始まりの夜
扉をくぐると目の前の廊下は居間に通じていた。こんなに近かったかと見渡すと、通ったはずの扉が消えていた。
「きみ。廊下の掃除は終わったかい?」
居間から月夜が声をかけてきた。
「ええっと……」
「もしかしてサボってた?」
「いや、サボってたというか。なんというか」
言い訳を考えていなかった。こんなに長い時間、何をしていたと言えばいいだろう。
「きみもサボってたのか?」
顔中ほこりまみれになった美鷹が不機嫌な様子で出てきた。
「サボってないよ。ちょっと遠くまで行ってただけだよ」
「遠くってどこだ?」
「まあまあ」
噓はついていないが、変な返答なのはわかっている。そんな私たちの間に月夜が入って追求を遮ってくれた。
美鷹は仕事を増やされると思ったのか、居間へ戻っていった。
「素敵な出来事に出会ったような顔だね」
「そうですか?」
自分の顔をさわり確認するも、よく分からない。でも、嬉しいことがあったのは確かだ。
「あの、私……」
「何も言う必要はないよ。なんたって今日は素敵な夜だから」
外は暗くなり、明かりが灯っていた。
それから私たちは居間で、いつもより賑やかな食事をみんなで囲みくつろいだ。紅茶を飲み終えた頃、月夜がお開きの合図を出した。
「今日はみんな、もう部屋へ戻るといい」
「そうだね」
みんなが口々にそう言い、席を立った。もう少し、おしゃべりしていたかったのに。
だが、みんなが居ないのならここに居ても仕方がない。私も片付けをし、部屋に戻ろうとすると月夜に呼び止められた。
「きみはここへ来て幸せかい?」
突然そんなことを聞かれるものだから、ぽかんとしてしまった。
「すまない。今のは忘れてくれ」
「はい」と言うことしかできず、月夜を見送った。




