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第1章 魔獣被害を解決せよ 5


「結論を言うと、兆候はなかったよ」


それはあっけらかんとした回答だった。ライルにとっても半分予想外な答えであり、ミレイユはというと強張らせていた肩を落として、気落ちした様子でポツリと呟くように問う。


「それって……何も異変はなかったということですか?」

「もちろん、十二年もあれば変化はあるよ。けど、その変化は経年による緩やかなものだけで、大差ない」

「魔獣の行動に変化が起きるとすれは、獲物がなくなったか、縄張り争いにに負けたか。その気配もなかったのか?」

「うん。それらが原因と見られる乱れは大なり小なり起きてたけど、漁が出来ないほど魔獣が人を襲うようになった、とは噛み合わないんだ。時期や規模がね」


アインは手元の資料を一瞥することなく、ミレイユやライルの問い掛けに答えた。その言葉を聞きながら資料を追い掛けるが、確かにライルの目にも異常は見られない。


「……要するに、仮に現実に魔獣の被害がなかったとしても、観測結果は変わらない、ってわけだ」

「そーなんだよね。不思議な部分はあるけどさ」

「っ、何ですか、不思議な部分って!」


期待を寄せたミレイユの視線の先、アインは頬に手を当てて首を傾けた。はっきりしないのか、うーんと唸り声まで上げる。


「そうなると魔獣が船を襲う意味が分からないんだよね。魔獣誘導灯があるんだから」

「魔獣だけが嫌がる光を放って、安全を確保する設備ですよね。そのおかげで、魔獣による被害がないと聞いています!」

「あれってよく出来てて、中型魔獣程度なら近付いて来ないんだ。しかも年々性能は上がってる。それなのに、被害は増している。どういうことなんだろうね?」


頬に当てていた手を左右に開いて、お手上げとばかりに疑問符を放つアイン。そもそもの疑問に立ち返るような投げ掛けに、思わずライルは目を細めた。


「全ての物事は魔導で説明ができる、とかドヤ顔でぬかしてた奴の言葉とは思えないんだが」

「あーっ! それ言うー!? 連絡して来てから3時間ちょっと。十二年分のデータをまとめるだけでも良くやったと思うんだけど!」

「わかってる。助かった」


カップの底に残っていたコーヒーをグッと飲み干して、ライルは立ち上がった。それを予期していたのか、アインも席を立って道を譲る一方で、ミレイユは口を半開きにしている。


「行くぞ、ストラス。この場で得られる情報は手に入れた」

「えっ、で、でも答えが出ていないじゃないですかっ」

「答えは、現時点では海洋調査と被害状況の因果関係はない、だ」

「まあ、もっと時間があって、もっと明確な調査が出来れば何か分かるかもしれないけどねー」


アインはコーヒーで喉を潤して、ミレイユをじっと見つめた。容姿だけで言えば若く見える童顔が、ミレイユを掴んで離さない。


「今は無理かな。もっと、取っ掛かりがないと。それさえあれば、今度こそ魔導の本領を見せてあげられるよ」


そうして出口へと歩き始めたライルとアインの結論に、ミレイユは両拳を握って言葉を呑み込んだ。そうして、コーヒーを呷ると渋い顔で飲み込んで立ち上がる。


「だから何かあったら声をかけてよ。――それじゃ、またね」

「……ありがとうございました!」


アインの呼び掛けに送り出されて、彼女の研究室を出た。ミレイユは何か考え込んだ様子で、ライルの後ろを歩く。

魔導監察局の建物を出た頃には、空には帷を降ろしたような夜と星空が広がっていた。与えられた任務も完了している。業務は終了だ。


「送るぞ、どこまで行けばいい」

「あっ……じゃあ、支部まで! 当分そちらに部屋を借りたので」

「分かった」


淡々としたやり取りの後、魔動車に乗り込んで発進してからもミレイユは空一点を見つめている。その内容は大体予想はつく。


「……ライル先輩はどう思いますか? 兆候はないのに、実際の被害はあるなんて」

「アインも言ったように、標準的な観測方法じゃ拾えないってだけだろ。だったら別の原因があるってことだ」

「そしたらそれを見つければ……!」

「解決するかもな。だが、解決しないかもしれない。それに、その原因は何か、特定する方法は。俺達にはその手掛かりがない」


ライルが語ったのは現実だ。手っ取り早い手掛かりがあるとすればアインの監察だと考えていた。

そのアテが外れた以上、0から当たる必要がある。尤も、隣に座る新人はそれを良しとするだろうが。


「そして、それには莫大な時間と手数が必要だ。セオリツ湾がどれだけ広いと思ってる」

「そんな……」

「所詮守護者は個人の集まりだ。いつでも人手不足だし……出来ることは限られてる」


守護者は慢性的な人手不足だ。正義の味方と揶揄する声も多いが、そんな正義に身を捧げる者などそうはいない。


「……じゃあ、王国軍と連携すれば、どうでしょうか!」


奥から搾り出したような声音で提案するのは、トルクエニドの正規軍のこと。国防を担う彼らは国内最大規模の組織であり、何かを守るという観点では守護者と共通する。

だが――


「無理だろうな。連中は国王の飼い犬だ。保身ばかりで帝国に擦り寄った国王じゃ、漁師が苦しんでいるってのはむしろ今の政策の追い風にすぎないだろ」

「でも……! 中には話の分かる人もいると思うんです!」

「いたとしても、そんな人が今の王国軍の中で動かせる人員なんて限られる。望みはかけられない」

「……やっぱりそうですよねっ」


ミレイユは照れ笑いを残して、王国軍という提案を呑み込んだ。それから顎に人差し指を突き当てて、ぶつぶつと次の手を当たり始める。


「……前向きだな。今日は間違いなく空振りだった。多少凹むと思ったが」

「へへへ、母に教わったんです。何があっても前を向いて頑張れって! だから前向きなのは私の取り柄なんです」


ミレイユは胸を張ってイキイキとした表情で語る。よほど自慢の母なのだろうと伝わってきた。


「それに行き止まりになるには、出来ることはあると思いますから! いくら難しくたって、アインさんの言っていた取っ掛かりを見つけるために!」


そんな面持ちのまま、グッと両拳を握って鼓舞をする。多少道が塞がっただけでは、歩くことをやめない。守護者には適した素質だろう。


(……俺とは違って)

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