真っ白な世界
なにも感じることがなければ、楽に生きられる。なにも見なくない。聞きたくない。
汚れだ景色は心を乱す。耳をつく音は、感情を揺さぶらせる。
だから、人々が行き交う街は大嫌いだ。悪意が渦巻く人の波。入り込んでしまえば、溺れそうになる。
黒くよどむ交差点。その真ん中で、前も後も分からなくなった。砂嵐のようなざわめきの中で、冴えた音が聞こえた。その音を頼りに、逃げるように入り込んだわき道。その先にこの場所があった。
騒がしい声も信号機の音も聞こえない。まるで、時が止まっているようにしんと静まりかえっていた。薄いもやのかかった大きな屋敷。知らないはずなのに、窓からこぼれるオレンジの灯りはほっとした。
どうしてこんなにも泣きたくなるのか分からない。ただ、ずっと引っかかっていた物が流れ出したように、涙がこぼれた。
その時、たまたま帰ってきた月夜が屋敷に招いてくれた。
「さあ、温かい紅茶でも飲んでゆっくりしていきなさい」
「ありがとうございます」
小柄で可愛らしい見た目の割に大人びた振る舞いをする月夜。話し方や仕草がなんとなく、祖母を思い起こさせた。
母と喧嘩し、ふて腐れている私のそばに来て、甘いお菓子とお茶を出してくれた。
理由も聞かず何を言うわけではなく、ただ隣にいてくれる。そんな優しさを思い出した。
「落ち着くまでここに居たらいい」
「でも」
「私はいつでもきみを歓迎するよ」
月夜との出会いをきっかけに、私もこの屋敷の住人になった。