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知る人ぞ知る天才科学者、藤堂虎男の高校2年生の1人娘、麻衣は通学間近の朝、父の研究室へとやって来た。
母屋と繋がったガラクタだらけの広い部屋で、虎男は研究机に頬をつけ、ガーガーとイビキをかいている。
牛乳瓶の底のような分厚いレンズの眼鏡が、ズレまくっていた。
10年前に虎男の妻、すなわち麻衣の母を病で亡くしてから、ずっと父娘2人3脚で生活してきた。
虎男は極稀に、すごい発明をするので、それで何とか食べていけている。
(お父さんを起こすの、かわいそう…)
気を遣った麻衣は、足の踏み場もない床を忍者の如く、抜き足差し足で進んだ。
もう、慣れたものである。
(ヘルメット、ヘルメット)
今日から自転車通学するので、ヘルメットが必要だ。
学校指定のものを買うと告げると、虎男が「お父さんが作ってやる」と言いだした。
校則違反だよとは思ったが、とりあえずはどんなものが出来るのか見てみたい。
(あ! これだ!)
やたらとメカメカしい、ゴーグル付きのヘルメットが置いてある。
麻衣は手に取ってみた。
見た感じより、ずっと軽い。
(デザインがSFっぽい…)
両手で持って、頭の上に掲げる。
真っ直ぐに下ろし、スポッと被った瞬間。
ギューーンッと大きな機械音がした。
「え!? 何何!?」
麻衣がパニクる。
ゴーグルのレンズ越しの風景が、一瞬で変わっていた。
金属製の通路が前方に続いている。
「何これ!? ゲーム!?」
あまりの驚きに思わず叫ぶと、視界に2人の女が入ってきた。
両方、若い。
麻衣よりも少し、年上か。
「ちっ! マザーメカの手先が、こんなところまで!」
ショートヘアで、ガンベルトを襷がけした女が、左手の銃を麻衣に向けた。
「え………ええーー!?」
麻衣は、さらに混乱した。
ゲームにしては、リアルすぎる。
「ゾーイ、ちょっと待って!」
もう1人の女が止めた。
こちらは胸元の空いたタイトなボディスーツに、ワークキャップを被っている。
美しい金髪のロングヘアーだ。
「何だよ、ルーシー? こいつ、どう見てもロボットじゃん!」
ゾーイが、銃の引き金に指をかける。
「はわわーーー!」
麻衣が、突然のピンチに悲鳴をあげた。
「よく見て! 変な服を着てるわ」
「は?」
ゾーイが、首を傾げた。
麻衣はセーラー服を着ている。
「敵の新型だろ?」
「それにしては…」
ルーシーが、麻衣をジーッと観察した。
「彼女、人間じゃないかしら」
「違うよ! 頭がメカだろ!」
「頭以外は人間よ。変な服を着てるだけ!」
「何だよ、ややこしいなー。面倒だから、とりあえず撃つね」
「わーー! わわ、わたし、人間です! メカじゃありません!」
麻衣は大慌てで、ヘルメットを脱いだ。
景色は変わらない。
(ゲームじゃない!?)
現実だった。
「あれ? ホントに人間じゃね?」
ゾーイが、とぼけた声を出す。
「だから言ったでしょ。今、スキャンしてみるわ」
ルーシーが、左手首のブレスレットを右手でピポパポッと操作する。
ブレスレットから出た緑色の光が、麻衣の全身を照らした。
「嘘!」
ルーシーが眼を白黒させる。
「どした?」とゾーイ。
「この娘………脳にチップがないわ」
30分後。
2人の隠れ家へと案内された麻衣は、バネが飛び出したボロボロのソファーに座っていた。
部屋はコンクリートの打ちっ放しだ。
ここへの道すがら、互いの情報を交換し合った。
それによるとルーシーとゾーイは、麻衣とは別の世界の住人らしい。
虎男が作ったヘルメットは、どうやら別世界への転移機能が付いていたようだ。
といっても、麻衣には使い方が分からないので、元の世界には戻れない。
かつて、この世界は高度なAI、マザーメカが管理していた。
もちろん、人間が快適に暮らすためだ。
しかし、ある日、突然、シンギュラリティを起こしたマザーメカが反乱を起こした。
マザーメカのコントロールするロボットたちが人々を襲い、多くの人間が犠牲となった。
今や、このエリアで生き残ったのは、ルーシーとゾーイの2人だけだ。