第8話 最強のパーティ
聞けば、それはこの世で最も強いパーティであると言う。一人は鷹の目の弓使い、一人は強大な魔法使い、老いてもなお最強の槍使い、誰もが畏怖する剣術士、そしてそのリーダーたるのが傷だらけの双剣使いだと言う。もはやその者等の名はありふれて、皆が知る常識で、聞くことも出来ない程に有名であり人気らしい。
これはつい昨日か一昨日に聞いた話だ、しかも誰も彼も同じこの話題を必ず持ちかけてくる。メイラさんもオッサンの友人達からも、なんなら買い物に行った先で店員店長からも聞く。みんな笑顔でどうしようもなくワクワクした様子だった。恐らくオッサンも、リタさんだって同じだろう。それを俺は嬉しく思わなかった、正確には、乗り気になれなかった。そのパーティ見たさに人だかりができるだろうし、しかもこの人口の多いマニラウでだ。俺はもともと人混みっていうのが苦手なのは前から言っている、人に揉まれるのが嫌と言っても良い。
そのパーティが来る当日、外はとてつもなく騒がしかった。昨日オルミボスの蜜を集めたが、帰ってから疲れですぐに眠ってしまった。気持ち良く眠っていたが、その騒がしさで目が覚めた。小窓を覗けばもう何人も何十人も早歩きや小走りで同じ方向へと向かっていた。
「ああ…今日なのか…」
しかめた顔をしてベッドを降りた。一応下見で人だかりの中心を見に行った時には起きてからもう2時間は経っていた。中心は見えないが、そこでは皆が皆叫んでいた。それはそのパーティに向けた黄色い歓声が主だったが、中にはおかしな事を言う者もいた。
「ドーラさん!矢筒見せてくれぇ!参考にしたいんだ!」
男の太い声だった。恐らく鍛冶屋の者だろうが、そこまで矢筒に関心があるのか、その矢筒はかなり特殊な構造をしているのだろう。はっきりと聞こえたものはこれだけで、後は全て歓声にかき消されていた。もはや中心などどこにあるかも分からず仕舞い。とりあえず理由をつけてこの街から身を引くためにクエストを受けた。無論メイラさんに止められたがお構い無しで強行突破した。その時、一瞬彼女がため息をついたのが聞こえた気がした。
日が真上に来ようとする頃、俺等はようやく工房に着いた。俺等を囲む人だかりが、悪くいってしまうが邪魔をしてあまり進めなかったんだ。ま、別に楽しいからいいけど。いろんな言葉を投げかけられるが、ここまで権威か地位があると言葉には全て心が宿っていた。
「さて?こっからは別行動だな、おっちゃーん!案内たのもー!」
俺はこのマニラウ大工房の受付を呼んだ。ここへ来るのは二回目だ、前回は今身につけている鎧と背負っている双剣を頼んだ。今回は新しい双剣を作ってもらっているんだ。
「スピット、丁寧に言葉は使えないのか?」
老兵が俺に説教じみた事を言い出した。
「それ俺の柄じゃねーもん、好きにさせろやい」
老兵はため息をつき、仮面は彼の肩に手を置いて言う。
「確かに彼の言葉遣いには問題があるが、他人を意図的に不快にさせるような気は無い。仮に気を悪くしたとしてもロヴェルは場を収めるのが得意だ、問題無い。ゼルももう兎角言うのはやめな」
良い終わると肩から手を離して先に行ってしまった。アイツは個人的に何度もここへ来ていたらしくて、どこに自分の武器が保管されているか分かっているみたいだ。
「はぁ、分かったよターラ。もうここまで来て言う事じゃ無いか」
去る背中に物を言い、老兵は肩を竦め俺について来る。途中までは同じ道なんだ。
「あ、メルはここに残るのか」
ドーラと呼ばれた眼鏡が海エルフに向かって言った。このパーティ唯一の魔法使いだからここへ来ても作ってもらう物も無いからたった一人暇になる。だが彼女はそれでも退屈はしなさそうだった。
「そうだね、でも丁度あの人も来た頃だし張り切ろうかな!」
