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誓いを忘れた騎士へ ―私はもう、誰かの妻になる  作者: 吉乃


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第4話 レオンの心境

少し遠くの木の影に居たレオンは「リリアナ」と小さく呟いた。

 彼女は本当は俺の隣にいたはずなのに……。そう思うと悔しくて諦めきれなかった。


 昨夜もリリアナの顔を見て抱きしめたかった。

 しかし、他の誰かと明日一緒になると聞いて、それは出来ないと思った。


 何故待ってくれなかったのか。

 確かに、任務だけではなかった。連絡を怠ったことに悔やまれた。


 木陰から見るリリアナは、息をのむほど美しかった。

純白のドレスに身を包み、祝福の拍手の中に立つ彼女は、まるで絵画から抜け出してきたかのようだ。

そして、その隣には、新しい夫。礼拝堂で誓いを交わし、手を取って歩く二人の姿は、レオンの胸を容赦なく締め付けた。


「嘘だろう……」

 乾いた声が、自身の喉から漏れる。


 昨夜、リリアナの部屋で聞いた「私、明日結婚するの」という言葉。

あの時は、まだ現実感がなかった。

七年ぶりに再会した興奮と、彼女の冷たい拒絶に頭が真っ白になり、その意味を深く考える余裕がなかったのだ。

だが、今、目の前で繰り広げられる光景は、紛れもない現実。

自分ではない男が、リリアナの隣に立っている。


 リリアナが一瞬こちらに視線を向けたように見えた。

その瞳には、かつて自分に向けられていた愛情とは違う、複雑な感情が宿っていたように感じられた。

焦燥、戸惑い、そして――ほんの僅かな未練。そうであってくれと、レオンは願った。


「何故、待ってくれなかった……」

 誰に聞かせるでもなく、レオンは再び呟いた。

だが、その言葉はレオン自身に向けられた問いでもあった。

本当に、リリアナは「待ってくれなかった」のだろうか? 待てなくしたのは、自分の行動ではないのか。

レオンの胸に、かつてないほどの後悔が押し寄せた。


 七年前、レオンは男爵家の嫡男として騎士団に籍を置き、遠征任務に就いていた。

鍛えられた体と整った顔立ちは社交界でも注目を浴び、舞踏会では多くの令嬢たちから視線を集めた。


 その遠征先で出会ったのは、侯爵家の令嬢。

リリアナとは異なる、儚げで可憐な女性だった。

高位の家柄から注がれる視線は抗いがたく、彼女の華やかな世界に引き込まれるうち、レオンは次第に心を奪われていった。


 リリアナへの手紙が途絶えたのは、そのためだった。

令嬢との未来を夢見ながら、リリアナの存在は次第に重荷になっていった。

三年目に一度だけ休暇で戻った時、わざわざ見慣れない服に着替えてリリアナに会いに行ったのも、他の女性との関係を隠すため。あの時のリリアナの笑顔が、今となっては胸を焼く。


 やがて、令嬢との関係も長くは続かなかった。

二か月前、彼女には政略結婚が決まり、レオンはあっさりと切り捨てられた。

男爵家の嫡男であっても、侯爵家には到底及ばない。為す術もなく、夢は潰えた。


 失意の中で思い出したのは、リリアナの笑顔だった。

夕暮れの訓練場で呼ぶ声、市場の帰り道で繋いだ手、月の下で仲直りした夜。

すべてが宝石のように蘇った。


 そして――結婚の約束。「帰ってきたら、結婚しよう」。誓ったのは自分自身だった。


 七年という空白を埋めるには、あまりに頼りない「任務」という言葉。

それは己の裏切りを覆い隠すための、薄っぺらな嘘に過ぎなかった。


「もう少し、もう少しだったのに……」

 指先が震える。

もし侯爵令嬢との婚約が破談にならなければ、リリアナの元に戻ることはなかっただろう。

彼女の存在は過去の幻となっていたはずだ。そう考えると、自分の身勝手さが喉元までせり上がってきた。


 リリアナの声が蘇る。

「私だって年を取る。子どもだって欲しい。何より……あなたからの連絡は、ひとつも無かった」。

語るべき事情など本来なかった。あるのは裏切りと欺瞞ぎまんだけ。


 バルテルとリリアナがこちらに視線を向けた。

バルテルの鋭い眼差しと、リリアナの動揺を孕んだ表情。

「……ごめんなさい。知らない方ですわ。ここの神殿の関係者でしょうか」


 その声が聞こえた気がした。

自分を「知らない方」と呼ぶ彼女の言葉は、レオンの心を深く抉った。

そして、風に舞い落ちる花弁。それは二人の過去が永遠に戻らぬものであることを告げていた。


 木陰から一歩も動けず、レオンはただ立ち尽くした。

リリアナが新しい夫の腕を取り、祝福の拍手の中に消えていく。

その背中が遠ざかるにつれて、レオンの胸には虚無が広がっていった。


 七年。その歳月が二人を永遠に引き離した。

愚かな選択がリリアナとの未来を奪った。

この無力感は剣を失うよりも、名誉を失うよりも重く、レオンを打ちのめした。


 夜が明ければすべてが終わる。

リリアナを迎えに行けば、かつての日々が戻ると愚かにも信じていた。

だがそこにあったのは冷たい現実と、取り返しのつかない後悔だけ。


 レオンは木陰からゆっくりと身を翻し、礼拝堂に背を向けた。

朝の光が降り注ぐ中、彼の心は冬の嵐が去った後の荒涼とした大地のように、ただ寒々と広がるばかりだった。


 この礼拝堂で、リリアナと結ばれるはずだった未来はもう二度と訪れない。

残されたのは、胸の奥で燻り続ける消えることのない愛の残滓と、深い絶望だけだった。


 そしてその絶望の底で、レオンは自問する。

(このまま、本当に……これで良かったのか?)

 その問いに、答えはなかった。

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