五年一組探偵班
ひだまり童話館「開館7周年記念祭」参加作品です。
テーマは「7の話」です。よろしくお願いします。
五年生はクラス替えがあった。クラス替えなどあってもなくても同じだ。だって、レミには友だちなんていないのだから。
大人しくて声も小さい。そんなレミはいつも一人。
だけどレミは学校が嫌いじゃない。
レミの学校には、猫がいる。
ファーファという名前のふわふわの真っ白な猫だ。いつも教室から教室へと癒しを届けている。賢い猫なので、猫アレルギーのある生徒がいる教室へは入らない。まあ、ほとんどは校庭か図工室の日当たりのいいところで丸くなって寝ているのだけど。
その日も、ファーファはレミの膝の上で丸くなっていた。
膝があったかくて、それに撫でればふわふわ。授業中だというのにレミにとっては至福の時間であった。
ところが授業中、廊下側の一番後ろに座っている男子が気取った声で言った。
「おや~? 僕のイニシャル入り、鍵盤型定規が見当たらないなあ。誰か知らないかい?」
その声でファーファは耳をピクリと動かすと、レミの膝から降りて行ってしまった。たかだか定規くらいでクラス中に聞こえるような声を出すなんて、と恨めしい目で見ても、そいつ、つまり宍戸は立ち上がってクラス中を見渡している。
「誰か、宍戸君の定規見た人はいないか?」
先生もみんなに声をかけると、クラスメイトは自分の周囲に落ちていないかを見回したり、自分の机の中に入っていないかなど、探してみた。
「鍵盤の定規ってそれじゃない? ほら、レミちゃんの」
ところが意外なことに、斜め後ろから自分の名前を呼ばれた。
なんとレミの机の中を指さしている。
「え、私?」
まさか、宍戸の定規なんて自分が持ってるはずもない。レミは机が中に手を入れると、確かにすぐに定規に指が当たった。
「あ、これ?」
「おーう、そうだよ~白井さん。君が持っていたのかい?」
「え・・・」
なんで自分の机に入っていたのかわからない。
しかし、仕方がないので「ごめんね」と言って返した。
誰か女子が「白井さん、宍戸君のこと好きなんじゃなーい?」とクスクス笑っているのが聞こえる。
何か、腑に落ちない。
レミは宍戸があまり好きではない。
宍戸は、いわゆる陽キャですごく目立つ。背が高くて誰とでも分け隔てなく楽しくおしゃべりできる。
そんな宍戸が、音楽の時間レミに言ったのだ。
「白井さん、音楽はね、ドレミファソラシの七つの音だけでできている可愛いやつなんだよ。その七つの音の組み合わせとリズムが合わさるだけで、いろんな曲ができるなんてすごいだろう? ほら、そんな素敵なドレミファソラシを感じながら歌えば、恥ずかしくなんてないさ。さあ、大きな口を開けて歌ってごらん!」
お前は先生か!
と内心でツッコミを入れつつ、だからといって大きな口を開けて歌えるはずもない。レミは恥ずかしがり屋なのだ。人前で大きな口を開けて歌えるのだったら、今頃友だちの一人や二人いるはずだ。それができないから一人ぼっちなんだよ、と睨みつけたが、全然こちらを見ていなかった。
そんなヤツのことを好きだと思われるなんて、不本意である。
ところがその後も宍戸の持ち物が、鉛筆とか消しゴムとか、赤白帽だとかがレミの机に入っていることがあった。
レミは宍戸のことが好きだとこそこそ噂されたり、男子にからかわれたりしていたが、その噂は次第にレミが盗んだのだと思われるようになってしまった。
そこで先生は学級会の議題にあげることにした。
「白井さんが盗んでいないというのだから、みんな信じなければならないよ。あと、宍戸君も、出しっぱなしにしないように気をつけなさい」
「はーい」
当の宍戸は、自分の小物が盗まれることに関してはあまり気にしていないようである。
「さて、では五年一組探偵班を作ろうか」
「探偵?」
男子がわあわあと騒ぎ出した。
「探偵というのはね、事件の真相を調べる人のことだよ。今回は宍戸君の持ち物がどうして白井さんの机に入っていたのか、ということを調べるんだ」
「そんなの、白井に聞けば良いじゃん」
(だからやってないってば!)というレミの心の声はみんなに聞こえない。レミは大人しいのだ。だから言われっぱなしになってしまう。
「先生はね、白井さんは犯人じゃないと思うよ? もし犯人だったら、もっと気づかれにくいようにすると思うね。うん、だから、犯人は他にいる! とまあ、こういう風に考えるのが探偵だよ」
「なるほどー! わかった、俺探偵やる!」
「私もやりたい!」
こうなると、今度は我も我もとクラス中が言い出した。
結局クラスのみんなは、レミが物を盗ったとは本気で思っていないのだ。
「じゃあ、探偵班を作ろうか。それで班ごとに調査をしたり、色々考えたことを次の月曜日に発表しようじゃないか。それまでは、誰かを犯人だと決めつけるようなことを言わないように」
「はーい」
ということで、クラスの仲良しグループでいくつかの“探偵班”ができた。
レミはどこの班にも入っていない。犯人候補だからというわけではなく、友だちがいないのだ。
それを見た宍戸は、レミのそばへくると馴れ馴れしく肩を叩いた。
「僕たちは被害者だから、二人で探偵班を作らないかい?」
「えー・・・」
「よし、決まり!」
嫌であったが決まってしまって、レミは犯人だと疑われるよりももっとげんなりしてしまった。
