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第二話 魔法が使えません。



 リゼのおかげでなんとか洗濯を終わらせたリリーは、掃除道具を抱え、王太子宮の図書室に来た。

 

 図書室は、宮殿の東側、二階と三階部分にあり、存外広い。二階の中央から三階に階段が延び、どちらの階にも本棚が規則正しく並んでいる。本棚は壁に沿うようにも設置され、その高さは天井近くまであった。

 

 棚にはみっちりと本が詰まっている。ところどころに置かれた椅子や机は、本を読むためだろう。にも関わらず、利用する人はいないらしい。


 勿体ないな、と思いながら、リリーは手に持ったハタキでパタパタと本棚を叩く。


 この広い図書室を、なんとリリー一人で、しかも午前中以内に終わらせなければならないという。ちなみに、あと三時間ほどで正午になる。……いや、無理だろ。


 鞭回避を早々に諦めたリリーは、ハタキを床に置き、適当な本を引き抜いた。胡桃色の表紙をめくる。どうせ鞭で打たれるのなら、少しでも知識を身につけておいた方が無駄がなくて良いだろう。


 とはいえ、リリーはまともに教育を受けていないのでほとんど字は読めない。前世で使っていた言語ともだいぶ異なる。


 文字は読めないが、どうやらリリーが手に取ったのは魔法に関する書物らしい。途中途中のページに、図や魔法が描いてある。それらも前世で使われていたものとはだいぶ違う。


 魔法、魔法なあ。リリーは本から視線を上げ、宙を睨んだ。


(なぜ、私は魔法が使えないのだろう)

 

 魔力はある。……気がする。けれど、何故だか魔法が使えない。そもそもこの世界でどう魔法を使うのか知らないのだが。


 浄化魔法は聖女の専売特許だから難しいが、風の魔法ひとつでも使えれば、掃除もすぐに終わるだろう。


(試しにやってみようか)


 リリーは目を瞑って、体に流れる魔力を意識する。うん、魔力はあるな。前世のやり方でできるかわからないが。

 身の内にふつふつと熱が湧いてくる。風の魔法を行使しようとした、その瞬間、


「……っ!」


 リリーを中心に、ものすごい突風が生まれた。

 

 棚が倒れ、バサバサと本が落ち、長いカーテンがばさばさと翻って、窓という窓がパリンパリンと高い音を立てて割れていく。


 リリーは慌てて魔法を止めようとしたが、体の内側に生まれた熱はなかなか消えない。たまらず咳き込むと、赤い血が口から滴った。


 消化しきれなかった魔力が、身の内側を傷つけているらしい。


(ああ、これは……まずいな)

 

 くらりと意識が遠のく。霞む視界に映ったのは、酷い有り様となった図書室。ああ、早く片付けなければ、また鞭で打たれてしまう。けれどリリーの体は床に倒れ、意識はぷつんと途切れた。





「……れか、誰かっ! 早く治療師を……!」


 女が叫んでいる。

 ぽたぽたと降ってくる温かい雫は、涙だろうか。リリーはうっすら瞼を開いたが、視界が霞んでよく見えない。


 女はリリーを、つよくつよく抱きしめていた。まるで、どこにも行かないでとしがみつくように。背中に回った手が、温かくて心地良い。


 そのまま眠ろうとするリリーの頬を、女ががしりと掴む。


「ああ、駄目! 駄目よ、リリー!」


 怒っているような、焦っているような。

(この人のそんな声、初めて聞いた)


「治療師はまだ来ないのか!」

「先程呼びに行かせました、殿下」

「はやく、早くしないと! リリーがっ、私の子が!」


 ああ、これは夢だ。

 リリーは気がついた。だってもう、母親はとうにこの城を出ていったのだから。リリーを置いて。


(これは……この夢は、リリーの願望だろうか)


 それとも。


(私だって、まだ八つの少女だ。母親だって恋しくなるさ)


 この温もりが夢でなければいいのに、と願ってしまう自分に気づき、リリーはまるで他人事のように哀れんだ。


(私はつくづく家族に恵まれないな)


 寂しいと思うのはきっと、まだ幼い少女だからだろう。


 リリーの意識は、ゆっくりと闇の中に沈んだ。






  穏やかに頬を撫でる風に、リリーは目を覚ました。

 仰向きに眠っていたようで、見覚えのある高い天井が目に入る。次いで、天井まで詰まった本棚も。


 ……なぜ、図書室で寝ているのだろう。起きたばかりの頭でぼんやりと考えてリリーは、ハッと身を起こす。


(そうだ、私、魔法を使おうとして……)


 上手くいかず、暴走して気を失ったのだ。自分の失態を思い出し、額に手を当てた。

 

 どれくらい気を失っていたのだろう。早く図書室を掃除しなければ、鞭どころではすまないぞ、と憂鬱になりかけたところで、血塗れだったはずの手がやけに綺麗になっていることに気がつく。


(おや……?)


 着ていた服も綺麗になっている。床には汚れどころか埃も、硝子の破片も落ちていない。

 

 リリーはきょろきょろと辺りを見回す。落ちたはずの本は綺麗に棚に収まっているし、割れたはずの窓ガラスも元通りになっている。開いた窓から吹き込む穏やかな風が、静かにカーテンを揺らしていた。


 まるで、夢でも見ていたようだ。おあつらえ向きに、床には枕が置いてあった。リリーが寝ていた跡がまだ残っている。


(ふむ)


 リリーはふかふかの枕に何度か手を沈めたあと、乱れた髪を纏め直す。それから枕を抱きかかえて図書室を後にした。

 


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