第1章 魔獣被害を解決せよ 3
「はい、お婆ちゃん! もう落とさないようにしてくださいねっ」
「ありがとうねぇ。これで孫にプレゼントが買えるよぉ」
「えへへ、いっぱい喜ばせてあげてください!」
――――
「よしっ! これで討伐完了ですね!」
「ああ、そのついでだ。頼まれてたもんも、回収しておくぞ」
「了解です!」
――――
「取ってきました、ラタトスクドロップ! これで料理が完成するんですよね!」
「おおぉ! そう、そうなんだよ! 伝説のレシピによると、こいつが隠し味になって深みが増すらしいんだ……! せっかくだ、味見していってくれ!」
「わぁっ! 是非!」
――――
「よしっ! 終わりました〜!」
港沿いのレストランの依頼を終え、道路へと出るなりミレイユは満足気に叫んだ。何事かと周囲の視線が突き刺さる。
「往来で叫ぶな、鬱陶しい」
「わっ、す、すみません! 守護者の任務につい感極まっちゃって!」
「ああ、いつまで浮き足だってんだと思った。ブイヤベースをあんだけ堪能してたし」
「うぅ、守護者はずっと憧れでして……。それにそれに! とても美味しかったんですもん! 魔獣も倒してお腹ぺこぺこだったし」
呆れを一切隠さずにジト目を投げ付けると、言い訳が返ってきた。本人も楽しんでいた自覚はあったらしい。
(とはいえ、くそ真面目だな)
出発の直前にカエラから渡された依頼は、老婆からの財布探し。街道に出て来た危険な魔獣の討伐。そして、海鮮レストランの若手シェフによる食材集め。
守護者としては極々一般的な依頼に、ミレイユは全力で当たっていた。もちろん、好ましい姿勢ではある。
「ごほん、気を取り直しまして! 任務が終わったということは、次は!」
「はいはい、分かってる。だが、思ったよりも早く終わったからな――」
餌を前にした犬のような顔を向けられて、この後の予定に思案を巡らせかけたところで、胸元の小型通信機が着信音を響かせた。折り畳み式の通信機を開くと、身に覚えのある人物の名前が表示されている。
黙したまま不思議そうに見つめるミレイユを確認した後、ライルは着信に応じた。
「早かったな」
『むっふっふ〜。とーぜん! あたしの手に掛かればね! これから来るでしょ? 守衛室には言っておくから!』
「ああ、助かる」
『じゃあ、待ってる……あっ、せっかくだし、ケーキ買っ』
通信をぶつ切りしたライルは、ボケっと見つめていたミレイユに声を掛ける。
「喜べ、ストラス。調査に関する話だ」
ミレイユの顔が即座に晴れ渡った。
____
それからライルの運転で海都の南端に向かった。都市を囲む外郭を抜けて海岸線の街道に出てすぐ、二叉道を海に背を向けて進んだ先に、《グリフィス魔導監察局》が居を構えている。
古びたレンガ調の作りの施設の脇に魔動車を停めて、ライルとミレイユは施設の内部に向かった。
「《グリフィス魔導監察局》……。世界的に魔法を研究してる人達ですよね?」
「よく知ってんな。市民には一般的じゃないだろ」
「あ、えっと……そうっ、最近色んな企業と技術提供してるとか! それで目にする機会があって、調べたんです」
「はぁ、そうか」
近衛室で入館証を受け取って首から下げつつ、ミレイユが知っている理由を聞く。一昔前は影に隠れた組織だったが、近年世に出て来たのは事実だ。
おそらくそれは魔動車の開発などとの関係がないわけではないだろうと、カエラが話していたのを、ライルは以前耳にしたことがある。
「正確に言えば、連中の役目は監察と記録。研究は分析の一環で、発展性を目指してるわけじゃない、らしい」
「そ、そうなんですか……。監察と記録ってどんなことをしてるんでしょう……」
「良い質問だね。新人ちゃん!」
ミレイユの疑問に通路の奥から賛辞の声が響いた。カツカツと赤色のヒールが足音を響かせながら、脇の部屋から出てきたのは小柄な女性。顔立ちは幼く、裾が床につきそうな白衣はまるで背伸びした子供のように感じる。
だが、一番目を引くのは真っ白な絹を思わせる髪色と、血色を落とした宝石ような瞳だった。
「監察は現実に発生した事象を認識すること。記録はそれを積み上げて残しておくこと。その過程で分析、研究をしたり、結果得られた現象を企業に提供してるわけ」
「な、なるほどぉ」
そして、目を丸くしていたミレイユは女性の説明を一生懸命受け止めた後、ハッとした。
「申し遅れました! この度、守護者ギルドに加入しましたミレイユ・ストラスと言います!」
「うん、知ってる。ライルから聞いたからね。あたしはアイン・クレツレスコ。よろしく、ミレイユちゃん」
ミレイユが自己紹介をすると、アインはこくりと頷いて自らも名乗った。それからアインが差し出した右手を両手で受け取って握手したミレイユだが、端から見ればどちらが年上か分からない。そんなことを頭に眺めているライルを、ミレイユは怪訝そうに見やった。
「ライル先輩に? えっと、私、どうしてここに来たのかもまだ聞いていなくて」
「ええっ、相変わらず個人主義だなぁ。この人と組まされたなんて可哀想」
困ったように言うミレイユに対し、アインは呆れて肩を竦めながら同情した。ぞんざいな言い分だが、ライルにも自覚はあるので口を挟まないでいると、アインは人差し指を立てて得意げに告げる。
「でも安心して。君達の任務、あたしが手伝ってあげる。なんたって、全ての物事は魔導で説明ができるんだから」