白い猫
あの日は、月の出ていない暗い夜だった。薄暗い街灯を通り過ぎた時、その猫が居た。
俯きがちに歩く私にはすぐに見つけられた。とても綺麗な毛並みは、私と大違いだ。
身だしなみは最低限。化粧はほとんどせず、髪は適当にまとめただけ。出勤の15分前に起き、急いで支度をする。
時間があると、仕事に行きたくなくなる。だから、ぎりぎりに起きるようになった。
いいことではないのは分かっているが、そうしていないとこの社会を生き抜けない。今日も職場でずたぼろになったばかりだ。
ため息しかでず、生きる楽しみも分からなくなった。明日が来ることが怖くて、いっそのこと全て捨ててしまおうかと考えた。
そんなときに、白い猫がにゃーと泣いた。そして立ち去るかと思えば、首の鈴を鳴らし振り返る。
「にゃー」
ひと鳴きするとまた歩いて行き、そして振り返る。
まるで、着いておいでと言われているよう。そんなことあり得ないと思う判断力が無くなっていた。私は猫が進む道を進んでいた。
狭い道に入り、少しすると屋敷が目の前に現れた。
その日から私の世界は少しだけ変わった。1人だったはずの生活は、賑やかな住人達にかこまれる。「おかえりなさい」の声でこわばった心がほぐれる。
温かいご飯をみんなで囲み、広い湯船に心ゆくまで浸かる。
夢でも見ているのではないかと思うような場所だった。
不思議な屋敷に連れてきてくれた白い猫。あの猫が月夜だったのだろうか。それなら言ってくれてもいいのに。
言わないと言うことは違うのだろう。それに、月夜とは少し雰囲気が違う気がした。