笑顔で小さくガッツポーズをするメルは、もう二十歳だと言うのに小さな子供に見えてくる。原因は海エルフの鎧にあり、名を覆鎧と言う。半透明で薄く水色、中は水で満たされていて触り心地はもちもちかぷよぷよと表現出来る。お世辞にも鎧だとは思えない代物だ。海エルフが地上で活動する為に身につける物だが、彼女は幼少期から身につけ地上で活動し、以来海に戻った事は無い。全長150センチしか無い鎧の中に居続けたからか、身長はたったの121センチで止まっている。そのくせして胸はデカい。
「マジか…ゼッテー来るよなあのおっさん」
「だね、別に嫌いじゃないでしょ?」
「まぁな、みんな逆に来ることに期待してるもんな」
ドーラが微笑み、小さく手を振って振り向き歩いて行った。話に出てきたおっさんと言うのは後でも出来る。俺も丁度案内人が到着した所で工房内部の保管庫に歩いて行く所だった。
この大工房は横にも縦にも大きい建物で、その下の階中心で工房を営み、それ以外の上の階では紡績と縫製を行なっている。質は高く値も安い、ただあまり凝った物が無いのだけが不満点だ。この場所は工場内部でも一番外側の通路。保管庫は幾つにも分けられている部屋にあり、注文した時に伝えられる番号で場所が決まる。毎回場所が変わるから細かい位置も分からなくて案内人を呼ぶ必要があった。数分歩いて案内人は一つの扉の鍵を開け中に入った。ここが俺の保管場所だ。
「少々お待ちを」
そう言うと案内人は取り付けられた台に乗り魔法を使い出した。手の動きは縦と横しか無く、規則正しく腕を動かしている。それにつられるようにブロックも動き始める。これはこの工房で使われる事務型の操演魔法であり、決まった名も持たない魔法だった。保管庫は蜂の巣のように正六角形のブロックで構成され、依頼者一人につき一つのブロックが割り当てられている。いわゆるハニカム構造の保管庫だ。と、不意に案内人が俺に話しかけてきた。
「ヴォイルーゴ様、この魔法の系統はご存知ですね?」
「ああ知ってるとも、風魔法だろ?しかも上位の」
操演を続けながら彼は応じた。そしてまた俺に問題を投げかける。
「その通りです。では、それ以前では何と呼ばれていたかはどうです?」
「空だろ?しっかり三年前位に覚えさせられたよ」
その時操演魔法で運ばれて来たブロックが部屋の中心に降り立った。案内人が台から降りて蓋を開ける為に歩いて行く。
「そうですか、やはり教養が良いですね。そう言う専門知識と言いますか、物好きの知るものです。ですが、上へ上り詰める為にはそんな事まで覚える必要があるんですかねー」
そんな事を言いながら手元からカチッと軽い音がなった。ブロックが解錠されたみたいだ。
「さ、ヴォイルーゴ様、依頼通りに作成致しました。お気に召しましたでしょうか」
ブロックから新しい双剣を取り出した。グリップも刀身も一つの素材から切り出した。硬さは世界最高峰、また磨けば世界で二番目に鋭い武器になる。
「…ああ、いいね。なんでも切れそうだ」
俺が注文したのは異形の双剣。基盤となった型は緩いカーブを描いた短剣。そこにいくつもの刃を付け足し、刃の側面でなければどの方向からどのように切っても等しくダメージになる代物となった。もちろんダメージに大小は生まれてしまうけど、攻撃範囲は大きくなった。
「それにしても『オニキスの爪』を持ってくるとは思いませんでしたよ。こんなお若いのに、とてもお強くなったようで…もう5年も経つのですか」
案内人はしみじみと言った。自分でもそんなに経ったとは思っていなかった。俺はあまり昔の事を話したくはない、だから少し話を逸らす。
「あのさ、やっぱり最近忙しい?」
「ああはい、もうあと一ヶ月を切っていますから、皆ご贔屓になられていますよ」
