悪魔召喚
親友が黒魔術の本を手に入れたので早速、奴の家の地下室で悪魔を呼び出すことにした。
と、この話を聞いた者は何を馬鹿なと思うかもしれないが、この本なんと、耳をあてると貝殻のように音が聞こえるのだ。
それは地獄の底でもだえ苦しむ亡者の声のようであり、火炙りにされる魔女の嬌声のようでもあり、おれたちの知的好奇心を大いに刺激し果ては勃起までさせるのだ。
ちなみに、貝殻を耳にあてると波の音が聴こえるというが、それは耳と貝の間にできる隙間からノイズが入ってきて、そのように聴こえるだけで貝の死骸が海に思いを馳せているわけでもなんでもない。
と、いった知識を持っている賢いおれたちは悪魔を騙し、上手いこと永遠の命をいただく策が四十八手以上ある。ちなみにおれが好きなのは立ち松葉。親友は宝船。そういうわけ。
「エッサエッサフォゲン」
「ウラライカラライア」
地下室の中央にでっかく魔法陣を書き、イモリの目玉だのなんだの本に書かれていた材料をその陣の中心に置き、呪文を唱え、さあ悪魔とご対面。
「……なあ、これ」
「……ああ」
悪魔の召喚には成功した。だが、それは見るからに
「おっさんだな」
二人、声を揃えて見つめる先、そこにいたのは体を抱えるようにして横たわる全裸のおっさんであった。
ガリガリで頭は禿げている。年代はわからん。脂ぎってはいるから老人ではないはずだがわかりたくもない。
「ん、おい待て。一応、小さいが角はあるみたいだな」
「ああ、確かに。悪魔ではあるようだ」
おれたちは陣の中に入り、おっさんの首根っこを掴んだ。悪魔など何のその。こちとら若さ迸る男子高校生。おやじ狩りも様になるというもの。
「おい、悪魔。とっとと、おれらの願いを叶えろ」
「無償でな。包茎野郎」
「ひっ、ひひ……ひ、ひ、ひ……ひひひ……ひん、ひひひひ……」
「……駄目だなこいつは」
「ああ、追い返そう」
おれと親友は顔を見合わせそう言った。しかし、本をよく読み返したのだが追い返す方法が書いていない。取引が成立したら帰るようだが、いまだ生まれたての鳥の雛のように身じろぎし、か細い声で鳴くあの悪魔に永遠の命などという大それたものをおれたちに与えてくれるとは思えない。
さてどうしたものか、とおれが本を読みこんでいると「ぎゃっ!」という悲鳴が聞こえた。
「おい、何してるんだ?」
「ああ」
「ぎぃ!」
「要は」
「ふぐぅ!」
「次の悪魔を呼び出すのに」
「ぎゃう!」
「邪魔だって話だろ?」
「あうぅ!」
「殺しちまえばいいと思ってな」
「ぎゃあ!」
成程、合理的だ。さすがは親友。しかしこうしたほうがいい。おれは立てかけてあったシャベルを奴に投げて渡し、自分は工具を手に陣の中へ入った。おれは腹を押すと絶叫する人形を思い出した。
「……よしと。準備ができた事だし」
「もう一回だな」
再び材料を陣の中央へ。呪文を唱え、さあ、悪魔の御開帳。
「……またかよ」
「……まただな」
「ひ、ひ、ひ、あ、あぁ!」
「……よし、もう一度だ」
「そうだな、いや、あの二体どっちも下級悪魔だとすると、本当にこれであっているのか?」
「うーん、本には悪魔を出現させる方法としか書かれていない。そうだ、材料の量を少し多めにすればいいんじゃないか」
「なるほど。念のため、たくさん用意しておいてよかった」
今度は上手く行く気がした……が
また失敗。
「ぎぃ!」
その次も失敗。
「ぎゃあう! ががががが」
またまた失敗
「ひぃぃぃぃ、ああぁぁぁ! うあぁぁ」
またしても失敗
「あぅ、あぅあぁ! ああぁ! ああっ! ういいいい! があああ!」
やっぱり失敗。
「ぎぃぃぃ! あ、あうぅぅ! ぎゃ! あ、あ、あ、ぎぎぎぎぎぎうううぅぅぅ……ひ、ひ、ひ、ふぎゃああ! ああああ! ああああああ! あ、あ、あ、ひぃぃぃぃぃ、あ、あああ! ああああああああ!」
「ふぅ、おっさんやジジイみてーなのばっか。これで何回目だ?」
「さあな、そろそろ材料が――」
と、おれが溶けるように消えていく悪魔の死体から顔を上げ、親友を見た時だった。
お前、角が……と、おれが言おうとしたところで親友がおれの額を見つめ目を見開いているので、奴も同じことを言おうとしたのだとおれは察した。
そのまま数秒見合っていると、遠くのほうからバチバチとまるで炎が燃え盛るような音と、それに絶叫が聴こえてきた。そして、どういうわけか親友の身体がスゥーと消えていくように、つまり、それは――