知らない影
りつは食べることが好き。白夜が耕したという畑で、季節の野菜を育てる手伝いをしていた。
毎日泥だらけになるまで野菜の世話をしている。屋敷の敷地はそんなに大きくないはずなのに、桁外れに広い畑は丁寧に手入れされている。
ここはそんなのばかりだ。見た目は小さな二階建ての家のはずなのだが、豪邸のように広い。長い廊下はろうそくで照らされ、どこまでも続いているように見える。
窓から見える景色は、くるくると変わる。雨が降っていたと思えば、春色の風が吹く。畑もさっきまで雪が降っていたのだが、今は夏のように暑かった。
着込んだものを日陰に置いて、りつの横で手伝いをした。すると、すぐそばを黒い影が横切った。驚き尻もちをつくと、りつは心配そうに駆け寄ってくれる。
「どうした?」
「何か黒いものが見えた気がして」
辺りを見渡すと、いろんな場所にかすかではあるが黒く霞んで見える。
あれはいったい何なのだろう。畑の中には影になるものは近くにない。けれど、たしかに太陽の光を遮っている。
「そうか。きみはまだ見えていないんだな」
「見えてないって、そこに何があるの?」
「私たちの仲間だよ」
そう言って仲間とやらを呼び寄せたらしいのだが、私には何も見えない。
けれど、散り散りにあった黒い影はりつの周りに集まっていた。
なにやら彼女は楽しげに影たちとはなしている。
「ねえ、りつ」
「どうした?」
「その人たちは何て言ってるの?」
「そうか。声もまだか」
いくら頑張っても聞こえないし見えない。なんだか1人孤立したようで、寂しかった。
りつはいいな。きっとたくさんの仲間に囲まれていて、賑やかなのだろう。私とは大違いだ。人との関わりを避けてきた時代が蘇る。
「私、お邪魔みたいだから戻ろうかな」
「大丈夫だ。みんなきみと話したくてうずうずしてる」
「ほんと?」
「ああ」
「でも、上手く話せるか分からない」
「それの何が問題なんだ?」
まるで出来ないのが当たり前と言っているよう。
「上手い言葉は重要じゃない」
「そうかな」
「私も言葉にするのは苦手だ。だから絵にして伝える」
りつの絵はいつも暖かい。彼女の優しさが滲み出ているようだ。私も絵に表してみようか。
そう思ったが、私は絵が上手ではない。だから、彼女のように伝えられないだろう。
「心配する必要はない。きみはその表情で思いを伝えているじゃないか」
「私、顔に出てる?」
「ああ。今、とても不安だと顔に書いてあるよ」
「よかった」
心の底から楽しかった時、あなたは楽しんでいるのか分からないと言われた。それから笑うのが少し苦手になって、心を隠すようになった。
だけど、りつはほんの少し見え隠れしていた本当の心を見つけてくれた。彼女だけではない。他の住人たちも同じ。
きっと姿の見えない彼らにも伝えられる日が来るかもしれない。
自分の気持ちを伝えたい。そう思えたことが嬉しかった。