はじめはキョトンとした顔を見せたが、その後はいつも通りの顔になった。今彼の顔をよく見れば、目の下に薄くだが隈ができている。
「やっぱりね、どうなってるか知らないけど、しっかり休みは取ってよ?」
一応心配になったから言った。忙しいのは分かっているが、そのせいで体を壊して欲しくはないから。
「分かっておりますとも、それではご武運を。蛮勇の義子よ」
今まで持っていた双剣を預け、新しい双剣を背に納めた。最後に彼はわざとらしく昔の呼び名を呼んできた。
「全く、その呼び方はやめてくれっての」
多少の呆れと苦笑いを残して工房のホールに戻る。俺がそこへ戻ってきた時には既に皆が集まっていた。各々が新たに作成した武具を持っている。
「おお、戻ったか。なんか剣がやばいことになってんな」
来るなりドーラが話しかけてきた。今までは合金で作ってた細い鎧を着ていたが、今度は弓の相性も考えて茶褐色の岩の鎧を身につけていた。強力なモンスターの体を削って作る訳だが何というか…。
「お前も、性能は良いけど見た目は…」
「うん、わかってら」
笑顔だが少し怒り混じりである。ドーラは普段からおしゃれで、髪も自分好みな長髪を後ろで縛っている、しかも二箇所を離れた所で。でも装備に関しては見た目よりも実を取る。あまり見た目に関してはとやかく言われたく無いみたいだ。
「ジラフは盾だな?使い心地どうよ」
彼の左腕には五枚の鉄板を重ねた可変式の盾が装着されていた。
「良いな、思った以上に使いやすく改造されてる」
言いながら少し盾を開閉してみせた、メタラニャと言うモンスターの鋼の糸を張って操作している。
「良かったな、あの図面通りじゃなかったのか?」
「ああ、それよりも簡単で扱いやすかった。本当にここの技術者は優秀だな」
最後にジラフは左腕を少し上げて盾の動作確認をした。指まで伸びた糸で操作をしていたのだった。やっと話が途切れ、ドーラが皆を急かした。
「なぁ早く行こう。メルが待ってる」
「あ、ああそうだな…駄弁ってる時間はあんま無いか」
口を動かすのも程々にして、俺たちは外に出た。強い光に包まれて扉を抜けた先には、ファンの前で色々とポーズをとるメルがいた。何人かは『水晶』を持っていて、俺らの見知った顔も当然の様に居た。
「やっぱり撮影会をしてたか…」
ジラフがつぶやいた。なに、いつもの事だから。メルも俺たちに気が付いて手を振った。
「あ、戻ってきた!ケシュタルさんこっちきて!」
人混みの中に声を飛ばし、呼ばれて出てきたのは白髪混じりの背のやや低い男性だ、手には水晶を持っている。それは月明かりの様な淡く青い光を放っていて、中には周りとは違う像がちらつく。
「メルさんよ、どれを見せたいって?」
「ちょっと待って…」
メルのやりたい事を汲み取ったのか、何も言わずに水晶をメルに明け渡した。当のメルはケシュタルの持っていた水晶をいじり、それに伴い水晶に写る像が変わる。
「あ!あった!これこれ!」
そこにはメルがポーズを取った姿があった。下アングルで斜め後ろから撮った像。背中と振り向き様の横顔が逆光の太陽光によって照らされ、同時に影ができ、なんだか不思議な像になっている。
「どうよ!カッコいい?」
メルが自慢したい子供みたいに言い寄って来た。確かにカッコいいと思った。
「水の反射具合が良いな、誰が撮ったんだ?やっぱりケシュタルさんが?」
「いんやー俺じゃねーぜ。最近俺から水晶買ったそこの兄ちゃんさ」
意外な答えだった、ケシュタルさんが指を刺した方向に皆が注視すると、若い男が小恥ずかしそうに会釈した。
「あいつは俺のお気に入りでな、センスってのが俺の何倍もある」
「確かにみんな正面から撮るし、下から撮るなんてしないもんね」
「本当にカッコよく撮れてるな、明るさの調整も無しだろ?」
