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第1章 魔獣被害を解決せよ 7

トラヴィスは調理場の鍋やまな板を見回すと、ライルに向けて朗らかに問い掛けた。


「それって時間かかるやつ?」

「お前次第だ」

「ですよね。じゃ、仕込みもあるし手早く。最近のおっさん共の悩みって言うと、やっぱあれだ。沖の方の渦潮」

「う、渦潮……?」


トラヴィスの答えにピンと来なかった様子のミレイユが困惑顔を深めた。まさかと思い、ライルはミレイユに視線を寄せる。


「渦潮っていうのは」

「そのくらい分かりますって! セオリツ湾の沖は大きい渦潮が発生することがあるんですよね。その理由は海流や島の位置によるうんたらかんたらとか」


気を遣ってライルが解説を仕掛けると、慌ててミレイユが上から被せた。どうやら一応基本的な知識はある、とのことだ。


「でもそれが悩み、なんですか? 漁は渦潮の発生域までは行かないって、聞いたことがあります」

「あー、確かに漁師の方はあんま言わないなぁ。ただ、運搬船の乗組員の方はよく言ってんぜ。遠回りしただの、立ち往生しただの」

「運搬船って……えぇと、大型魔動運搬船のことですよね! 先程も拝見しました! 数年前にお隣のグラナド帝国から寄贈されて、一度に大量の荷物を運べるとか!」


こちらは疑問符を浮かべてすぐに、ライルの顔をチラッと見やったミレイユが語った。彼女の情報は正しく、昔から渦潮によって抑制されていた海運業が、大型魔動運搬船の導入で飛躍的に伸びたのは誰でも知ることだ。

その要因の1つが、大型魔動運搬船であれば渦潮を越えられる、という事実である。


「……つまり、大型魔動運搬船は実は渦潮を越えられない。いや、越えられなくなったってわけだ」

「そゆーこと。何でも最近、規模と数が増加してるんだとか。だけど、上に言っても軍に言っても対処方法なんてないわけだから、困ってるらしい。渦潮をモチーフにした料理を出したらバカ売れするくらいになっ! ハッハッハッ!」


ライルの推察に大きく頷いたトラヴィスは、最後に自らの地獄耳を誇示するように高々と笑った。その一方で難しい表情で思案するミレイユは、助けを求めてライルを見やる。


「ライル先輩、それって……?」

「……もう一つ、魔獣に襲われることが増えたって話は聞かないか? こっちは主に乗組員じゃなくて、漁師の話だ」

「魔獣? それならむしろ減ったくらいだぞ。何せここいらの漁師は運搬船が来た時に、ごっそり乗組員に鞍替えしたし。もう海都に漁師がほとんど残ってないのはライルさんも知ってるだろ」


当時、運搬船の乗組員の募集は破格だったらしい。そのせいで漁獲量が落ち込んだ時期があったのも、まだ新しい記憶だ。


「あん時はしんどかったなぁ。質も量も満足にいかなくて、何とか持ち直したけど……それに比べれば今は比べるまでもないけど」

「けど、さっきの質問に戻れば、決して心当たりがないわけじゃないだろ。漁師が魔獣に襲われてるのはこっちも確認してる。漁獲量にも影響が出てるはずだ」

「あぁー、それが本命の調査なのか。ライルさんの言う通り、おっさん共がちょこちょこぼやいてるのは聞いてるし、ここんところ量が下がりっぱなしだ。だから、魚介以外の料理も出し始めたんだ」

「…………そうか」


やはり、という答えだった。チラリとカウンターを一瞥しても、肉や野菜といった食材が多く並んでいる。直接的な影響を再確認したライルへと、トラヴィスはニヤリと笑みを浮かべた。


「俺が仕入れたのはこんなところだけど……つまりこれは、守護者ギルドに期待していいんだよな?」

「あっ……は、はい! 何とか出来るように」

「それを判断するための情報収集中だ。行くぞ、ストラス」


中途半端な答えを出しかけた新米を遮って、ライルは淡々と告げた。それからトラヴィスに礼を言い、慌ててお辞儀をするミレイユを連れてレストランを後にする。


そして、この後の相談のため振り返ったライルの前には、頬に手を当てて考え込むミレイユがいた。疑念渦巻く中に、何か手応えを得たような顔。何を考えているかは、当たりがつく。


「大方、渦潮が大きくなったことで、海は荒れるし、それに追われた魔獣が縄張りを失って、漁師を襲うに至った。って考えてるんだろ」

「なっ……何で分かるんですか!?」

「何でも何も、いかにもな流れだろ。先に言っとくと、それを否定するつもりはない」


ライルがそう断言すると、ミレイユは呆気に取られたようで口を半開きにした。それはそれで失礼に感じるが、構わずライルは意見を続ける。


「至極単純に否定する根拠がないし、さっきも言ったがいかにもな話だ。だが、分かってるか?」

「何がでしょうか?」

「そうなると原因は増加する渦潮だってことだ。つまり、それをどうにかしないと元通りにはならない。そうなると、守護者に出来ることはないだろうな」

「ま、まだ分からないじゃないですか! もしかしたら、悪い人が魔導で渦潮を増やしてるのかも」

「……どんなタラレバを言うつもりだ、お前は」


ミレイユから飛び出た突拍子もない発想にライルは思わず呆れ果てた。川の流れを操るならいざ知らず、大渦の発生など人の身には到底あり得ない。


「海都での情報収集はこんなもんだろ。そろそろ移動するか?」

「えっと……いえ! やっぱり渦潮との因果関係は気になります! とりあえず、セオリツ湾のどの辺りで増加してるのかを聞き回りましょう! その後で、漁村を巡って漁師の皆さんに、どこで魔獣に襲われたのかを調査するんです!」

「……まあ、いいだろう。それでいくか」


ミレイユの発想は、渦潮と魔獣被害の位置関係の整理なのだろう。十分な妥当性のある発案に頷いたライルを見て、顔を輝かせたミレイユは再び港へと歩き出した。

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