秘密事
居間に戻るまで、何も会話をしなかった。聞きたいことはあったけど、聞いてはいけない気がして。
それでも気になって、美鷹の去り際に聞いてみた。
「あの部屋は誰のものなの?」
「あの辺には近づくな」
「なんで?」
「なんででもだ。化け物に襲われたくないだろ」
「そうだけど……」
確かに怖い気持ちはある。けれど、同じ屋根の下で暮らす者として仲良くしたい。
姿が見えるのなら、声が聞こえるのなら会わない訳にはいかない。きっと、その化け物は私を呼んだ。
あの部屋で何か伝えたいことがあったんじゃないだろうか。もしそうなら、知らない振りはしたくない。
「その化け物はこの屋敷の住人なんじゃないの?」
「そうだが、あいつは駄目だ」
「でも」
「駄目だ」
そう言われれば、もう何も言えない。いつもはのらりくらりとかわすくせに。
なにか隠したいことがあるのは確かだ。
「絶対にあの部屋には近づくなよ」
「分かった」
鋭い目で見られれば、従わざるを得ない。気になって仕方ないが、あの部屋のことは考えないようにした。
その日から、妙な視線を感じるようになった。一人でいる時に多く、辺りを見渡すとその気配は消える。奇妙だけど、恐ろしいとは思わない。
その視線が交わらないことが悲しかった。
私はいつでも話しかける準備が出来ているというのに。あの日鈴の音が聞こえた廊下にすわり、しばらく奥を眺めていた。
部屋には近づいていないから、美鷹との約束は破っていない。だから見つかっても大丈夫と自分に言い聞かせた。




