色づく世界
あの時からだ。私の中で渦巻いていた得体のしれないものが薄れていったのは。
屋敷にいる時だけは、少しだけ自分を生きることが楽になった。私が私でいられる場所にはまだ遠いが、どこよりも近い場所。
ここであったこと、忘れたくない。もらった温かい言葉、心地の良い笑い声。言葉のない励まし。全部この胸にしまっておきたい。
苦しいことも、悲しいことも、痛いことも。その先には、全てを上回る程の輝きが隠れているから。
何億もの諦めようとする理由。それを吹き飛ばしてくれるような、たった一つの生きたい理由をくれた。
私がどれだけ積み重ねようともお構いなし。そよ風のような一吹きで全てさらってくれる。いつも、そんな優しさに見守られていたのだ。
「生きててよかった」
心の底からそう思った。いや、生きててよかったと思えたことが嬉しかった。
「ええ。僕も」
シロも何か抱えているものがある。どこかに消えてしまいそうな儚い表情。それでも、ふっと細められた目には強いものを感じた。
ここまで生きてきたからたどり着けた。結果論は好きではないが、悪くない。知ることなかった思い、見たことのなかった景色。出会うのとのなかった人達。
知らなければなんともない。だけど、知ってしまった今、無かったことには出来なかった。
傷の跡は消えないけれど、その分優しさをもらった。だから、この傷は悲しい思い出じゃない。もらったぬくもりの数だ。
「私、忘れたくない」
ここで過ごした時間も、みんなのことも。
「きみが居る限り、ずっとここにあります」
「でも、忘れようとした」
「大丈夫。心はいつでも覚えています。だから、大丈夫」
「うん」
「見てください」
シロが指さした先には、虹が架かっていた。