い人間ではとても不可能な務めだ。魔力耐性のあるエルフだからこそ出来るのだと思い知らされる。
「1人だな? メイドが入ることを許す。入ってくるといい」
低く落ち着いた、紳士の方が返答する。入室し、慣れたカーテシーをする。
「おはようございます、ご主人様。ご機嫌麗しゅう」
主人の顔をむやみに目にしてはならないルールを遵守。メイドというのはただの数いる使用人、要は召使い。
「あぁ、そのままでいるといい」
お召替えの手伝いは先輩メイドの仕事。つまり私は見習いだということ。
その準備も終わり、先輩メイドは私を残して退室した。特に睨まれることもなく。
メイドから断りもなく主人に声をかけるのは厳禁。かつての自分がそうだったから。
「ふむ、成程。そこのメイド、名は? ここで働いている使用人には必ず名がある。名乗ることは出来ないとでも言うのか?」
「ご主人様の仰せの通り、名乗る無礼をお許しください」
「……許そう」
「寛大なる処遇、感謝に堪えません、私めはフェネアと申します。召使いとして如何様なご命令にも順応いたしますので何卒」
「……フェネアか、覚えておくぞ。そなたはメイドなのだろう? 召使いより上ではないか」
率直に言うと、ご主人様がとても怖い。謝罪しなければ。
「メイドの分際で大変ご無礼をはたらいたようで誠に申し訳ございません」
「……ふん、気に食わんな。仕える者としての態度がなっておらぬではないか」
「誠に申し訳ございません。不快に思われたのであれば速やかに自刃を以ってせめてものお詫びと致しますのでどうか……」
魔法で手元にナイフを発現させる。即席で扱えるあたり、エルフとは随分器用な種族らしい。
「誰が自刃だと? そのような事態我は許さぬが?……そなたは大きな勘違いをしている。それもかなり一線を超えた卑屈さ、全く以って度し難い」
「申し訳ありません」
「我はお前の謝罪を受け入れぬ。そなたへ伝わるようにするならば、謝罪の必要はない。況してや自刃など、決して許さぬが?」
「なるほど、自刃した結果この絢爛なお屋敷に私のような穢れた血が飛び散ってはいけないということですね、大変失礼しました。それでは森に放ち、野獣に食い散らかされるということでいかがでしょうか? 清掃の手間が省けます」
「そうではない。それではまるで野蛮な処刑ではないか……お前、到底エルフとは思えない思考回路をしている、何故だ?」
ぐさっ。エルフらしい思考回路とは? エルフらしい態度ねぇ……。
メリー時代にエルフと接することなんてなかったしどうしたものか。エルフの一般人の方が、人間の貴族より社会的地位が高かった。
「恐れ入りますが、私はエルフではない時の記憶がございます……とても信じがたいとは思いますが……」
「我はその卑屈な態度を直せと言っておる。ただ自分の評価を下げておけば他に敬意を払っているとは言わぬ。それは自身への侮辱ではないか? さて、エルフではない際の記憶……真偽は別として聞こうではないか」
こうやって耳を傾けようとしてくださるあたり、ご主人様は案外寛大なのかもしれない。
人間の令嬢メリーとして過ごした、たった16年の記憶を語らせてもらった。
令嬢という立場を悪用し、放蕩寸前の好き放題な生活をしていたこと。
――そして何より、持って生まれた赤毛というだけで周囲から疎まれていたこと。一族は誰しもが金髪だったから、余計に。
……金髪に憧れたから、今の私がエルフになった?
まさか、そこまで都合の良いように世界は出来ていないはず。
メリーとしての死因は明らかに餓死。
ご主人様は私が話した前世の記憶と、魂に刻まれたそれを魔法で照合させていた。竜人族の前で嘘はつけないということでもある。つくだけ身の上が危うくなるだけなのでしないが。
「フェネア……」
ご主人様はそれだけ発すると、記憶を読み取る魔法を続けた。
流麗な声で私の名を呼んでいただけた。もう、赤毛のメリーとして生きていかなくて良いんだ。それだけで肩の荷が軽くなった気がした。
そして新たな魔法が発動される気配を感じ取る。それは遮音魔法だった……。それもかなりのもの。
ご主人様は、悠然と口を開いた。何か確信を持ったのか、まるで裁判官が判決を読み上げるかのような面持ちで。
「フェネア、お前について判ったことがある。まず一つ、エルフとしても長寿どころか不老不死であること。魂が消えない性質をしているとは流石に我も驚きだ……。そしてもう一つ、こちらの方も重要だと判断したが……フェネアはもう転生しない。この意味が分かるか?」
「私はエルフとして、ご主人様のメイドとしてずっと生き続けるのでございますね? 望むところです、ずっとご主人様の思われるまま生き続け、お仕えしたく存じます」
私はカーテシーし直し、改めて忠誠心を示す。フェネアは研修としてメイドになった訳ではなく、働き続ける職業としてメイドになったのだと記憶が語っている。竜人族に仕えるメイドだなんてこれ以上この世で名誉ある職務は恐らく、ない。
転生できないのは残念だと思う一方で、ずっとエルフとして過ごせるのだからそう悪くない条件ではないか?