みんなこぞって一つの水晶を覗き見る。他にもいくつかある下アングルの写真も、美しさでこの像に勝てそうな物は無さそうだった。
「そうだね、その覆鎧のお陰で綺麗に撮れたんだ」
確かに覆鎧そのものの反射と、内包された水によっても光が強調されていた。撮った本人は少し誇らしげに胸を張っている。そうやってずっと水晶を見ていたら、腹が鳴るまで空腹だったのを忘れていた。
「みんなー!そろそろ飯にしようぜ!」
「ああ、そうするか」
俺の提案はみんなの総意だった。すぐに何処の店に寄るかの話し合いが始まった。
「どこにするんだ?俺はマニラウの店は知らないぞ」
「ターラなら知ってるかもしれないが…さっきから姿が見えないな」
「だろうな、だから歩いて探そうぜ」
「総当たり…」
周りの人達に聞いても意見が割れるだろうし、単純に歩き回って良さそうな店を探すことにした。俺達を追う取り巻きを尻目に歩き出す人影があった。何をしようと言うのか、四人とは別の方向へ進んで行った。ターラ・ブルーニー、仮面を付けた黒褐色の髪の持ち主としか情報の無い人物だ。俺たちはそれに気づく事は無く歩んで行った。
「総当たりだ…」
その時以降、この日にターラを見たと言う者は居なかった。
「あれ、ターラはどこ?」
「ああまたか、どうせ明日には帰ってくるよ」
こうなるのは日常茶飯事、誰も気には留めていない。
少し街の中心から外れ、レストランの並ぶ通りに出た。喫茶店もあるし、焼肉屋もある、パン屋と、ピザ屋、麺専門店、あらゆる中から選んだ理由は空いていたからだったが、この時間だと何処もそこまで変わらないけど。
「お!ここ空いてるぜ!ここにしよう!」
皆が賛成して入店したのは、『ピーリー焼肉店』と言う、中の雰囲気が覗ける店だった。さっき空いていると言ったが、それでもまだ飯時で客数は多い。ナイフとフォークの音が目立ちながら、ガヤガヤと騒がしい。そんな空間には似付かない異質な四人が入店した。途端に場は一気にしんっと静まった。
あっ、と誰かが言った。目の前に現れたのがあのパーティだから無理もない。俺は呼鈴の存在に気づき、チリンと鳴らすと女性が飛んできた。
「い、いらっしゃいませ!四名ですね!こちらへどうぞ!」
緊張からか無駄に大声になってしまっている。メルが微笑み、皆はついて行った。俺達の通りすがった席の者は皆釘付けになってまだ自分の目を疑っている。席に着いたら、女性がメニュー表を渡して厨房の奥に駆けて行った。少し見送った後、メル以外はメニュー表を覗き込んだ。すると、厨房の方から声が漏れてきた。
「店長!あれ!そうですよね!」
「だな、そうにしか見えんよな…」
「詳しく言うと、『ヴォイルーゴパーティ』別称だと『ウノン・カピト』ね」
「王都筆頭が何でウチに…」
「まさか見れるとは思わなかった…」
さっきの女性と、店長の男と、割り込んで来たもう一人の女性、小さく呟く二人の男の声が聞こえた。それだけでここの店員の仲の良さが分かる。しかも彼らは、街の住人の殆どがその姿を見ようと外に出ている所で、皆煮湯を飲みここに残っていたのだ。その姿を見ることなど到底…と思っていたらこの状況。混乱も無理ないか。
それから数分経過してやっとみんなの食べたい物が決まり、それぞれ料理を注文した。ジラフは『コールドラックリフセット』ドーラは『アングラスライス』と『オヴンステーキ』を個別で頼み、残った俺はは『シィラステーキセット』を頼んだ。
「ジラフはやっぱ変わった物が好きだよな」
ドーラは運ばれて来たプレートを見つめて言った。『コールドラックリフセット』の材料であるラックと言うモンスターは、シィエルやオーヴァフとは違い加工が難しく持つ癖も強い。大体の店で商品として出回らない物だ、それ位に嫌厭されている。それでもこのおじさんは好んで食べる様な物好きだった。
