手伝えない、片付けられない
「ただいま」
まだ誰も居ない家に帰ってくる。おかえり、の返事はないのに挨拶してしまう習慣は、むしろ条件反射の方が近い。誰も居ないから、廊下に音だけが通る。誰も居ないから、置かれてある袋詰めを避けながら通る。リビングにもキッチンにも不要な物が多めでも、二階のワタシの部屋まで行けるから問題ない。建てて10年ちょっとくらい経てば、外側はまだ綺麗だが、家の中はこんな感じ。
ママは遅くに帰ってくる人だった。仕事だと言って忙しなく、でもお洒落でいて、それ以外も忙しそう。ママだって女子だから。手が回らないところは先んじて、家事の分担とかはワタシに頼んだりする。対価はお小遣い。ワタシは受け取っているけれど、本当はあまりお手伝いの気が進まない。料理が苦手とか、掃除が雑とか、洗濯とか、事実苦手で雑だけど、とにかく取り込むのは嫌で、言い付けは守ろうと思うけど、ママの役割分は残しておく。切り上げて早く帰ってきてくれないかな。ママのこと嫌いじゃないけど、ワタシ聞き分けよくないよ。
パパはたまに帰ってくる人だ。出張は月を跨いで度々、本人は家を空けるけど、本職は家を造る仕事。この家もパパの建築で、だからかしら帰ってくると玄関前、マイホームを見上げてはワタシに説明する。やれ屋根の形、角度がどうたら、窓の位置で採光がうんたら、壁の塗りで断熱がかんたら、隣の家とかこうなってる、とか。ただそこ、分かってないのだから、深掘りされても会話に困る。
そんなパパが帰ってきた。ママも早めに帰ってきていて、廊下も室内もある程度は減らし、ワタシも手伝いった。でも、まだ単純に雑多、なのは変わらない。普段からしていないので、存在感は隠せない。気付かない訳ない、ソファに腰掛けていたパパは、ママが離れたタイミングで訊いてきた。
「最近ママ、忙しいのかな?」
「別に、いつもと変わらない、みたいだけど」
「家の事、お手伝いとかしてる?」
「…してるっていえば、してる」
誤魔化しはよくない。たまにしか居ない、パパとの会話も合わせにくい。
「家を空けてた分、気になるのかな。ママは昔から、片付けが得意な方じゃなかったしね」
とパパ。よしっと、踏ん張って腰を上げる。
「片付けようか、二人で」
何かスイッチが入ったのか始まった。戻ってきたママには、模様替えだと言い、夕食の準備へと追いやりながら。ソファを移動させ、掃除機を持ってこさせ。二人でやっていくと、意外と早く進む。あれを捨て、これを移して、とすれば部屋の中は広くなり。
「これでどうだ、いいんじゃないか」
パパは満足げ。言い放ち、ソファに深く腰を沈み込ませた。
「そうね、十分だと思うよ」
手でポンポンと招かれ、ワタシも隣に座った。
「ねえパパ。パパはまた、すぐ出かけることになるの?」
「そうだな。しばらくは家に居ながらだけど、また仕事で行くこともあるかな」
「そう、なの」
あ、そうだ、忘れないうちに、っとパパは小声になった。財布からお札を出してきて握らせつつ、人差し指に口を当てる。
「いいって、お小遣いならママから貰ってるし」
ワタシも小声で返す。しかし、いいからいいからと、パパは甘いパパで居ようとする。
「悪いわ」
「お留守番とか諸々含めて。片付けとか家の事とか、これでよしなにって、ワイロみたいでよくないけど。ママには内緒で、ね」
結局、そのままポケットに納めさせる。悪いパパ。
「家というのは建てた後の、管理の方が大変なんだ」
良い話風に語る。頷くしかないのかしら。
「ま、できる範囲でいいからさ。ママのことよろしく」
それから一ヶ月、パパは家で過ごして、なるべく中の事はみんなで協力して。外のことも、ママは一段落したかな。落ち着いた日々が続き、そして、また出張を迎える。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
「気を付けてね」
パパは荷物を揃え出かけていく。その背を見送ったママ、とワタシ。
「夜は遅くならないようにするつもりだけど、留守番よろしくね」
身だしなみを整えながら、忙しないママ、に少しだけ見送られて家を出るワタシ。
ママは片付けが苦手、それで片付けられたのかな。お手伝いは仕方なくはないけど、パパにも頼まれていて、だからやっぱり、片付けられないのが問題。
ママは気付いていない様子だった。少しして戻ってくると、それは今までと変わらない。裏手から隣の家へ入っていき、ドアから覗くオジサンに招かれて。
「片付けるよりないか」
一人。ワタシは家の中で、これからの作業を思案した。