涙の夜
りつはその絵を私にくれた。どこに飾ろうか。私の部屋は彼女がくれた絵でいっぱいだ。
私という存在はありふれたもので、決して特別ではない。似たような人や、優秀な人は山ほどいるだろう。
だから大切になど思ったことがなかった。自分を痛めつけたって、何も感じなかった。
そんな私を、彼らは優しく叱ってくれた。涙を流せば拭ってくれて、血を流せば包帯を巻いてくれた。
食事をおろそかにした時は、私の好物を毎日用意してくれた。
「食事はちゃんと摂りなさい」
「お腹すいてません」
「それでも食べるんだ」
月夜は私が何度断ってもその場を離れなかった。その奥では、皆がこちらを覗いている。
心配してくれているのは分かっている。それでも、なんの気力も沸いてこない。昨日も一昨日も何も食べなかった。お腹が空いていない訳ないのに。
好きだったものは、なんの味もしなくなった。美味しく感じなかった。
目の前にある出来たての食事から目をそらした。
「死んじゃうよ」
「別にいい」
悲しそうな顔で、兎月は私を見上げた。とっさに出た言葉は嘘ではないけど、本心でもなかった。
「そんなこと言わないでよ」
「ごめん。でも私、もう分からない」
「分からなくていいよ。分からなくていいから、ここに居て」
しがみつく兎月は泣いていた。どうして彼女が泣くのだろう。
大泣きする兎月につられ、いつの間にか私も泣いていた。一度泣くと止まらなくて、一緒に泣いた。
駆け寄ってきたりつはしきりに涙を拭いてくれた。美鷹は温かい紅茶を持ってきてくれた。
その夜のことはずっと忘れないだろう。私の中にみんなの存在が刻まれた日だから。