「まあな。この店、完備してるとは流石だな。ほら、『ボイルドグラフォト』もある」
使ってるモンスターは『グラヴァロ』と言う。金属性のモンスターで体の殆どが鉄や他の鉱石で出来ている。
「は!?あいつ食えんの?どこに…」
「一つだけだ、ハートだハート。あいつはそれ以外なら金属だが心臓だけは機械仕掛けに出来なかったらしいな。食ってみな?想像以上にうめぇぞ」
そんな所が、と言いかけたドーラにジラフがすぐに話しかけた。そう言えばあいつを切った時に血が滲み出てくる、確かに心臓だけは存在している。それを言うと脳はどうなんだろう、何処切ってもそれらしい物は無かったけど。
「分かった、機会があったら食べてみるよ」
アングラスライスを口に運んで言った。材料は『アンギャモア』、海のモンスターで不思議な食感だ。何に似ているかと言われたら、鶏肉が一番似ていると思う。これは生のまま切り身にして、少し火で炙って差し出された。それを口に含みながらドーラが俺に声をかけた。
「ここのシィラステーキ美味しそうだね、見た目がなんか赤めだけどどうなの?」
確かに今までに見てきたどのステーキもここまで赤い事はなかった。でも渡されたメニューにはこう書いてあった。
「この店のはちょっと辛めだってさ、アルディアラの粉末を少し溶かしたソース使ってるんだって」
へぇー、と二人して声を漏らした。ジラフが更に続ける。
「いつもの子供舌じゃ無かったか、あ、丁度『アルダ茶』あるしどうだ?」
湯をソースにも使ってるアルディアラの葉に漬け、粉末を溶かした物だ、これは人間が食べていい辛さじゃ無い。
「遠慮しとく。あんさ?あれただの辛味の塊じゃん。飲める訳無いから」
「確かに…ジラフは普通に飲むし、やっぱそう言うの好きなんだな」
その時、ドーラの動きが一瞬止まった。ある事に気が付いたのだ。テーブルに体重を乗せてジラフに詰め寄り早口で言った。
「まさかあのグラヴァロの心臓もほぼ血の味なんじゃ!?」
「おっと、バレた?」
無垢な顔にむかついて二人から軽めのパンチを食らい、苦笑しているジラフだった。
皆は互いを呼びやすい名で呼び合っているが、それは必ずしもファーストネームとは限らない。ドーラも普段は違う呼び方をしているし、ミドルネームを多用するのはターラ位だ。
その頃メルは、例の覆鎧によって暇な時間を過ごしていた。海エルフという種族は水に中でしか生きられないのはさっき言った通りだが、もう少し説明をしよう。海エルフは普通のエルフと変わらない性質を有するが、鎖骨の下にはエラがあり、海の中の低酸素の環境でも生きていけるようになった。しかしそれにより地上で呼吸をすると過度に酸素を取り込み中毒となって数時間で死んでしまう。さらに着ていても不便らしい。食事をしなくても生きていける代わりに、視界は水で少々歪み、匂いも遮られるし、他人に触る事も出来ない。
「ねぇねぇそこの若い子ー!こっちきてよー!」
メルが手を振り案内をしてくれた女性を呼ぶ。この時覆鎧も同時に手を振っていた。どうやって操っているか分からないけど、半分生きている鎧だと聞いた事がある。
「え…え!?私!?」
彼女は驚いて他の店員と俺らとで何度もキョロキョロと戸惑っていたが、店員の「ほら、行きな」というような合図で恥ずか気に歩いて来た。
「はい!何でしょうか!」
緊張でまた声が大きくなっている。そんな彼女にメルは優しく声をかけた。
「そんなに固くならないで、みんなが食べてる間は暇でさ〜」
「あ、そうですよね、覆鎧って食べなくてもいいって」
「だから、ちょっとだけ話し相手になってくれる?」
「は、はい!」
その人の目は輝いて何処か嬉しそうだった。俺はその会話を聞いてはいたけど、ここでは下手に口出し出来なかった。海エルフの覆鎧を知っているって事は、ここにも英雄が来ているか、よっぽどの情報通がいるかだ。