一週間の間、様々な“現場検証”が行われた。
しかし、証拠は少ない。
出しっぱなし癖のある宍戸の机はいつでも散らかっているし、レミの机は何も入ってない。それだけだ。
休み時間は、クラス全員が外に出ているのでレミがやったとは言い難い。それに、レミは学校が終わると誰よりも早く家に帰っている。放課後に残って何かをするのは、レミには無理だろう。
「となると、他の人か」
「他のクラスの人か」
「先生とか」
「まさかー、あははは」
なかなか証拠はそろわない。
そこで宍戸はレミに、ある作戦を提案した。
「この作戦は禁忌だが、僕たちならば被害者だからこれくらいしても許されるだろう。いいね、白井さん」
「え・・・でも」
「さあ、これで君と僕は共犯だ」
共に犯人になってどうする、というツッコミは小さすぎて宍戸には聞こえない。
とはいえ、宍戸の提案した作戦は良い案ではあった。
さて、次の月曜日の学級会の時間、それぞれの“探偵班”が調査内容を発表することとなった。
「では、一班から発表してもらおうか」
先生が促すと、探偵一班のメンバーが立ち上がり、黒板に自分たちの調査内容を書いた。
「これでわかるとおり、白井さんは放課後すぐに帰っちゃうので無理だと思いました」
とりあえず一班には犯人扱いされず、レミはホッとした。
しかし二班からは衝撃の事実が持ち上がった。
「俺の班の調査によると、放課後最後まで残っているのは宍戸の隣の席の曽良さんでした。曽良さんが怪しいと思います!」
「私たちの班では、曽良さんは宍戸君のことが好きだという証言をたくさん聞きました。曽良さんが怪しいと思います!」
「曽良さんはよく宍戸君から消しゴムを借りている目撃情報がありました。曽良さんが怪しい!」
次々と出てくるのは、なんと曽良さんの名前。
曽良さんは最初真っ赤になっていたものが、だんだんと涙目になっていった。
どの探偵班からも、曽良さんは宍戸君が好きと言われた挙句、怪しがられる。
もう少しで曽良さんが犯人に認定されそうだ。
「これで全部の班が発表したかな?」
「待ってください」
先生がまとめようとしたところ、レミが立ち上がった。みんなが驚いてレミに振り向いた。レミは恥ずかしかったけれど、いくらなんでも曽良さんを犯人にしようとは思わなかった。確信もないのに、個人名をあげるなんてどうかと思う。
「私と宍戸君の調査結果を聞いてください」
クラス中がざわめいた。まさかレミと宍戸が組んでいるとは思わなかったのだ。
「は~い注目。僕たちのはとってもすごい調査です、静かに聞いてくださ~い」
宍戸はなんと懐からスマホを取り出した。
そしてみんなに画面が見えるようにして録画した動画を見せた。
「リンリン・・・リンリン・・・スタ・カチャカチャ・・・リンリン」
「これが犯人の音です!」
宍戸がドヤと言い放つと、みんなは一斉にずっこけた。
肝心の画面には誰も映っていない。どうやら机の中に隠して入れていたらしい。音だけが聞こえているだけだ。
「これは、僕たちの体育の時間の音です。そしてその後、僕の鉛筆が白井さんの机に乗っていました」
「だから、曽良さんは犯人じゃありません。私たちと一緒に体育の授業にいました」
そう言うと、曽良さんはホッとした表情になった。
「わかった! ランドセルに鈴をつけてるヤツが犯人だ」
誰か男子が言うと、今度はみんなランドセルを見に行く。女子の中でランドセルに鈴をつけているのは7人。その中に犯人が!?
「違います、みんな、席についてください」
「はい、席についてー」
レミが説明しようとしてもなかなか落ち着かないので。先生が号令をかけた。みんなが座るとレミはもう一度宍戸にスマホの音を流すように言った。
「みんな、聞いてください、この鈴の音はファの音。ランドセルの鈴の音とは違います」
「ファの音?」
「どういうこと?」
「ドレミファのファです」
「ふぁ?」
そこへチリンと鈴の音がした。
みんなが振り返ると、教室の入口に白い学校猫のファーファがこっちを向いている。
「ファーファの鈴の音です。ファーファの鈴の音は♪ファーの音でしょ?」
レミが「♪ファー」と歌ってみせると、みんなが驚いた。鈴の音がピアノの音みたいに音程があることを知らなかったからだ。
レミはスマホに録音された音を聞いて、それがファーファの鈴の音だとすぐにわかったのだった。
「レミちゃん、すごい」
「よくわかったね」
「うん。私、絶対音感があるから」
なんと、クラスに犯人はいなかった。
それどころか、人間でもなかった。
次の音楽の時間、レミがピアノを弾いてクラスのみんなで合唱をした。
毎日、学校から帰ってたくさん練習しているレミは、すごくピアノが上手だった。
レミは大きな口を開けるのは恥ずかしいけれど、ピアノを弾いてみんなと一緒に歌うことができる。みんなはそれがわかると、だんだんレミとも話をするようになった。
「白井さんには、悪いことを言っちゃったね。大きな口を開けて歌ってごらん、なんて言ってしまったけど、逆に僕たちが“指を動かしてピアノを弾いてごらん”と言われてもできっこないからね。僕たちは同じ音を、違う方法で楽しむことができる。音楽って、素晴らしいね!」
宍戸はレミに謝ったが、レミはそんなことはどうでもよかった。
「それより、机の周りに散らばってる鉛筆をちゃんと片づけてよね」
レミが言うと、クラス中のみんなが笑った。