第1章 魔獣被害を解決せよ 1
守護者ギルド。時には圧政者から、時には非人道的な反社会組織から人民を守るため、古来より人々の平穏を護る、その信念を胸に活動をする者の団体である。
かつて起こったとされる大戦から何十年と経過した後も、その活動は世界各地に渡って幅広く続いており、今では民間人からの依頼を受け、それを解決することを主な活動内容としている。
そして、ライル・シュナイザーは小国トルクエニドの支部に所属する守護者の1人だ。さらにもう1人。
「ミレイユ・ストラス! ライル先輩との見回りを終えて帰投しました!」
特徴的な朱色のポニーテールを揺らしながら、ビシッとした敬礼をするのは、今日から新人守護者のミレイユ・ストラスだ。
その視線の先には、大きな執務机を挟んで紺色のローブを着た女性、トルクエニド支部支部長のカエラ・マインツが微笑んでいる。
「おかえりなさい。ライル、ミレイユ。研修を終えての初見回り。どうだった?」
「凄く興奮しました! なんというか、夢だった正義の味方の世界に一歩足を踏み入れたといいますか……!」
感動極まって目を輝かせたミレイユが語ると、カエラは満足気に口元を吊り上げた。
「ふふふっ。興奮なんて、他人事みたいに言わないでちょうだい。あなたはもう、その正義の味方の一員なんだから!」
「はいっ! もちろんですとも!」
(……乗せられてるな)
ミレイユはだいぶちょろいのだろう。感動で埋め尽くされていた朱色の瞳が、今度は燃えるような熱意を放っている。
今にも後退りして離れたいライルの身動ぎを感じ取ってか、ニンマリと笑ったカエラと目が合った。
「ライル。ミレイユはどうだった? 頼りになりそうかしら」
「……実力は新米としては申し分ない。やる気もあるようだし、人当たりも良い。及第点でしょう」
「ほほー、ライルがそこまで言うなら有望株ね!」
カエラから振られたライルの好評に、ミレイユは得意げに胸を張った。自信家なのだろう、その動作には慣れが見受けられる。だからというわけではないが、ライルは横目で見やる。
「だけど、精神性は幼いにも程がある。魔獣討伐してもなお、興奮するなどと口にする阿保とは仕事をする気はしない」
「うっ……」
「脇も――」
「まあ、その辺はおいおい。言って今すぐ解決するわけじゃないんだから」
自信を折っておこうと言うわけではないが、言い放ち始めた指摘は途中で遮られた。それには一理あると、口を閉ざしたライルに、カエラは背を正す。
「で? ただの見回りだったはずだけど、魔獣討伐ってことは例の件に当たったかしら?」
光らせた目より鋭い直感に、本題に引き摺り込まれた。ライルは両手を後ろで組んで、カエラの泡のような水色の瞳を見つめる。
「ええ。イオタ村の漁師の一団が魔獣に襲われる現場に居合わせました。地引網を試したところ、網に引っ掛かって引き揚げられたとのこと」
「なるほど、数と種類は?」
「オクト種とシャーロ種が1頭ずつ。どちらも本来なら沖寄りにいる種族です」
「そう。あんまり良い兆候じゃないわねぇ」
小さく唸りながらカエラが背もたれに寄りかかった。その一方で、突然真面目な会話に切り替えたライルとカエラの空気に、ミレイユはついていけずに視線を左右に往復している。
「それであなたはどう思うの、ライル」
「……守護者として多少の調査は必要かと。最終的にどんな判断を下すにしても。だけど、そもそも」
「まあ、とりあえずあなたに任せるわ、ライル・シュナイザー。やり方も一次回答も」
ほんの僅かにため息の混ざった指示を発したカエラは、ふとミレイユと目が合った。舐め回すようにミレイユの頭からつま先までを見つめた後、イタズラっぽく微笑んだ。
「ミレイユ。何の会話してるか分かる?」
「えっと……何でしょう。魔獣が漁師の皆さんを襲っていたことに関係してて……その調査ってことでしょうか……!」
唐突に質問を投げられたミレイユは首を傾げながらも考えを発した。大正解とばかりに頷いたカエラは、机に両肘をついて組んだ両手の裏に顎を乗せる。
「今、トルクエニド王国の要である水産業に未曾有の危機が迫っているわ」
「な……なんですと……⁉︎」
支部長室の密室にカエラの凛とした声が響く。即座に背筋を伸ばしたミレイユが眼を見開く傍らで、ライルは額に手を置いた。
「昔からトルクエニドではセオリツ湾に船を出す漁が盛んに行われてる。近年の技術発達によって、漁獲量も向上しつつある――そんな時に、漁の最中に海から出て来た魔獣に襲われる事件が発生した」
「……で、でも、海に出てるなら……多少は危険を承知と聞いたことがあります。それに、魔獣誘導灯の開発でそんな事例もめっきり減ったって」
「よく知ってるわね。だから、月に1件や2件なら不運で済んだわ。それに漁師も魔獣の対処法はあるから、そういうものって割り切っていた」
狼狽えながらも常識を口にするミレイユに対して、カエラは淡々と事実を並べていく。それをミレイユが知らないのは無理のない話だ。一般的にまだ公表はされていないのだから。
「つまり、1件や2件じゃない。加速度的に増加した被害は、今では1日に誰かは襲われている。まだギリギリを保っているけれど、シャレになれない状況が迫っているわ」
ゴクリと、唾を呑み込む音がミレイユから聞こえた。緊張か、はたまた興奮か、ミレイユは口を真一文字に引き結ぶ。
「そして、私達守護者は人々を守るのが使命よ。当然この事態も見過ごせない。あなたの力も貸してくれるかしら、ミレイユ・ストラス」