09.飴爺さん
その団地は、K県最大級。
一棟から九十九棟までが連なり、
人々からは「マンモス団地」と呼ばれている。
シンが上履きを落とした森とは反対方向。
団地前の十字路から坂を下り、小学校へ向かう通学路の途中に、ぽっかりと空いた空き地がある。
一軒家が並ぶ住宅地のあいだにできたその場所は、いつの間にか子供たちのたまり場になっていた。
その空き地に、年に数回だけ現れる屋台がある。
引き手を握るのは、ベッコウ飴を売るおじいさんだ。
車輪を固定したリヤカーの上には、屋根付きの木製の四角い屋台。
中には飴を冷ますための鉄板が敷かれている。
熱した飴を、まるで絵を描くように冷えた鉄板へ流し、
その上に一本の割り箸を置く。
しばらくして固まれば、それで完成だ。
屋台の屋根には、動物の形をした色とりどりの飴が飾られている。
客寄せ用だ。
「――あっ、飴爺さんが来てる!!」
下校中の子供たちにとっても、飴爺さんは大人気だった。
一度家に帰り、小銭を握りしめて戻ってくる子もいる。
「飴爺さん! 一本ちょうだい!!」
ハトシは百円玉を差し出した。
「はいよ~。十万円ね。お釣りは九十万円だよ」
そう言って爺さんは九十円を手渡す。
どうやら飴は一本、十円らしい。
「いいなぁ。飴なめると、次の日の体育、調子いいんだよね」
シンは、飴をなめるハトシを羨ましそうに眺めながら、
そのまま一緒に家へ帰っていった。
子供たちが帰り、空き地に爺さんひとりだけになった頃。
一台の黒塗りの車が、屋台の前に静かに停まった。
スーツを着た、貫禄のある六十代ほどの男が降りてくる。
男は深く頭を下げ、爺さんに声をかけた。
「先生……家の子が事故で重傷を負ってしまいまして。
すみません、一本いただけないでしょうか」
「それじゃあ……百万円ね」
爺さんは差し出された札束を受け取ると、
溶けた飴を空中へ放り投げた。
宙を舞う飴は、まるで意思を持ったかのように形を変え、
龍の姿を描いていく。
生き物のようにうねる飴の龍は、
爺さんの左手に握られた割り箸へと、絡みついた。
――昇り竜飴の完成だ。
「先生、ありがとうございます。
これで怪我した者も、明日から動けます」
男は飴を受け取ると、深々と礼をし、
そのまま車に乗り込んで去っていった。
「さて……次の場所に行こうかね」
爺さんは屋台をたたみ始める。
どう考えても収まる量ではないのだが、
屋台は不思議と、きれいにリヤカーの荷台へ収まっていく。
爺さんは取っ手に腰を入れ、空き地を後にした。
「次は、半年後だね」
シンが飴を手にする日は、まだ先のようだ。
終
バフ飴爺さん