「フェネア、言いたいことがある」
「もちろんです。何なりとお伺いいたしましょう」
「――フェネア、お前は本当に苦労したなぁ! 赤毛だからとかそんな要素でずっと差別されてきたとか、放蕩寸前だとか周りから誰も言わないまま放置するんだったら贅沢の正しい仕方を教える教師とかいないのもあり得ないし! あーもう冷静沈着な俺でなければ人類滅ぼしていたところだよ! 竜人族怖いんだからね、フェネアから見た旦那様にあたる俺の父上なんてちょーっと短気だから、この話をしたら人間の領地どころか大陸ごと吹っ飛んでいたかも?」
「はぁ、左様でございましたか…………お気遣いに多大なる多謝を」
目の前で起きているご主人様の変わりようについていけない。人類を滅亡させないよう最大限気遣ってくださるのは大変ありがたいが、話し方とかが全然違いすぎてついて行けない。
旦那様には内緒だから、わざわざ私なんかのために遮音魔法を使ってくださった?
当のご主人様は懐から取り出したハンカチで目元を拭いている……あら、竜人族って泣くことあるのでしたっけ?
どの種族よりも非情だと聞いていたのですけれど?
「……取り乱して済まなかった。しかし俺、じゃなくて我がこうなのは同族でも非常に珍しくて。竜人族が感情に振り回されにくいのはフェネアも聞いたことあるはずなのだが、どうも抑えきれないようで非常に困っている」
「いえ、そういう心労をお抱えだったとは」
……ご主人様が私なんかに話して下さった内容によれば。
普段、魔法で無理矢理自身の感情の振り幅を最小限にしているとのこと。但しこれは一時的なものであり、定期的に遮音魔法を用いて本音を吐露しなければ反動でご主人様曰く竜人族にあるまじき失態を衆目に晒す羽目になるという。
竜人族として魔法の力は非常に強い。
同族の中でもあまりにも整ったその美貌は、直視を免れても目が潰れそうなほど眩しい。
教養もテーブルマナーも美術もダンスも文句のつけようがない評価。
しかし、社交界デビューするにしてはあまりにも感情の制御が困難で故意に引き延ばしていたこと。
「あら……?ご主人様って社交界デビューされていなかったのですか?」
「そこだよフェネア君、君には我が社交界デビューする手伝いと、そしてその後のサポートを務めてもらいたい。全力で頑張って貰おう」
「はい? 私、ご主人様のご存知の通り新人メイドなのですよ? 恐れながら一介のメイドではなく先輩ですとかメイド長にお任せした方がよろしいのではないではと進言いたしますが」
そんな名誉ある大役を引き受けたい感情と相反するそれが私の中で綯い交ぜになる。新人メイドは大人しく掃除でも下働きすれば良いはずなのに。
「言い忘れていたが我のこの本性、メイド長含めた使用人一同誰も知らないから! 知っているのは我が一族のみ。つまり、我と君は秘密を互いの共有した関係だ! フェネア君は我の本性、我は君が元人間で転生したエルフであること。どうだ、悪くはないだろう?」
「なっ、なんて無慈悲なご主人様! 承知いたしました、可能な限りお支えしますが、万が一のことがあればこの命を以ってお詫びしますので……!」
「だから我の前でなくともそういう発言は禁止! そこは私が守りますとかでいいのだと何度でも言ってやろう。それにフェネア、君は不老不死であってどのような過酷な状況下になろうとも死ねないのだ。気絶も勿論許されない特異な魂の持ち主となったのだから覚悟するように」
「そんな……!」
感情の制御がままならないご主人様のサポートだなんて、重責にも程がある。
こんな感じで始まった此度の私のエルフ生、良いんだか悪いんだかさっぱり分からない。
ただ一つ分かること、このご主人様は思うほど悪くない。
私の名が呼ばれるたびに爽やかな風が吹きそうで。
私に視線を投げかけてくれるご主人様、多分本性を見る限り他者に優しく接する才能があるのだと。
どこぞのしょうもない令嬢くずれなメリーだった私とは違い、本物のご令息だ。
お読みいただきありがとうございました!