「貴方も知ってるでしょ?一ヶ月後の『勇選会』」
「最近よく耳にします。確か20年に一度の会合ですよね?」
「そう!もちろん私達も参加するよ。もちろん私達は『勇者』になる気でいるから、応援よろしくね!」
「はい」
女性は優しく答えた。今回揃えた装備もその勇選会の為の装備だった。ここで少し沈黙があったが、女性がまた口を開いた。
「あの、勇選会自体はよく耳にしますが、具体的に何をするんですか?」
それはちょっとした質問だった、でも俺も知らない事だった。確かにどうやって選出するのかの詳細は知らなかった。
「個人トーナメントだけなんだ、でもこの20年での個人戦績と団体戦績も加味されるから結構ややこしいんだよね。実際審判の匙加減だと思うな〜」
「…そんなで良いんですか…」
女性は透かしを食らった様にガクッとなった。俺も聞いててそれでいいのかと問答した。結局良くない。これじゃ、当日になるまで分からないままだろうな。
「良いの!結局強い人同士で組むから連携が無くても基本大丈夫だし、魔王討伐までは1〜5年の準備もあるし、そこで連携を磨けば良いって話」
「…そんな時間かけて良いんですか…」
魔王の名に怖がったが、彼女はそれよりも謎に空いた期間が気になるみたいだ。
「そのパーティが必ず魔王を討伐するためだよ、魔王を倒せればいいの」
またメルが子供のする様な尖った口調で言った。女性はそんな緊張感無しの空気にやられたのかため息をついて一言呟いた。
「…結果論だなぁ」
この世界、なかなかにアバウトなようだ。実際ここで出てきた魔王という存在はそこまで危険ではない。だが、存在するだけで瘴気を放ち、その周りを奇怪な土地に変えてしまいいずれは世界を破滅させる。そうなる前に魔王を倒し、瘴気を抑えるのが勇者の仕事だ。幸い魔王を倒せれば瘴気の範囲は半減する、瘴気の範囲を一定以下に保つために設けられるのがこの20年と少しという時間というわけである。
「そういえば、ここにも英雄職の人って来るの?君詳しいからそういう人多い?」
「殆どいないですね。でもそういう事知っている人は多いので話すネタは多めですね」
「んーやっぱりちょっとは来るんだ」
「それがまだ一人だけなんですよね…」
女性は俺へ目線を向けて言う。
「最近英雄になったって言ってた子が居ました。その子みたいに『シィラステーキ』を頼んで美味しそうに食べてくれました。あの子も彼くらいの身長だったなぁ」
その子の事を話す女性の顔はどこか穏やかだった。
「そうなんだ」
メルが答えた。彼女は心穏やかそうな顔をしたけど、俺たちはそうじゃ無かった。
(俺と同じくらいの子供ねぇ…ここにターラがいりゃ確認出来たんだけどなぁ)
メルも同じ事を考えていたらしくぼうっとしていた。
「どうかしましたか?」
「ううん、なんでもないよ。ちょっとだけど、話してくれてありがとう」
その時俺たちは丁度食べ終わった所だった、一人一人と席から立ち上がって歩き出す。
「こちらこそありがとうございました!また来てくださいね!」
「うん、また来るね〜」
覆鎧と一緒に手を振るメル。俺含めた男子陣は会釈だけして背を向け、また話し始めた。
「よーしじゃあ宿探すかー」
「どこでもいいよな?」
「いや、ギルドと近い所優先で」
会計はメルが済ませ、いい表情で店を出て行く俺たちを女性はずっと見守っていた。
夜の10時頃になると、もう街は騒がしく無くなっていて、俺はやっと家に帰った。この騒ぎを避けている間幾つも簡単なクエストを受けた、そのおかげでこれまでで一番良い稼ぎになった。食事も外で済ませ、家では風呂だけ入ってさっさと床に就いた。そこに足音が近づいているのには気が付きもしなかった。
「ここだな…」